こんにちは。江端智一です。
前回、本来なら簡単に回避できるはずの著作権侵害事件が発生してしまう構図と、そしてその問題をさらに複雑化させる「N次著作」について説明させていただきました。今回は、これらの問題に関する具体的な取り組みについてお話をさせていただきたいと思います。
「江端さん、『ピアプロ』という仕組みがあるのですよ」
私が、以前ボーカロイドプロデューサー・Pさんへのインタビュー(『キャラ設定はない?ボカロPが語る「「初音ミク」の作り方」?〜AKBファンと同じ?』)を行っていた時のことです。
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Pさん ボカロは、ある人の創作物に対して、さらに色々な変更を加えていくという、いわゆる「N次創作」に特徴があります。これは「一人で閉じた世界での創作活動」を妨げませんし、むしろ、そのように改変され続けていくところに、ボカロの魅力があると思います。
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このPさんの見解に対し、私の中には引っかかるものがありました。前回ご説明したように、「N次創作」によるN次著作物を合法的に取り扱おうとすれば、 その権利関係は絶望的に難しくなるという先入観がありました。
この端的な例が「映画」です。許諾を得なければならない人は、「原作者(著作者)」「原作の著作権者」「脚本家」「作詞家」「作曲家」「演奏家」と、思いつくだけでも、これだけの人への「お願いツアー」を行わなければならず、当然対価も発生するのです。つまり、N次創作に関係する、1、2、…N-1次創作にかかわる権利者「全員の許諾」が必要となり、一人でも許諾が得られなかったら「おじゃん」になるからです。「『N次創作』が『初音ミク』発展の原動力である」というPさんのご意見は、私には、にわかには信じられなかったのです。
そのような経緯もあり、「初音ミク」3部作を脱稿した直後から、その「ピアプロ」なるものについて調査を開始したのですが、これがどうにもよくわからないのです。
まず、「初音ミク」パッケージを販売している、クリプトン社が作成した、ピアプロ・キャラクター・ライセンス(PCL)の内容の把握から開始したのですが、以下の3行を読んだ時点で、すでに混乱状態になっていました。
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「ピアプロ・キャラクター・ライセンス
第2条(著作権法その他適用法との関係)
1.当社キャラクターは、著作権法その他の適用法令によって保護されます」
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「あれ、キャラクターを保護? キャラクターって、著作権上の保護対象ではないと、判示されているよね。これは一体どういうこと? それに、ピアプロ・キャラクター・ライセンスの中には『N次創作』の文言は見あたらない。これが、どうして『初音ミク』を中心とする創作を保護できることになるのか?」
私は、いくら考えてもわかりませでした。
「わからなければ、直接教えてもらいにいくのが早いな」と思い、出版社の方に協力いただいて、クリプトン社へのインタビューを正式に申し入れました。私が書面で提出した質問に対して、膨大な回答をご送付いただき、さらに私からの追加の質問についても、何度も何度も丁寧にご回答をいただきました。
質問は13項目に渡り、今となっては、なんとも「間抜け」な質問もありますが、当時の私の混乱ぶりを垣間見ることができます。今回のコラムの範囲にかかわる質問とご回答を付録に添付していますので、興味のある方はぜひご一読ください。
さて、ここからは、そのクリプトン社さんからいただいた内容を使い、私が当初、誤解していた内容も包み隠さず、法律的な観点も含めて、「『初音ミク』のN次創作を支える仕組み」をストーリー立てとして組み立ててみたいと思います。
なお、上記の「質問とご回答」に含まれていない部分の、江端の感想やコメントの文責は、すべて私(江端)にあり、クリプトン社には一切の責任がないものとします。
そもそも、ピアプロ・キャラクター・ライセンス(PCL)とは何か?
一言で言うと、「あなたは、『初音ミク』の絵の権利を有するクリプトン社へ許諾の申し入れをすることなく、自由に使っていい」というライセンスのことです。ただし、巨大な2つの制約があって、「非営利目的であること」「公序良俗に反しないこと」が絶対の条件です。
(1)運動会で、「『初音ミク』の絵」をベースとして自分で描いた絵や、自分でつくった「初音ミク」人形などを作成して、自由に使っていい。学校の文化祭で、校門の前に、「初音ミク」を描いた巨大な看板をつくって公開しても、クリプトン社の許諾をお願いする電話やメールは「省略」できます。(ちなみに、あまり知られていませんが、アニメのキャラクターを運動会や文化祭のイベントで著作権者に無断で使う行為は、立派な著作権侵害です)
(2)お金を儲ける目的でなければ、自分のホームページのトップに、「『初音ミク』の絵」をベースとして自分で描いた絵を掲載してもいい。「『初音ミク』が登場する小説」も「『初音ミク』が登場する同人誌」も無料配布ならOKです。
(3)しかし、「初音ミク」の「薄い本」は絶対ダメ。PCL第3条2項5号違反であるとして、「初音ミク」の権利者であるクリプトン社があなたに警告し、必要なら提訴することもありえます。
クリプトン社さんからいただいたご回答によれば、PCLの法律的な考え方は、以下の通りとなります。
(1)著作権法から離れた(著作権法を無視した)私的ライセンスではない。
(2)あくまでも著作権に基づくものであって、クリプトン社が製品パッケージに描いたキャラクターの原画像に関する、不特定多数の方への利用許諾となる。
(3)最も厳密な意味においては、著作権法27条と28条の実施権許諾となる。
また、PCLは、「キャラクターライセンス」といわれていますが、別段「キャラクター権」という新しい権利の創成をうたっているものではないということです。
ところで、私はこの「キャラクター権」という言葉から、当初「『初音ミク』の(仮想)人格的権利」というようなものをイメージしていました。つまり、通常の人格権の概念を導入して「『初音ミク』の幸福追求権」に基づく、「原告『初音ミク』」による、「『初音ミク』の『薄い本』の差止請求訴訟」とかのイメージを持っていたのですが、完全な勘違いでした。ちなみに、「キャラクター権」について興味のある方は、牛木理一先生の論文【註1】が大変参考になると思いますので、ご一読ください。
このPCLによって、私が上記に掲げた問題が解決されるだけでなく、メリットまで発生することになります。
(1)創作者は、非営利目的で、公序良俗に反しない限り、いくらでも安心して「初音ミク」を利用した著作物を創成し、発表することができる。
→「初音ミク」を安心して利用できることへの貢献
(2)クリプトン社は、上記(1)に基づくライセンス許諾をいちいち判断する必要がなくなるばかりか、本来であれば莫大な費用のかかる宣伝広告活動を、創作者がやってくれることになる。
→「初音ミク」のブランド化への貢献
(3)さらに、クリプトン社は、このような「初音ミク」ブランドの効果として、営利目的の「初音ミク」の利用に関して、別途の契約を受けて、利益を上げることができる。例えばコンビニのイメージキャラクターとか、お菓子のパッケージへの利用などが、これに該当します。
→「初音ミク」商品化権による利益の回収
このように、「初音ミク」に関しては、PCLによって、「著作権という権利によって、不幸になる人間がいない」ように見える、ちょっと信じられない状態が達成されるわけです。
それでもN次創作の問題は解決されない
しかし、ある時「あれ?」と気がつきました。確かに、このPCLは「初音ミク」を「直接的に利用する」という場合については、問題を解決します。しかし、その二次的に利用された著作物を、さらに利用する「三次的に利用する著作物」の問題については解決できていません。
例題を使って説明します。
「初音ミク」の父方の兄弟の娘であるオリジナルのキャラクター「初芽ミロ」というキャラクターを、「初音ミク」といっしょに記載したAさんのマンガがあったとします。
このAさんのマンガを利用して、さらにあなたが、その従兄弟のアパートの隣の住人である第3番目のキャラクター「初出ミレバ」を「初芽ミロ」と「初音ミク」の3人で登場させたマンガを創作したとします。
整理します。
(1)一次著作物:「初音ミク」(権利者はクリプトン社)
(2)二次著作物:「初音ミク」+「初芽ミロ」(←Aさんが創作したマンガ)
(3)三次著作物:「初音ミク」+「初芽ミロ」+「初出ミレバ」(←あなたがつくったマンガ)
あなたは、PCLに基づき「初音ミク」の利用に関しては、クリプトン社への許諾申し入れの電話は不要となりますが、Aさんへの「初芽ミロ」の利用に関しては、許諾申し入れの電話やメールでの交渉は必須となるはずです。私は、目を皿のようにしてPCLの条文を読み込んだのですが、この問題に言及している条文を見つけられませんでした。
クリプトン社に泣きつく私
「どうしても、PCLから『初音ミク』のN次創作が安心して自由に創成される世界が導き出せないのです」と、泣きを入れた私に、クリプトン社は、親切に答えてくれました。
「N次創作は、『ピアプロ』が担保しているのです」
–え? 「ピアプロ」って、「ピアプロ・キャラクター・ライセンス(PCL)」のことではないのですか?
「違います。『ピアプロ』とは、弊社が開発したコンテンツ投稿サイトのことです」
もう、この辺から、私の混乱の度は、最大級に達するのですが、ここから先の、私の理解へのプロセスと、クリプトン社のライセンス戦略、そして、「同人誌’」問題を含む二次的著作物の問題解決への提案は、次回、「初音ミクと著作権」シリーズ最終回で、ご説明したいと思います。
(文=江端智一)
※本記事へのコメントは、筆者・江端氏HP上の専用コーナーへお寄せください。
【註1】漫画キャラクターの著作権保護(3) キャラクター権の確立への模索
【付録:クリプトン社に提出した江端の質問と、そのご回答】
※今回のコラムに関係のある部分のみ抜粋。
Q1:PCLの設立された背景を、ご教示いただけますでしょうか?
弊社は2007年8月に音声合成ソフトウェア『初音ミク』を発売いたしました。この商品は「歌声を合成するソフトウェア」であり、商品の訴求のために、その歌声の持ち主として少女のキャラクターを設定いたしました。
当時は、インターネットの動画投稿サイトに大きな注目が集まりはじめたタイミングでした。『初音ミク』のユーザーさまも、キャラクターの画像を背景とした動画の形式で、動画投稿サイトで楽曲を発表される方が多くいらっしゃいました。
「歌声を合成するソフトウェア」とそのキャラクターという組み合わせは、幸いにも弊社製品のユーザーさまを超えて多くの方におもしろく感じていただけるようになりました。
そうなりますと、今度はさまざまな分野のクリエイターの方が、『初音ミク』を通じた創作に参加されるようになりました。
例えば、『初音ミク』のさまざまなイラストが新たに描かれ、インターネット上で発表されるようになりました。それが、ある『初音ミク』の歌の光景を描いたものであったとすると、次にその歌とイラストをセットにした動画が投稿されました。
逆に、全く独自に描かれた『初音ミク』のイラストを、自分の制作した歌に合うものだと感じて、そのイラストを使用して動画を制作される方もおられました。このようなかたちで、音楽の制作者とイラストレーターが、インターネットを介して「動画の制作」という共同作業を始められるようになりました。
この流れは、イラストレーターの中にとどまるものではありませんでした。ひとつの動画に複数の画像を用いて、あたかもPVのような動画の編集をされる方もいれば、3DCGのキャラクターモデルを制作し、それを用いて『初音ミク』が動き、踊るような動画を制作される方もおりました。
製品の発売前には全く想像もしていなかったことですが、音楽を制作する方のためのツールとして考えていた『初音ミク』が、さまざまな分野のクリエイターが集まって連鎖反応的に新たな創作を生み出すハブとして機能し始めたのです。それによって、次々に魅力的な音楽や画像、映像が生み出され、多くの方に楽しまれ、それを見た別のクリエイターが参入してくる。この正のフィードバックによって、『初音ミク』もまた同時に、より大きな支持を得ることができたのです。
PCLの制定に際しては、『初音ミク』を取り巻くこのうねりが背景としてございました。
Q2: PCLの設立の趣旨とその目的をご教示いただけますでしょうか。
先に申し上げたように、『初音ミク』の隆盛は、ファンの方による二次創作なしにはありえないものでした。そういたしますと、二次創作に対しては、弊社としては「黙認」することでは足りず、行なっていただくことを公的に表明することが、ファンの皆様との関係においてフェアなものとなると考えました。
一方で、『初音ミク』は弊社の所有する知的財産であり、また、ブランドでもございます。その要素を勘案しながら、ファンの皆様と弊社の双方の利益をそれぞれに最大化できるバランスを見極めたうえで行う必要もございました。
弊社では2007年の12月に、「キャラクター画像をモチーフにした二次創作画像について、非営利目的で公序良俗に反しなければ利用を制限しない」という非常に簡単な内容のガイドラインを公開いたしました。このガイドラインは、二次創作のイラストのみを射程に入れた暫定的なものでございましたので、その他の表現形式については、明示的な規程とはなっておりませんでした。
そこで、2008年に入ってからは、表現形式全般を射程に入れたキャラクターライセンスの制定に取り組みました。この過程では
・キャラクターとはそもそも法的にどのような概念であるのか、裁判例や学説の調査
・キャラクタービジネスにおける「ライセンス」とはどのように行われることが多いのか、ライセンス契約の実際に関する調査
・著作物の利用を促進するライセンスにはどのようなものがあるのか、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスをはじめとするライセンスに関する調査
・二次創作の実態とはどのようなもので、どのような内容にすれば最も双方にとって有益なバランスとなるのか、二次創作文化に関する調査
などを進めていきました。
そうした調査研究を重ね、知財法・エンタテイメント契約を専門とする弁護士の監修を経た上で、2009年7月にPCLを公開いたしました。
Q3: 最高裁で否定されている「キャラクター権」(「ポパイ・ネクタイ事件(最判平9・7・17)」)という概念を敢えて導入した理由をご教示いただけますでしょうか。
Q4:PCLで、「キャラクター権」を規定したことに関する世間の反応(法曹界も含む)をご教示いただけますでしょうか。
Q5:PCLの法律解釈論としては、(a)著作権法27条、28条の、実施権許諾とみなすものであるのか、(b)著作権法とは離れた完全な私的ライセンスとみなすのか、(c)その他 であるのかをご教示いただけますでしょうか。
「ピアプロ・キャラクター・ライセンス」という名称から、あたかも「キャラクター権」を創出したかのような理解がされることもままございますが、PCLはあくまでも著作権に基づくもの、弊社が製品パッケージに描いたキャラクターの原画像に関する、不特定多数の方への利用許諾ということになります。したがって、最も厳密な意味においては、著作権法27条28条の実施権許諾ということになります。
これは、PCLの第1条第1項第1号で、「キャラクター」を「絵画の著作物」として定義し、それに依拠して二次創作を制作することを第3条で許諾する、という構成によって表現しております。
「キャラクターライセンス」という名称を付しましたのは、二次創作においては、「著作権法上における著作物の利用」をも含む「抽象的概念たるキャラクターの利用」と表現するのがむしろ適当であるように弊社として見えたことにございます。
一方で、これらについてことさら厳格にその境界線を探り定義することには格別の利益も見いだせませんでしたため、より利用者の皆様の実感に沿うであろうと思われた、「キャラクターのライセンス」という名称を付したものにすぎません。
Q8:創作者は、PCLの精神と内容を正しく理解しているかどうか、主観で結構ですのでご教示いただけますでしょうか。
さまざまな尺度でとらえることが可能だとは思いますが、「『初音ミク』は安心して二次創作ができるコンテンツである」とユーザーの方に広くご認識をいただいている現状につきましては、たいへんありがたいことと感謝申し上げております。
Q9:PCLで、「キャラクター権」という新権利の創成に寄与していきたいというご希望を、お持ちでいらっしゃいますでしょうか。
ライセンス契約を担当する者としての立場で言えば、「キャラクター権」があったほうがいいと思ったことが皆無、ということはございません。
ただ、現状に鑑みる限りにおきましては、「キャラクター権」という新たな権利を創設しなければ解決できない課題がある、という認識もまたございません。
<江端の追加質問>
例えば、絵画「初音ミク」の「薄い本」的利用は、PCL第3条2項5号で担保する、という理解で良いでしょうか。「キャラクター権」が認められれば、そのような利用をキャラクターの創作者の権利行使によって、差止できるという効果などは期待されていませんでしょうか。
<クリプトン社からのご回答>
そのような建てつけになっております。また、そのような利用を差し止めるには、キャラクター権に頼らずとも著作権で十分と考えております。
(文=江端智一)
※本記事へのコメントは、筆者・江端氏HP上の専用コーナーへお寄せください。
※後編へ続く。