大手新聞社長の“バレバレ”不倫話を肴に盛り上がる新聞社幹部たちの一夜
大都新聞社長の松野弥介が割烹「美松」を出たのは、午後9時過ぎだった。
「美松」に残ったのは、合併交渉に同席した大都取締役編集局長の北川常夫、そして、日亜新聞側の2人、社長の村尾倫郎、取締役編集局長の小山成雄だった。よせ鍋の仕上げ、雑炊を食べて帰ることになったのだが、用意するはずの老女将が松野を送りに出て戻らなかった。小山がお湯割りを少し飲むと、村尾を見ながら切り出した。
「松野さん、『野暮用』って言っていましたけど、何ですかね……」
「どこに行くか、誤魔化しただけだろ。きっとカラオケだよ。どうなんだい?」
村尾が、小山の対面に座っている北川を見つめた。
「明日、自由党の石山久雄幹事長の朝食会で、社長はすぐそこのリバーサイドホテルに泊まりです。数日前に『石山さんに何か聞くことはないか』と聞いてきましたから……」
「それこそ野暮だけど、聞いてもらったの?」
小山が笑いながら嘴を挟んだ。
「いや、社長に聞いてもらうことはないさ。わずらわしいだけだからね。それでも、『いつも聞くことないか』と言ってくるんだ。それはお互い様じゃないの?」
口元をほころばせた北川の返答は、村尾をムッとした表情にさせた。
「おいおい、北川君、何を言う。俺は松野先輩のようなことはしたことないぞ」
村尾は社交的な松野と正反対な性格だった。「引き籠り社長」そのもので、パーティーには必要最小限しか出席しない。その話は業界でも有名で、北川の耳にも入っていた。
「村尾社長、すいません。うちと全然違う、とわかっています。勘弁してください」
●「一人カラオケ」が好きな大手新聞社長
村尾が苦笑するのを見て、北川が続けた。
「松野の行き先の話に戻りますけど、村尾さんがここで会った時はどうでした?」
「俺はいつもタクシーを呼んでもらったが、先輩は社長車の時もあれば、そうでない時もあったような気がする。社長車の時は逗子の自宅に帰ったんじゃないかな」
「社長車じゃない時は、どうだったんですか」
「一緒のところを見られるのはまずいので、俺は先にタクシーに乗って出てしまう。先輩がどうしたのか、よく知らないんだな」
「社長車を使わない時は、ホテルに泊まる時です。でも、時間が早ければカラオケに一人で行くこともあるでしょうけど……」
「すると、今日もカラオケじゃないのかい?」
「それはわかりません。いつもカラオケに行くわけじゃありませんから……」
北川がそう答えた時、部屋の格子戸が開いた。老女将が雑炊を作るための、ご飯と生卵、茶碗3つを持って入ってきた。村尾は構わず、カラオケの話題を続けた。
「先輩は、どこでカラオケの練習をするんだい?」
「村尾さん、知らないんですか。行ったことないんですか?」
「そうだよ。俺はカラオケやらないから、松野さんに誘われたことはないさ」
「銀座日航ホテル前のビルに、行きつけのクラブがあるんです。新しい演歌を覚える時は、そこで練習します。歌いこなせるようになると、部下やお客さんを連れて繰り出すんです」
怪訝な顔をしている老女将を見て、小山が割って入った。
「女将さんに聞いてみましょうよ」
「え、何ですか?」
老女将は卓袱台の鍋にご飯を入れ、コンロに火をつけながら、聞き返した。
「松野社長を見送ったんでしょ。どこに行きました?」
「わかりません。私は水天宮通りに出るマーさん見送っただけですからね」
老女将は鍋が少し温かくなるのを待って、生卵を割って鍋に落とした。
「通りに出るまで、見送ったんですか」
小山がさらに突っ込むと、老女将は「そうですよ。マーさんは手を挙げて、タクシーを止めていました。それを見て、私は戻って雑炊の用意をしてきたんです」と説明しながら、鍋に蓋をした。
「沸騰したら、出来上がり。私は下がりますから、みなさんで食べてください」
「わかった。食べ終わったら、呼ぶよ」
●“3つのN”と“2つのS”
村尾が答えると、老女将は部屋を出た。格子戸が閉まる音を聞いて、小山が切り出した。