黒田金融緩和が市場を破壊?年金給付削減、住宅ローン金利上昇、国債信認低下懸念も
「週刊東洋経済 5/18号」の第1特集は『会計から投資まで知ればカンタン! 会社の数字』だ。「会社は数字の積み重ね。努力の結果は数字に表れる。会社の数字を把握することは、自社の製品やサービスの特徴を熟知するのと同じくらい大事なこと」という特集だ。
<基本編>『(1)時間目 小宮一慶/経営コンサルタント 簡単な数字でここまでわかる。アノ会社のこんな内実!「ニュースになるような出来事は会社の数字に痕跡が残る」』では、手元流動性、流動比率、自己資本比率の重要性が解説されている。
続いて『(2)時間目 木村俊治/公認会計士 決算書は目的を持って読む。過去や他社と比較しまくる』では、ROA(総資本利益率)を用いてコンビニ大手を比較する。『(3)時間目 國貞克則/経営コンサルタント いちばん大事なのはROE。3つに分解して吟味する』では、ROE(株主資本利益率)で会社の事業活動を見る。『(4)時間目 キャッシュフローが示すシャープ凋落への転換点』ではフリーキャッシュフローと棚卸資産回転期間からシャープの転落のきっかけを探っている。
<応用編>では特別講義として『現場こそ必要な数字が学べる』と上野和典(バンダイ社長)などのインタビューを掲載し、<歪んだ数字編>では会社ぐるみの不正を防止する『不正リスク対応基準』が新たに誕生したことから、その会計現場への影響を検証している。また、<株式投資編>では『株価をぐっと押し上げる業界の指標はこれだ!』と不動産、海運など13業界の指標の見方を紹介している。このように、第1特集は経営分析入門といった内容になっていた。
注目は第2特集の『異次元緩和の副作用 金融大波乱』だ。「日銀の国債大量買い入れで、金融機関が運用難に陥っている」。今後は「生保の保険料値上げや、年金の給付削減。銀行では住宅ローン金利が上昇」するなど市場機能が大きく損なわれる懸念をまとめた特集だ。
長期金利の指標になるのは、満期10年の国債の流通利回りだ。国債価格が下落すれば、長期金利(国債の流通利回り)は上昇、反対に国債価格が上昇すれば、長期金利(国債の流通利回り)は下落する関係にある。日本銀行による異次元緩和では、国債の購入を加速させるために、国債価格は上昇し、長期金利(国債の流通利回り)は下落する。長期金利が低位に保たれるために企業の投資意欲も高まって、設備投資が増加するはずだった。
ところが、日本銀行による異次元緩和発表から1カ月。5月10日~15日にかけて債券金利が急騰(価格は下落)したのだ。10年物国債金利は10日に前日の0.590%から0.700%に上昇、その後も13日:0.800%、14日:0.855%、15日:0.920%となった。
背景には、株価の上昇が続いていることから、債券を売って、より利幅の大きい株式市場に資金を移す動きが世界的に広がり始めていることがある。この動きは、「株価が上昇すれば、債券価格の下落(長期金利は上昇)する」という経済のセオリー通りで健全な経済の動きともいえる。日銀の黒田東彦総裁も「経済が成長し物価上昇率が2%に向けて上昇する中で、名目金利が上がるのは自然な形」だと述べている。
しかし、そう健全ともいえなそうだ。東洋経済オンライン5月15日付『金利急騰! 債券市場を破壊した黒田緩和 日銀は管理不能、高まるリスク』によれば、4月4日以降、日銀は財務省が市場で発行する国債の4分の3を購入しており、市場の流動性は大幅に低下した。市場の売買注文が薄い状態にあるだけに、円安、株高、FRBのQE3の縮小観測などの材料が出てきて、金利先高感が強まると、金利上昇ペースが加速してしまうのだ。
「日銀が4月4日に決定した金融緩和が日本国債市場にもたらした混乱は、日銀の国債買入れ方法の変更が一定の効果を発揮したことも含めて、4月中にとりあえず、いったん収束した」が、米国の景気回復期待から米国の長期金利が上昇(5月8日1.629%→14日1.976%)し、株価も上昇したことから、再び金利が上昇。
「日本の国債金利急騰の背景には、(異次元緩和以降)日本の債券市場が流動性が極端に低下した不安定な状態に置かれている」という事情がある。なんでも「『黒田緩和が債券市場を壊した』というのが債券市場関係者の共通認識」だというのだ。
東洋経済オンライン5月17日付『日本の国債市場の混乱は、もっと激しくなる バーナンキ議長が、QE3の縮小を示唆したら要注意』では「日本政府のこれまでの安定的な国債大量発行は、市場の変動が小さいことが前提で可能となっていた。しかし、『バズーカ砲』緩和策によってその前提が崩れ、国債の最大の購入者である国内機関投資家にとって日本国債の安全度は低下してしまった」と分析。
日本の国債市場はボラティリティに対して構造的に非常に脆弱であり、実体経済の改善が顕在化する前に金利上昇がより激しくなると、景気回復の勢いが殺がれるおそれがある。
こうした金利上昇は、企業向けの貸出金利や消費者の住宅ローン金利(特に固定金利)に影響を与える。住宅ローン金利はすでに、5月1日から4カ月ぶりに上がっており、固定型10年の最優遇金利は、三菱東京UFJとみずほ、三井住友、りそなの4銀行が前月比で0.050ポイント引き上げ、1.400%とした(三井住友信託銀行は1.150%に据え置いている)。消費者の生活が冷え込みかねないという懸念が出つつあるのだ。さらに懸念されるのは、1000兆円もの巨額の政府債務という爆弾を抱えている日本の財政だ。金利が上昇し利払い費が増えれば、最大のリスクになってしまうのだ。
また、東洋経済オンライン5月23日付『金利上昇の説明に“苦慮”する黒田総裁円安・株高でも、国債市場は不安定なまま』では、22日の金融政策決定会合後の会見では、足元の長期金利上昇に対する黒田総裁の見解に記者の質問が集まったが、「長期金利の要素について、(1)景気回復や物価の上昇見通し、(2)債券保有に伴うリスク(リスクプレミアム)という二つで形成されていると繰り返し説明。日銀による巨額の国債買入で『リスクプレミアムを圧縮する効果がある』とし、『買入れが進むにつれてその効果が強まっていく』と述べた」よう。日銀が低下を試みる金利はあくまで「部分的」ということになり、今後の長期金利の動きにますます注意が必要になりそうだ。
(文=松井克明/FCP)