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止まらない経済部の地盤沈下

朝日新聞、次期社長も政治部OB2人の一騎打ち 3代続けて政治部の背景は?

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朝日新聞東京本社(「Wikipedia」より
/PRiMENON)
 朝日新聞社の次期社長は、持田周三・現北海道テレビ取締役と西村陽一・朝日新聞社デジタル事業本部長との一騎打ちの線が濃厚となった。朝日新聞社が4月26日に発表した6月25日付の役員人事案では、株主総会での承認を経て2人はともに同社取締役に就く予定だ。

 持田、西村の両氏はともに政治部出身で政治部長を務めた重鎮。特に同社内で驚かれているのが持田氏の復活だ。1979年入社の持田氏は管理本部長を最後にテレビ朝日系列の北海道テレビ取締役に転じた。それは完全に左遷人事であり、「当時の秋山耿太郎社長に率直に意見を具申したために逆鱗に触れた」(同社幹部)との見方もあるほどだが、今回の役員人事ではいきなり常務としてカムバック、大阪本社代表・大阪中之島プロジェクト担当の重責を担う。現在は会長を務める秋山氏が相談役に退き、影響力が低下したため、持田氏が復活した模様だ。

 朝日新聞社は発祥の地周辺にある大阪本社跡に「ツインタワー」を建設して不動産事業を強化する方針を示している。新聞事業が伸びない中で新たな収益源を見いだす考えだが、関西はJR大阪駅北側の「北ヤード」再開発や阿倍野地区の新高層ビル建築によってテナント争奪戦が起こり、それに伴い賃貸料も下落傾向にある。持田氏には新たな収益事業を軌道に乗せるという大きな責務が課せられている。

「朝日新聞社の経営層にはゴマすり系人材は多いものの、メディアが経営難の折、役員として社内改革を牽引するなどの責務を全うできる人材が払底する人材難に喘いでおり、それに危機感を抱く木村伊量社長が優秀な持田氏を呼び戻した」(同)と見られている。地方のテレビ局の経営を経験したことで「持田君は視野が広くなり、部下をまとめる力がついた」と見る向きもある。

●対抗馬は「仕事に厳しい西村」

 一方の西村氏は、持田氏よりも社歴が2年若い81年入社。モスクワ支局員や米国総局長を務めた国際派である。東京編集局長時代はウォールストリートジャーナルやニューヨークタイムズなど海外の主要メディアに自ら目を通し、編集方針を決める夕方の「立ち合い」で各部の部長やデスクを切れ味鋭く指導し、「仕事に厳しい西村」(同)のイメージができた。その一方で、朝日新聞のコンテンツを立て直すには「西村さんしかいない」(同)と慕う若手もいる。同社はデジタル新聞に力を入れているものの、思った以上に契約者数が伸びないため、てこ入れを図っているが、現在西村氏はその責任者を務めている。

 現社長の木村氏は2012年に社長に就任したばかりだが、糖尿病のほか、目にも持病を抱えており、体調が万全ではない。このため、従来の朝日新聞社長は6年ほど務めるのが慣例だが4年で退任して、後継者にバトンを渡すと見られている。

 持田、西村の両氏のいずれかが社長に就けば、秋山耿太郎氏、木村伊量氏に続いて朝日新聞社長には異例とも言える三代連続で政治部出身者が就くことになる。この背景には、これまで政治部と交互に社長を輩出してきた経済部の地盤沈下がある。箱島信一元社長とその第一の子分であった神徳英雄・前朝日新聞出版社長(元朝日新聞取締役)が実力者を追い払い、「自分の寝首をかかない無能者を集めた」(経済部OB)と言われている。この結果、経済部は社長候補すら出せなくなった。
(文=編集部)