やらせが発覚するたびにテレビ局は世間から批判を浴び、謝罪に追い込まれるケースも多いが、そうしたやらせ批判に異を唱えるのが、元フジテレビアナウンサーで現在フリーの長谷川豊氏である。今回は5月に『テレビの裏側がとにかく分かる「メディアリテラシー」の教科書』(サイゾー)を上梓した長谷川氏に、
「長谷川氏が実際に体験したテレビにおけるやらせの実態と、やらせが生まれるカラクリ」
「やらせ批判のおかしさと、番組打ち切りという誤った判断」
「情報番組はすべてステマである」
「テレビを正しく楽しく見る方法」
などについて話を聞いた。
–本書には、07年にやらせ事件が発覚し、番組打ち切りと制作担当の関西テレビ社長の辞任に発展した『発掘!あるある大事典』(放送はフジテレビ系)で、長谷川さんご自身もフジテレビ入社後まもなく、やらせを強制されたご経験が書かれていますね。
その中で、僕が在職していた当時から一番まずいなと思っていたのは、「いかにもな検証番組」を流して「反省したふり」をする点です。『あるある大事典』の検証番組で関西テレビとフジテレビは「ほかにも5つのやらせが発覚した」と言っていましたが、僕の知っている限り、同番組は3分の2くらいで適切ではない演出が入っているはずです。あの検証番組を見て「これはまた同じことを繰り返すぞ」と思っていたら、13年にフジテレビの『ほこ×たて』で再びやらせが発覚し、大騒動となりました。
–そうしたやらせ的な行為は、バラエティ番組だけではなく、ニュース報道でも行われていると本書には書かれています。具体的には、どのようなことが行われているのでしょうか?
長谷川 これも同じく第3章に記してありますが、09年に世界的に新型インフルエンザが大流行すると報じられ、日本中が大騒動になった時のことです。私は当時、朝の情報番組『とくダネ!』を担当していましたが、かなり危険だという情報が巡っていて、それを他社に先駆けて報じようとスタッフは徹夜で準備していたら、放送開始1時間くらい前に、なんとWHO(世界保健機関)の「ウイルスの毒性は強くない」という発表が入ってきたんです。
その時点で画面の中央にドーンと「パンデミック(世界的感染拡大状態)」というテロップなどが入った、危機を煽りに煽るマルチ画面をつくってしまっており、もう直しようがなかった。しかも番組内ではトップニュースとして25分も枠が取られていて、「世界的大感染・パンデミック」とテレビ欄にも打っている。そこに「実は風邪より弱い」という情報が入ってきたわけですが、私とディレクターの判断で、放送ではその情報を封殺し、私は「『パンデミック』と、そう呼ぶのであります!」とプレゼンをしました。この放送後、日本中が大騒動になったのは皆さんもご記憶の通りです。
–一般視聴者からすると、テレビのニュース報道は中立だという感覚があるのですが、それは違うということでしょうか?
長谷川 そこを考え直してほしいのです。ニュース番組や情報番組を見ていただいたらわかる通り、CMが入っている。その段階で、放送内容が公平なわけがない。それは「売り物」だからです。NHKの番組は国民のお金でつくられていますが、民放各局はテレビ番組という「商品」を売っているだけなので、そこに公平とか公正を求めるほうがおかしいのです。
そこを一歩引いた目線で見れば、テレビはもっと楽しめるのです。本書にはテレビの制作現場の一見するとひどいとも思える実態がたくさん書かれていますが、実は壮大な「テレビ賛歌」を書いたつもりです。「テレビって一歩引いて見たら面白い」「プロレスって面白いでしょ?」という。「でも、あれはマジでやったら、人が死ぬんですよ」と。だから、テレビででも演出をかけている。それを読み解く力を持とうというのが、本書の要諦です。
やらせ批判はナンセンス?
–『ほこ×たて』では、ラジコンカーと猿の首を釣り糸でつなぐという、かなり悪質なやらせが発覚しましたが、長谷川さんは、「番組プロデューサーが悪い」と責めるのは間違いだとおっしゃっていますが、それはなぜでしょうか?
長谷川 『ほこ×たて』は全体論でいうと、ひとつも悪くない。あくまでテレビ的な演出であり、少しでも視聴者の方々に喜んでいただきたい、少しでも楽しくテレビを見て親子で盛り上がっていただきたい、という思いから懸命につくられていました。そもそも、エンターテインメントである「バラエティ番組」に対して「やらせはけしからん」と批判すること自体がナンセンス極まりないです。そんなことを言い始めたら、バラエティ番組はすべてやらせです。
では何がいけなかったのかというと、事なかれ主義に身を置いて、インターネット上での批判を真に受け、関係者が自分の出世レースに響くからと、『ほこ×たて』を打ち切ってしまったことです。最終的にそれを判断したフジ上層部が一番よくない。
–では、フジとしてはどのような対応を取るべきだったのでしょうか?
長谷川 すべてをエンターテインメントに持っていくのが一番でした。例えば「絶対にやらせを見破るBPO(放送倫理・番組向上機構)委員」vs.「『ほこ×たて』スタッフ」で、やらせを見破れるかどうかという勝負をさせてみる。最終的に「BPOがやっぱり見破れなかった」というのが一番面白いオチですよ。もしくは、「絶対に反省しない」と『ほこ×たて』スタッフに言わせた上で、「絶対に反省しないという人を反省させられる」と言う東京・新宿二丁目の女王様軍団と、1時間1本勝負をさせる。それで、『ほこ×たて』のスタッフたちを1時間鞭打ち・引きずり回し・熱湯に入れて、最終的にはスタッフが鼻水を流しながら「すみませんでした」と言わせることで、笑いに持っていける。
昔のフジならそれくらい朝飯前で、「やらせ批判」なんて「話題の一つ」にできた。でも今やあんな状況です。その程度の演出力もないのであれば、テレビなんかやめろ、と言いたくなる。
以前、韓流番組をたくさん流すフジに抗議する人たちのデモが同局の前で起きましたが、あの時、同局はそれを報じませんでした。全盛期のフジであれば、絶対にとんねるずがいじってますよ。エガちゃん(江頭2:50)が三輪車に乗ってデモ隊に突っ込んでいってますよ。それで、エガちゃんがデモ隊の真ん中まで行った段階で「ペ・ヨンジュン大好きー!」と叫んでボコボコにされるのを(ナインティナインの)岡村(隆史)さんと矢部(浩之)さんが見て笑うという演出ができるはずです。デモ隊なんて巻き込めばいいんですよ。すべて巻き込んで笑いにつなげるのがバラエティ番組なんです。その程度の演出力もない、面白くないフジが「悪」だと、そう考えています。これは本書の第4章に書いてあります。
–バラエティ番組の話が出ましたが、本書の中ではかつて人気を誇ったフジの『恋愛観察バラエティー あいのり』【編註:若い男性4人、女性3人が「ラブワゴン」に乗り、世界中を旅しながら恋愛をしていくという設定のドキュメンタリータッチの番組。1999~2009年放送】もやらせだったと書かれていますね。
長谷川 そもそも出演者は全員、タレントでしたし、2週間おきに日本に帰国していました。日本にちゃんと交際相手がいるタレントも大勢いました。中にはスタッフといい関係になっている出演者もいました。
バラエティ番組でやらせは成立しない?
–そうしたやらせと演出の境目というのは、バラエティ番組だと難しいと思うのですが、どのように線引きすればよいのでしょうか?
長谷川 その発想が間違っているんです。まったく難しくないです。「すべて演出」だからです。あくまで「エンターテインメントショー」なのであって、やらせという言葉自体がそもそもナンセンスなのです。
–つまり、ネット上などでやらせを批判するほうが間違っているということでしょうか?
長谷川 その通りです。さらに一歩進んで「そういった批判を誰がしているのか?」というのを、もっと分析する必要があります。「ネットリテラシー」の話になるのですが、数カ月前にテレビ神奈川で1つの問題が起きたのですね。子供向けの番組の中で、歌のお姉さんの着ていた服に小さな文字で性的暴力を意味する言葉が書いてあったのです。確かに、番組の性格からして適切でないといわれれば、適切ではないですが、それがネット上で拡散していきました。同局には批判が殺到して、最終的に謝罪に追い込まれました。
この件について私は、実際に問題を提起された人や、かなり深く関係する当事者たちに取材をしましたが、100件以上寄せられた批判の80件以上が、北海道や九州など神奈川県以外から寄せられているのです。同局の番組は神奈川県でしか放送されていない。つまり、実際に番組を見ていない人が批判しているのであり、それは批判ではなくただの「雑音」「トイレの落書き」です。そういうのは「放っておけばいい」。ただの「落書き」を「批判」という言葉に置き換えるから話がこじれるのです。
『ほこ×たて』のやらせを批判している人の大半は、フジのことを批判したいだけで、実生活の不満のはけ口としてネットに書いているだけです。神奈川テレビに批判を送る他県の人と同じなのです。つまり、相手にする必要のない人たちを相手しているという点でも、フジの『ほこ×たて』打ち切りという判断は間違っていたと断言できます。
情報番組で横行するステマ
–本書では、情報番組はほとんどステマ【編註:ステルスマーケティング。主に、消費者に広告だと気づかれないように広告を行うこと】だと書かれていますが、具体的にはどのような意味でしょうか?
長谷川 映画会社や多くの芸能事務所からスタッフがいい接待を受けて、「あご足」と言うのですが、お金を出してもらった上で取り上げている情報がほとんどだ、という意味ですね。情報番組を見ていても取り上げるテーマについて悪いことは言わないでしょう? 当然です。お金をもらってるので、つまらない映画も面白いと言わなきゃいけないし、スイーツを食べたらすべてを美味しいと言わないといけないのです。半数以上は美味しくないわけですよ。でも、言わなきゃいけない。これは、以前、社会問題となった芸能人のステマと同じです。
–なぜ、情報番組は、そのような事態になるのでしょうか?
長谷川 情報番組を制作する情報局は、報道局と異なり記者クラブに属しておらず、例えばフジ社内では報道局からは「ワイドさん」という蔑称で呼ばれています。なので、情報局が報道映像を使用したい時には、報道局に許可申請を出して頭を下げなければならないという馬鹿げた構造があるのです。同じ社内なのに、です。でも、そうやって映像をいただいていても、それだけで1~2時間の番組をつくれるわけがないので、ステマで時間をつながないと、ネタがもたないのです。
–以上の話を踏まえて、民放のテレビ番組を見る時には、視聴者はどのような見方をすればよいのでしょうか?
長谷川 テレビはプロレスだと思ってください。プロレスは、対戦する同士が協力し合いながら、サーカスをやっているから面白くなる。そうやってテレビを見てほしいのです。
制作現場は純粋に楽しいものをつくろうという発想なので、世間的にはやらせと受け止められるようなことについても、罪の意識を持ったりはしません。視聴者の皆さんに少しでも面白く見ていただきたい、少しでも笑っていただきたい、それだけを考えてやっています。みんな休みを惜しんでつくっているからです。そこを理解してほしいのです。
–最後に、長谷川さんの今後の活動予定について教えてください。
長谷川 私はお世話になった古巣を退社した後、完全にフリーでやっています。私じゃないと言えない言葉というのも持ちたいので、あえて事務所に所属せずに活動しています。メールマガジンも「BLOGOS」という言論の自由を保障してくれるプラットフォームで発行し、徹底的に自分の意見を発信しながら、テレビの裏側を紹介していきたいと考えています。テレビのつくられ方を正確に知れば、必ず皆さんはもう一度テレビの良さを知ってくれるはずだからです。テレビは絶対にネットには負けない、僕はそう信じています。それは素晴らしいスタッフが毎日懸命に努力しているからです。
(構成=編集部)