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あのレスラーの話からファン同士のヨタ話まで…小ネタ満載の“プロレス文学”が面白い

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※画像:『太陽がいっぱい』(扶桑社刊)

 『太陽がいっぱい』といえば、パトリシア・ハイスミス作の小説か、それを原作にしたアラン・ドロンの出世作となった映画を思い浮かべるだろう。

 『タモリ論』などの著作で知られる樋口毅宏氏が上梓した『太陽がいっぱい』(扶桑社刊)は、プロレスを舞台にした短編小説集である。しかも、登場人物の名前はもちろん変わっているが、実際にあったエピソードをうまくモチーフとして織り交ぜた形で物語が展開する。

■ファンならばすぐに分かる? あのシーンのモチーフとは

 2話目の「ある悪役レスラーの肖像」は「クラッシャー佐村」というプロレスラーの一代記だが、そのクライマックスが、佐村が3対1で大人気プロレスラー「カルロス麒麟」との戦いに挑み、ボコボコにされるシーンである。

 このシーンについて「週刊SPA!」(扶桑社)9月6日号に掲載されている大槻ケンヂ氏との対談の中で、樋口氏が自らタネを明かしている。

大槻さんのように長くプロレスを観てきた方からすると、「こんなに露骨にラッシャー木村のエピソードを出していいのか」と思われるでしょうけど(中略)ラッシャー木村が猪木と3対1で戦ってボコボコにされたことを今のプ女子は知らないと思うんです。 (「週刊SPA!」9月6日号 133ページより)

 そう。このエピソードは、「金網の鬼」の異名を持ち、世界的に活躍したプロレスラー、ラッシャー木村がモチーフになっているのだ。

 他にも日本プロレス史に刻まれたさまざまなエピソードをモチーフとしている部分が見受けられ、その登場人物は、名前も連想できる人物から、連想しにくい人物までさまざまだ。

 「あっ、この名前はもしかしたら」と思ってよく読んでみると、エピソードがそのまんまということもあるだろう。ただし基本的にはフィクションなので、「あの事実がない」といってクレームをつけるのは禁止だ。

■自分の心に残っているプロレスラーを書き残す

 プロレス好きの女性に注目が集まるようになったのは、2014年くらいの頃からである。「プ女子」という言葉が生まれ、男と男同士の戦いに胸をときめかす女性ファンが増えたという。

 一時期の低迷を抜けて、再び人気を取り戻しているプロレスだが、ファンからの見られ方も時代を追うごとに変化してきている。

 その中で樋口氏はこの『太陽がいっぱい』の中で、男たちの熱き雄叫びが会場内にこだましていた頃のプロレスを描いている。

 それは、「自分の心に残っているプロレスラーを書き残しておかなきゃいけない」(「週刊SPA!」9月6日号 133ページより)と語る樋口氏の使命感に基づいたものであるようだ。

 ほかにも、表題作「太陽がいっぱい」は、世界中から“ワケあり”レスラーたちが集まり、ガチンコのバトルロイヤルを繰り広げ、意外すぎるエンディングへ突き進んでいくストーリー。また、「最強談義」はプロレスファン同士の語り合いをそのまま小説にしている。

 リングの上に立つ戦士一人ひとりが、それぞれの物語を背負っている。それは今も昔も変わらないプロレスの醍醐味である。昭和のプロレスが好きな人も、最近プロレスが好きになった人も、読めば胸が熱くなる物語が満載の一冊だ。

(新刊JP編集部)

※本記事は、「新刊JP」より提供されたものです。