東芝が初めて不適切会計問題の存在を公表したのは4月3日。エネルギー関連のインフラ工事における工事進行基準案件で不適切な会計処理があったとして、5月8日の時点で2015年3月期の決算発表延期を公表。その5日後の5月13日になると、現時点で判明している損失額が500億円程度に膨らみ、これが1カ月後の6月12日には548億円になった。会社側が数値に言及したのは今のところこれが最後だ。
当初の報道レベルでは700億円程度まで膨らむとされていたが、先週末にこれが一気に倍増して1500億円超、8日には最大2000億円に膨らんだことになる。
たった2000億円で「会社存亡の危機」
過去に多額の粉飾が発覚した事例と比較すると大きな金額ではあるが、年商6兆5000億円、単年度で2900億円もの営業利益を稼ぎ出し、純資産も15年3月末時点で1兆9000億円ある東芝にとっての2000億円と、過去の他の事例とでは数字の重さがまったく違う。
しかもその2000億円は、10年3月期から14年3月期までの5年間での数字だ。同期間の東芝の公表済み営業利益は総額1兆491億円であり、その19%にすぎない。今回2000億円を処理することで純資産が毀損する割合は、わずか10.5%である。損失額が仮に3000億円に膨らんだとしても、5期分の営業利益の3割、純資産の15%である。
上場会社は売上高で1割、営業利益、経常利益、当期純利益が3割以上変化する場合、業績予想の修正を公表する義務がある。逆にいえば、業績修正の基準は営業利益ベースで3割の変動なのであって、5年分で1割程度の営業利益修正がここまで大騒ぎになり、「会社存亡の危機」とまでいわれるのは明らかに異常だ。
会社ぐるみでの粉飾を疑う声もあるようだが、こんなわずかな金額のために会社ぐるみで粉飾をするというのは現実味がない。無論、各部門にとって計画を達成するかどうかは死活問題なので、部門単位での粉飾はあり得るが、トップ主導による全社レベルでというのは考えにくい。
監査法人の責任を問う声もあるが、これも無理筋だ。問題の中心とされている工事進行基準は恣意性が入り込みやすい欠点がある一方で、会計理論的には合理性が高く国際会計基準(IFRS)でも使われているため、金融庁は積極的に導入を後押ししてきた。
「数年にわたる工事は、極論すれば日々総原価が変化するといっていい。施主からの仕様変更指示は頻繁だし、資材や人件費が上がったり、資材の搬入日を間違えて必要な日まで倉庫を借りなければならなくなったりする場合もある。工事をやっている途中で新しい工法が開発され、原価が下がることもある。原価上昇分の一部を収益に転嫁させてもらう施主との交渉を最後までやることもある」(大手デベロッパーのビル開発担当)。
日々めまぐるしく変動する原価の管理は基本的に現場に任せざるを得ず、本社側が吸い上げるのは月次決算の時だが、それも現場側が本社に上げなければ本社側も認識できない。本社が認識できないものを、監査法人が認識できるわけもない。
金額も少額で監査法人が責任を問われる可能性も低い。それなのに、ここまでの大騒ぎになっている。それが今回の東芝の不適切会計問題なのである。
影響度がまったく違う過去の事例
過去の大型粉飾の事例と比べても、今回の東芝のケースは軽微だ。刑事事件に発展したカネボウの場合は、純資産5億円の会社が2000億円を粉飾したのだから、これはケタが違う。
また、オリンパスは問題発覚以前の決算期に、過去の損失をカモフラージュするために別の投資案件を使って巨額の損失処理を実施していたため、正規の取引内容で修正をかけた。その結果、発覚直前期の11年3月期は、1668億円弱の純資産が1155億円へと569億円、およそ3分の1減り、発覚後最初の決算期である12年3月期末時点では480億円へとさらに減った。従って、発覚によって債務超過にこそならなかったものの、純資産は7割強減ったことになる。
もっとも、本来1000億円の損失処理をすべきだった01年3月期の純資産はもともと1922億円だったので、純資産が半減するレベルの粉飾だったといえる。刑事事件化したのはトップ主導の損失隠しであったこと、そしてそれが10年以上にわたっており、カモフラージュのために別の投資案件まで仕立てたというその悪質さゆえだ。
06年に発覚した日興コーディアル証券の粉飾は、社内の権力闘争から情報がメディアにリークされ、世間の知るところとなった。589億円の経常利益を180億円水増ししていたというもので、投資子会社を意図的に連結対象から外す手口の悪質さは、市場関係者からは「ライブドア事件よりもはるかに悪質」という声も出たが、なぜか刑事事件化しなかった。
では工事進行基準の会計処理に絡む不正という点で、東芝のケースと比較的類似しているとされるIHIはどうか。同社の場合は、08年3月期の通期業績予想について、07年9月に期初公表値を大きく下方修正したことが発端だった。
東芝の件と異なるのは、あくまで業績見通しの再点検中に各部門から上がってきた数値を集計した結果判明したのであって、外部機関への内部告発がきっかけではなかったという点である。とはいえ、短期間での大幅な業績予想修正は業績管理のずさんさを疑われてしかるべき。そこで原因究明のため第三者委員会による調査が実施され、意図的な損失隠しがあったわけではないが、リスク管理体制は不十分だったという結論になった。
最終的に、246億円の黒字だった07年3月期の営業損益を56億円の赤字に、そして期初予想で400億円の黒字としていた08年3月期の営業損益予想を150億円の赤字に修正。営業損益の修正総額は852億円に上ったが、修正の前後で毀損した純資産は5.2%程度にとどまった。
人事面では、代表権を持っていた取締役会長が相談役に退き、社長は6カ月無報酬、副社長以下5人の役員が6カ月間10~30%の減俸、問題を引き起こしたエネルギー・プラント部門の担当取締役兼執行役員が辞任という処分を受けている。つまり、年間営業利益の2~3倍の損失を出してこの程度だったということであり、東芝のケースは、数字だけでいえばカネボウやオリンパスとは比較にならないほど軽微で、IHIと比較してもはるかに軽い。
「軽微な」ペナルティ
刑事事件にならなかった日興コーディアルとIHIでは、金融庁から課徴金納付命令を受けているが、この課徴金の計算ルールは明快で、粉飾した決算書類を参照書類に指定して市場から資金調達をしている場合と、していない場合とで計算方法が変わる。
まず粉飾自体へのペナルティが、決算期1期につき発覚直前の時価総額の10万分の6。調達をしていないとこれで終わりだが、調達をしている場合は、これ以外に株式だと調達金額の4.5%、社債だと2.25%の課徴金が加わる。この掛け率は08年の金融商品取引法改正で引き上げられており、それ以前はそれぞれ10万分の3、2%、1%だった。
IHIは粉飾へのペナルティは1500万円だったが、株で639億円、社債で300億円調達していたので、この分と合計で16億円弱になった。日興コーディアル証券のケースでは社債で500億円調達していたので、課徴金は5億円だった。以上2社はいずれも法改正前に処分を受けているので、掛け率は改正前のものが使われている。
東芝の場合、発覚直前の時価総額は2兆円を超えていたので、粉飾自体へのペナルティが、ざっと計算すると1期あたり約1億3000万円なので、5期すべてが修正対象となった場合は6億5000万円。このほかに修正対象になり得る10年以降の社債発行総額が3500億円なので、2.25%とすると78億7500万円。合計で約85億円強になるが、14年12月末時点で現預金が2102億円もあるので、どうという金額ではない。
今回の東芝の問題発覚のきっかけは、外部機関である証券取引等監視委員会(SESC)への内部関係者による情報提供だが、同社がさほどダメージを受けることはないとタカをくくったからこその情報提供だったのではないかとすら思える。
株主が向けるべき怒りの矛先
東芝は先進的な内部統制を構築、内部通報制度も充実している企業として、専門書でも取り上げられてきたが、その同社自慢の内部通報制度が今回は機能しなかった。内部関係者から通報を受けたSESCの開示検査課が調査に赴き、内部調査を促したという流れだということは、内部通報機関が内部通報を無視したためにSESCに駆け込んだのか、内部通報機関を飛び越していきなりSESCに駆け込んだかのどちらかということになる。
このあたりが実際にはどうだったのかについては、日経によれば7月21に公表されるという第三者委員会の報告を待たねばならない。だが、公表までは門外不出のはずの第三者委の調査経過がメディアに流出し、あちこちの部署から続々と不正の可能性が飛び出してくる。この状況を見ると、各部門がいまだに互いに「刺し合っている」とする各種報道は説得力を帯びてくる。
すでに会員制情報誌の「選択」(選択出版)と「FACTA」(ファクタ出版)が、今回の騒動は西田厚聰相談役と、佐々木則夫副会長の確執が原因であると報じている。例えば「FACTA」は、発端は西田氏側のリークであり、佐々木氏側が刺し返したとしている。
あくまでこの報道が事実であることを前提にすれば、東芝の収益力からすれば軽微な今回のケースで、IHI以上の処分を余儀なくされることはないと考え、無邪気にアクションを起こしたとしてもなんら不思議はない。駆け込まれた側のSESCは、金額の多寡に関係なく不正はただす使命を持つ組織である。リークの動機がなんであるかはどうでもよく、より精度の高い会計処理を求めるだけだろう。
だが、権力闘争の煽りを食らった株主こそ、いい面の皮だ。東芝の株価は7月9日午前9時半時点で367.3円。公表直前からの下落率は28%である。東芝幹部も自社株式は保有しているが、役員である限りインサイダー規制に抵触し基本的に現金化はできないという点では、一般の株主に比べ、株価に無頓着でいられる。
前述したIHIのケースでは、株価は決算修正発表までの2カ月強で公表直前からほぼ半値に下落した。このため、株主192名がIHIを相手に損害賠償を求めて集団訴訟を起こし、昨年11月、東京地裁が同社側に4800万円の支払いを命じる判決を出している。金額そのものは同社に何の痛痒も与えないレベルだが、訴訟は対応するだけで疲弊する。訴訟を通じ、本来社外に出ないはずの情報が出てしまうリスクもある。東芝も、株主から今後訴訟を起こされる可能性は否定できない。
株主にしてみれば、リークさえなければ本件が明るみに出ることはなかったという思いにもなろう。だが、権力闘争のおかげで皮肉にも東芝の会計処理の精度はより高まるのだから、リークを責めれば大義名文が立たない。株主が向けるべき怒りの矛先は、せっかく専門家から絶賛される危機管理体制を整えたのに、権力闘争がその体制の機能を阻害したという点である。企業体質が改善されない限り、どんなに立派な制度をつくっても機能しないことを、今回の騒動は証明したといえよう。
(文=伊藤歩/金融ジャーナリスト)