アベノミクスへの誤解 「10年後に年収150万増」のウソ?…名目GNIのカラクリ
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6月14日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」では、「『再生の10年』を通じて目指すマクロ経済の姿」の中で、「実質的な購買力を表す実質国民総所得(実質GNI)は中長期的に年2%を上回る伸びとなることが期待される。1人当たり名目国民総所得(名目GNI)は中長期的に年3%を上回る伸びとなり、10年後には150万円以上増加することが期待される」と記述されている。
つまり、現在384万円という1人当たり名目GNIが150万円以上増加すると公約しているわけだ。安倍首相の言葉を信じれば、この目標は“頑張って働く人たちの手取りを増やすこと、つまりは家計が潤うこと”を目指しているわけであり、当然、国民は10年間で所得が150万円以上増加すると解釈するだろう。
しかし、GNIは家計の所得そのものを指す経済指標ではない。たとえ1人当たりGNIが10年間で150万円以上増加したとしても、家計の所得は150万円も増加しないし、場合によっては、まったく所得が増加しないこともあるのだ。その理由について、名目GNIの内訳を用いながら説明してみよう。
●個人所得増加の難しさ
名目GNIの中で最も大きな項目は、「賃金・俸給」で約43%を占める。これは、まさしく家計の所得に近いものとなる。ただし、「賃金・俸給」は所得税や社会保険料が控除される前の金額であり、「税引き前所得」のようなものだ。次に大きいのは家計の「財産所得」で約5%程度の割合を占める。この「財産所得」には、預金などの利子、株式の配当、アパートの賃貸料収入などが含まれており、住宅ローンなどの利子を支払った後の純粋な受取額となっている。
この2つの項目がサラリーマンの年収に近いもので、両者を合わせると約48%となり、名目GNIの半分弱を占める。このほかに「持ち家」という項目があるが、これは自分の持ち家を自分自身に貸しているように前提を置き、その家賃を計上しており、国際比較ができるように国際基準となっている。従って、実際に家賃が家計に入ってくるわけではないので、家計の所得には当てはまらないため、除外したほうが適切だろう。
名目GNIを構成する項目のうち、サラリーマンの年収に近い「賃金・俸給」と「財産所得」を合わせた約48%以外の項目は、そのほとんどが企業の所得項目になる。つまり、名目GNIのうち個人所得関連項目の比率は50%弱しかないとなれば、安倍首相が公言する10年間で150万円の所得拡大とは、単純計算すれば、個人所得で増加するのは半額の75万円以下ということになる。
さらに、「賃金・俸給」は所得税や社会保険料が控除される前の金額であることから、実質的な所得はさらに減少する。加えて、「財産所得」は預金などの利子、株式などの配当などいわば「不労所得」であり、安倍首相がいう“頑張って働く人たちの手取りを増やす”という目標からはかけ離れたものだ。
そして、最大のポイントは、名目GNIのうち個人の所得のほとんどを占める「賃金・俸給」は、結局は企業が従業員に支払うものであるということ。もし、安倍首相が打ち出す政策が成果をあげ、GNIが拡大したとしても、企業が従業員に対して給与を引き上げるなど所得の分配を行わなければ、個人所得の増加には結びつかないのだ。
安倍首相の発言により、「10年間、年収が毎年15万円増加する」との期待と誤解を国民が抱いてしまっていたとしたら、安倍首相の責任は非常に重い。
(文=鷲尾香一)