大手新聞社長の“バレバレ”不倫話を肴に盛り上がる新聞社幹部たちの一夜
「やっぱり、その銀座のクラブに行ったんですかね。北川さん」
「普段の行動を考えると、まあ、そういうことになるのかな。でも、なんで『野暮用』なんて言ったのか、わからない。いつもは『カラオケに行く』と平気で言う人なんだよ……」
「何か、ほかに思い浮かぶことがあるのかい?」
村尾が北川を窺うように見た。
「変は変なんです。別のことが考えられるわけではないんですが……」
北川は言いよどんだが、小山が救いの手を差し伸べた。
「雑炊ができたようです」
小山は煮立った鍋の蓋を開けて、お玉でご飯茶碗に雑炊を入れ、村尾、北川の順に差し出した。そして、雑炊を食べながら
「松野社長、女のところにでも行ったんですかね」
と、正面の北川を上目遣いに見た。北川は雑炊を食べるだけで、すぐに反応しなかった。食べ終わっても、今度は、薄笑いを浮かべて、お湯割りのグラスを取った。
「北川君、思い当たることがあるなら言えよ。合併するんだから、隠し事はなし、だぜ」
村尾が問い詰めた。それでも、北川はただ笑うだけで、なかなか答えない。
「北川さん、もう一杯どうですか?」
小山がその場の雰囲気を和らげようとしたのか、手を出した。北川が空になったご飯茶碗を渡すと、またお玉で雑炊を掬った。
「でも、変じゃないですか。松野社長はうちの富島(鉄哉・特別顧問)に後継社長選びで『“3つのN”と“2つのS”が大事だ』とアドバイスしたんですよね」
小山が茶碗を渡しながら、隣の村尾を見た。
「なんだ、君は何が言いたいんだ!」
村尾が不愉快そうな顔をして、ご飯茶碗を突き出した。小山は雑炊を入れて茶碗を返すと、笑いながら言い訳を続けた。
「社長、違うんです。『松野社長はどうなのかな』と思ったんです。“3つのN”は『可もなし、不可もなし、実績もなし』ですよね。これは松野社長も我々と同類です。でも、“2つのS”のシークレットとスキャンダルはあるのかなって……」
「そりゃ、先輩にも“2つのS”はあるさ。北川君、そうだろう?」
●不倫の噂
薄笑いを浮かべた村尾が、再び北川に振った。
「ええ、まあ…」
北川が言い淀むと、小山が催促した。
「北川さん、話しちゃいなさいよ」
「……そうね。でも、噂なんだ。僕にもどこまでの関係かわからないけど、元記者の女性社員と不倫関係にあるって噂はあるんだよ」
少し間を置いて、北川が重い口を開くと、小山が身を乗り出した。
「え、不倫ですか。じゃあ、うちの社長と同じじゃないですか」
「何を言う、小山。今は先輩の話だろう」
「すいません。余計なことを言いました。それで、松野社長の不倫相手は誰なんですか?」
小山は頭を掻きながら、北川を見た。
「松野より二回りくらい年下の帰国子女でね、花井香也子っていう子です。15年くらい前だったかな、記者時代に取材相手の為替ディーラーとできちゃって、相手が妻帯者だったので、週刊誌で『略奪愛』なんて書かれたんですよ。覚えていませんか?」
「覚えています。記事では名前は伏せられていたけど、結構派手な記事でしたからね」
「その『略奪愛』が3年で破綻して、そのあと、松野が何かと目を掛けているんだな。今は社長室の職員で、松野の海外出張に頻繁に同行するのは間違いないけど、外で2人が一緒のところを目撃されたことはないんだよ」
「今日も、松野さんはタクシーで彼女と会うためどこかに行った、ということですかね?」
「そういう可能性はあるけど、カラオケの練習に行ったかもしれないし……」
「朝が早いと、リバーサイドに泊まるんでしょ。そこで会っていることはないんですか?」
「法人契約の定宿だから、松野の開け広げな性格からすると、ありうるが、その噂は聞いたことないんだ。松野は恐妻家だから、細心の注意を払っていると言われているしね」
村尾は笑みを浮かべながら、部下の小山と北川の会話を聞いていたが、ご飯茶碗を取った。そして、2杯目の雑炊を平らげ、腕時計をみた。午後9時40分だった。