明治維新から後、日本の近代化に大きく寄与し、戦後の社会を動かしてきたメディアとして「本」の存在を欠かすことはできない。
そんな時代の転換を生んだり、社会に強い影響を与えた本を一堂に会した「ブックガイド」が登場した。WAVE出版の創立30周年を記念して編集された『日本の時代をつくった本』である。監修は書店流通や出版業界に関する著作も多い永江朗氏だ。
構成は極めてシンプルだ。近代以降150年にわたる時間の中で出版された本の中から、150冊の本が年代順に見開き2ページにつき1冊(もしくは1誌)ごとに時代背景とともに解説され、書影と著者プロフィールが添えられている。また、章の変わり目や半ばには出版業界のトピックが説明されているほか、巻末には出版社の紹介や年表も掲載されている。
今、ごく当たり前になっていることも、最初は革新的だったことが多い。
例えば一つの作品を本、映画、アニメなど異なるメディアで展開する「メディアミックス」は近年特徴づけられる戦略かと言われれば、実はそうではない。
スケキヨという強烈なキャラクターが登場する横溝正史の『犬神家の一族』(角川書店刊)は、1951年に出版された。
横溝といえば日本を代表するミステリー作家である。彼が生んだ金田一耕助という探偵は(本書ではその風貌について、ぼさぼさの蓬髪、人懐っこい笑顔、貧相な体躯によれよれの袴や帽子スタイルと説明されている)あまりにも有名だ。
そんな横溝作品は、1960年代に社会派ミステリーブームに呑まれ、時代から取り残された時期があったが、その逆風は1976年10月に公開された映画『犬神家の一族』のヒットによって好転する。
実はこのリバイバルヒットは、単純に映画の公開だけによるものではない。
まず、アメリカでの怪奇ロマンブームの高まりを背景に持ち、映画公開前から横溝ブームが作り上げられていったのだ。書店の大規模フェア展開、新聞やテレビ、ラジオなどあらゆるメディアを駆使し、「犬神家」というワードを喧伝する。
そして、最近SNSで話題になったのも記憶に新しい、犬神佐清の死体の下半身が水面から垂直に突き出ているあのシーンを、ビジュアルイメージとして植え付けた。
この小説の人気を不動のものにした要素の一つは、角川映画のメディアミックスの戦略だったのだ。
また、映画化といえば、1956年に出版された石原慎太郎のデビュー作『太陽の季節』は、発売から2カ月後に日活によって映画が製作・公開され、社会現象にもなった。主演は作者の弟である石原裕次郎だ。
ただ、本書ではその側面だけでなく、芥川賞をポピュラーなものにしたという功績に対して文章が割かれている。
下積みのない新人がもたらしたインパクトは出版業界を転換させたといっても過言ではなく、本書の商業的な成功によって、出版業界そのものがメディアミックスを視野にした商業化に進んだと指摘する。
時代の転換点の裏には本がある。連続した時間のうねりの中で、どんな本がその時代の真ん中にあったのか。それを知ることは、社会問題を表出させたり、新たな価値観をもたらしてきた出版業界は今後について考えることにもつながる。
ちなみに本書は大型本。文庫サイズの4倍の大きさだ。一冊の価格は税抜きでなんと9000円。もし手に入れたら、家の中でじっくり読みたい一冊である。
(新刊JP編集部)
※本記事は、「新刊JP」より提供されたものです。