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筈井利人「一刀両断エコノミクス」

最低賃金「引き上げ」は失業の増大を招き、弱者をより苦境に追い込む…経済学の常識

文=筈井利人/経済ジャーナリスト
最低賃金「引き上げ」は失業の増大を招き、弱者をより苦境に追い込む…経済学の常識の画像1自民党 HP」より

 7月10日に投開票される参院選に向け、ほぼすべての主要政党がそろって公約に掲げた政策がある。最低賃金の引き上げだ。

 
 自民党は現在全国平均で時給798円の最低賃金を1000円に引き上げることを目指すと公約に盛り込んだ。公明党が1000円、民進党は1000円以上、共産党は1500円を最低賃金で掲げた。メディアや言論人は、リベラル派を中心におおむね歓迎している。

 最低賃金の引き上げは一見、貧困に苦しむ人々を助ける人道的な政策のように見える。しかし残念ながら実際には、貧しい人々を助けることはできない。むしろ職を見つけられなかったり失業したりする人が増える。以下、説明しよう。

 最低賃金の引き上げは、失業の増大をもたらす。これはたいていの経済学の教科書に載っている、経済学のイロハである。念のため、簡単におさらいしておこう。

需要と供給

   ある商品やサービスの価格は、需要と供給が一致した点で決まる。これを「需要と供給の法則」といい、経済の基本原則である。需要と供給が一致する点を均衡点という。

 たとえば、ある商品の価格が均衡点より高いとき、供給が需要よりも大きくなる。すると売れ残ったものが倉庫に積み上がる。売り手は売れ残りを処分したいので、消費者が買いたいと思う価格まで値下げする。値下げされると、需要が増えて供給が減り、やがて双方が一致する均衡点で出合う。売れ残りはなくなる。

 これは労働というサービスにもあてはまる。労働の場合、賃金が価格に当たる。賃金が均衡点より高いとき、労働の供給(求職)が需要(求人)よりも大きくなる。たくさんお金がもらえるなら、働きたいと思う人が増えるし、逆にお金を払う側の企業は人を雇うのに慎重になるからだ。すると商品の売れ残りにあたる失業が増える。

 失業をなくすには、企業が雇いたいと思うところまで賃金を下げればよい。ところが最低賃金規制があると、それができない。最低賃金の水準が高ければ高いほど、賃金を引き下げる余地が小さくなる。その分、多くの失業者が生じることになる。

 人は買い物をするとき、誰もが「自分が考える価値より高い価格で買いたくない」と考える。それは人を雇う企業の経営者も同じである。だからこうなるのは避けられない。以上が、最低賃金を引き上げると失業が増えるメカニズムである。

 それだけではない。最低賃金引き上げがもたらす失業というコストは、社会の全員で平等に負担するわけではない。多くの場合、失業に追いやられるのは、低い賃金だからこそ仕事にありつける、技能に乏しく貧しい人々である。一番助けなければならない弱い立場の人々を苦しめることになる。

 技能に乏しくてもなんとか職を失わずに済んだ人々は、引き上げられた最低賃金を享受することができる。しかしその一方で、一部の人々に失業という深刻な犠牲を強いるのであれば、とても人道的な政策とはいえない。

「マイナスよりプラス面が多い」の真意

 さて、この不都合な事実を突きつけられると、最低賃金引き上げを支持する人々は、よくこう反論する。「理屈はともかく、現実には最低賃金を上げても雇用は悪化していない」と。

 たしかに、専門の経済学者にもそれに近い見解を述べる人はいる。米プリンストン大学教授のアラン・クルーガー氏は2015年11月07日付「現代ビジネス」記事『時給1400円まで「最低賃金」を引き上げるべきだ!それでも雇用は悪化しない 米経済学界の天才が「常識」をひっくり返す』で、過去25年間以上にわたる多くの研究によると、最低賃金は「雇用にはほとんど、または全く影響がないことが明らかにされている」と述べている。

 しかし気をつけなければいけないのは、クルーガー氏が、最低賃金に「適切なレベルで設定されている場合」という慎重な条件を付けていることだ。では、「適切なレベル」とはどのくらいなのか。

 クルーガー氏はこう述べる。「最低賃金を時給12ドル(現在の為替レートで約1200円)に設定した場合は、低賃金労働者にとりマイナスよりプラス面が多いが、国としての最低賃金を時給15ドル(約1500円)にすると、それは我々にとって未知の世界となり、望ましくないリスクや意図せぬ結果をもたらしかねない」

 この見解が日本にもあてはまるとすれば、少なくとも共産党や一部の活動家、リベラル派言論人らが唱える1500円は、最低賃金引き上げに好意的なクルーガー氏ですら、「望ましくないリスクや意図せぬ結果をもたらしかねない」と警告するほど常軌を逸した高水準ということになる。

 クルーガー氏が賛同する約1200円の水準にしても、雇用に単純なプラスではなく、「マイナスよりプラス面が多い」と表現していることに注意が必要だ。プラス面とは職を失わずに済んだ人々が引き上げられた最低賃金を享受することを指し、マイナス面とは失業を意味する。

 これは前述した、一部の人に失業という犠牲を強いて他の人々が得をする構図である。賃金の総額を計算すれば差し引きプラスになるとしても、リベラル派言論人や活動家の理想とする、弱者を救う人道的な政策とはとてもいえないだろう。もしそれを承知で掲げているとしたら、ひどい偽善である。

 低収入に苦しむ人々が、より高い賃金を望むのは当然である。しかしそれを政府に頼って実現しようとしても、誰かを犠牲に誰かが得をするだけだ。なぜなら、政府は自分自身で新たな富を生み出せないからである。

 富を生むのは企業である。企業家が労働者の助けを借り、消費者(労働者自身を含む)が望む良質で安価な商品やサービスを競い合ってつくり出す。労働者全体がより豊かになる方法は、その王道以外にない。そのためにはリベラル派の主張とは反対に、企業がより自由に活動できる規制緩和や減税が必要である。最低賃金引き上げなどという甘い罠に騙されてはいけない。
(文=筈井利人/経済ジャーナリスト)

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