筆者が出張で熊本を訪れた際、JR熊本駅前に所在する「北九州予備校」という予備校の前を通り過ぎようとしたのですが、思わず足が止まってしまいました。
駅前の一等地に大きな予備校が立地している光景は、日本中どこでも見られ、何も珍しくはないのですが、正面玄関の「昨日の出席率 97.4%」という張り紙に目が釘付けになったのです。予備校に通われた経験がある方なら、誰もがこの数字に大変驚くのではないでしょうか。
「予備校が冬の時代に入った」と聞くと、多くの学生が浪人することなく大学に入学しているということですから、社会的には良いことのような気さえしてしまいますが、もちろん予備校業界にとっては深刻な問題です。
2014年、大手予備校の代々木ゼミナール(代ゼミ)が、27カ所ある校舎を7カ所に減らすと発表し、当時は大きな話題になりました。かつて、代ゼミは駿台予備校、河合塾と並び「三大予備校」と呼ばれ、大変な人気でした。また、多くの人気講師を抱え、「講師の代ゼミ、学生の駿台、机の河合」(講師が優れている代ゼミ、学生が優秀な駿台予備校、長机・長椅子ではなく個別の机・椅子が完備されている河合塾という意味)などともいわれていました。
代ゼミが大幅な規模縮小に追い込まれた背景には、私立大学文系学部を中心とした事業方針など、代ゼミ固有の問題はあるものの、日本において入学希望者より募集枠が多い、「大学全入時代」に突入したという環境要因の影響が強いでしょう。浪人生の数は、1990年代前半には20万人を超えていたものの、現在ではその半数を大きく割り込んでいるようです。また、大教室での講義が主流であった代ゼミに対して、インターネット配信型の講義を主とする東進ハイスクールのような新規参入業者の影響も小さくはないでしょう。
北九州予備校の生徒数は全国3位
北九州予備校は、本州にも東京と山口に校舎があるものの、基本的には九州が主たるエリアになっています。それにもかかわらず、生徒数が全国で3位になっているというのは驚きです。講義のスタイルは昔ながらの生講義で、学生が休み時間に答えを板書し、講師がコメントしながら添削するなど、最近はやりのネット配信型講義とは対極にあるといえます。
冒頭で述べた出席に関しては、北九州予備校の学生(北予備生)の基本方針「鉄則の1」に、「必ず授業に出ること」と記されており、15年度の全体の出席率は97%となっています。これだけの出席率を達成するには、かなりのマネジメント体制が構築されていなければならないはずです。
浮かれたバブルの時代においては、浪人生や親も「とりあえず有名な、知名度の高い予備校に行っておけばよいだろう」と、あまり深く考えず意思決定する場合が多かったように思います。筆者は間違いなくそのうちのひとりでした。
しかし時代は変わり、支払うお金に対して十分なリターンがあるのかをしっかりと見極める傾向が強くなってきています。「出席率が高い」「板書を使った指導」といった北九州予備校の特徴は、特別なことではなく、むしろ当たり前の「王道の中の王道」のようにも思えますが、子供を通わせる親に対しては、非常に説得力のあるアピールになるでしょう。
また、こうした厳しさのアピールは、真面目に勉学に取り組む学生には好意的に受け入れられるでしょう(逆に不真面目な学生は敬遠するはずです)。真面目な学生が集まれば合格率も高くなり、評判も高まるという好循環が生まれます。
北九州予備校の事例から、あらためて王道を究めることの重要性を学べた気がします。
(文=大崎孝徳/名城大学経営学部教授)