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田中俊之「生きづらい中年男のための処方箋」

電通過労死の土壌は30年前にできていた!そしてまた長時間残業は解消されない…

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電通(写真:ロイター/アフロ)
「『9時から5時まで、私は死人だ』


 高校卒業後、地元の『有限会社吉田看板店』に就職した時から、蛭子氏は『勤め人』としての信条を、こう決めていた」(「AERA」1990年6月5日号)

 飄々としたキャラクターでタレントとしても活躍する漫画家・蛭子能収が、1990年に「AERA」(朝日新聞出版)のインタビューで、自身の会社員生活をこう振り返っている。蛭子は、上司から何を言われようが、何をされようが、「死んでいるんだから文句は言えない」(同)と割り切って働いていた。

 上司に反抗する同僚と仲良くしつつも、会社の命令には決して逆らわない。残業は断ったことがなく、仕事を忠実にこなすため、いくつかの職場を経験したが、退職する際にはいつも惜しまれていたそうである。

「なにしろ、いうことだけは、よく聞いていたもんですから。日本の会社っていうのは、そういう色々な錯覚の上に成り立っているもんなんですよね」(同)

 人間としての意識のスイッチを切って働くことによって、周囲からは残業も厭わず前向きに働く「優秀な会社員」と理解されていたわけだ。まさに「錯覚」である。

会社人間は「理解不能なゾンビ」?


 そのため蛭子は、いくら評価されても、会社員時代がそうであったように、仕事には意味を見いだせないと考える。蛭子にとって、会社人間は「理解不能なゾンビ」でしかないのだろう。

「お金をもらうためには卑屈になっても働かなきゃならない。最初から食うに困らないお金があったら誰も会社勤めなんかしませんよね。だから、お金以外のことをサラリーマンの目的に挙げる人は信用できません。仕事を通じて自分を磨くとか。それはないんじゃないか、そういうふうにいわないと格好悪いからじゃないかなあ、としか思えないんですよね」(同)

 蛭子がインタビューに答えている90年はバブル経済の真っ只中のため、記事はフリーターのような会社に縛られない働き方のデメリットを指摘し、高い賃金やテニスコート付きの社宅の出現など、「会社員として働くことのメリット」を強調して締めくくられている。

 かつての会社員には、身を粉にして働く代わりに「長期的な安定」という見返りがあった。そのため、たとえ「理解不能なゾンビ」と揶揄されたとしても、無視して働き続けることは難しくなかっただろう。

『男が働かない、いいじゃないか!』

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『不自由な男たち その生きづらさは、どこから来るのか』

男は不自由だ。子どもの頃から何かを成し遂げるべく競争するように育てられ、働くのが当たり前のように求められてきた。では、定年を迎えたら解放されるのか。否、「年収一千万の俺」「部長の俺」ではなくなったとき、「俺って何だったんだろう」と突然、喪失感と虚無感に襲われ、趣味の世界ですら、やおら競争を始めてしまうのだ。本書は、タレント・エッセイストとして活躍する小島慶子と、男性学の専門家・田中俊之が、さまざまなテーマで男の生きづらさについて議論する。男が変わることで、女も変わる。男女はコインの裏表(うらおもて)なのだ。

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