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米国、トランプ不況が鮮明…世界中からの「優秀な頭脳」流入が激減の兆候

文=真壁昭夫/法政大学大学院教授
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米国、トランプ不況が鮮明…世界中からの「優秀な頭脳」流入が激減の兆候の画像1ドナルド・トランプ米国大統領(ZUMA Press/アフロ)

 6月10日の米国株式市場では、IT・ハイテク株の比率が高いナスダック総合株価指数が前日の引け値から1.8%下落したことが注目を集めた。この日、ニューヨークダウ工業株30種平均株価は0.4%上昇し、S&P500指数は横ばいだった。それだけに、ナスダックの急落は目立った。急落の原因は、アップル新型スマートフォンの発売が遅れるとの見方や、有力証券会社のレポートでネットワーク企業の株価が割高との判断が出たことなどがある。それを受けて、グーグルの親会社であるアルファベットなどのネットワーク企業銘柄が売られた。米国の株式市場全体が史上最高値圏で推移していただけに、利益確定の売りも入りやすかったと推察される。

 ただ、ネットワーク関連銘柄は相対的に今後の成長への期待が強いセクターでもある。特に、世界のファンドマネージャーの多くは、インターネット空間を中心とした“ネットワーク”の可能性に注目している。私たちの身の回りを見渡しても、自動車の自動運転技術や人工知能の活用など、ネットワークと連動する新しいコンセプトの実用化に向けた取り組みが進んでいる。そうした期待があるから、政治不安があるなかでも米国の景気回復への期待が支えられていると考えることもできる。

注目を集めるネットワーク企業

 今、世界の投資家は米国のIT・ハイテクを基盤としたネットワーク企業の成長に注目している。その関心は、ネットワーク技術の開発がもたらす、社会的な変革への期待と言い換えられる。米国の株価はこれまでには存在しなかったネットワーク、それを支える技術への期待があるから上昇していると考えられる。

 一般的に、ネットワークとは複数の要素が網のように相互に接続されたことと定義される。通信ネットワークという場合、インターネット環境に複数のサーバーを接続し、情報をやり取りすることをいう。

 従来にも増して日常生活やビジネスにネットワークが浸透すると、私たちの行動に関するより多くの情報を集めることができるだろう。たとえば、消費や投資、気候変動などに関する膨大なデータを集め、それを分析する。それによって、知られていなかった行動パターンが解明される可能性がある。

 このデータがビッグデータだ。ビッグデータの定義には不確定な部分があるといわれているが、量と質の面で従来のコンピューターでは分析することに限界があるほどの膨大な情報、データと考えればよいだろう。ビッグデータを使い需要を発掘するためには、多くのデータを短時間で、ユーザの使用目的に合うよう統計処理を施さなければならない。

 それを実現すると期待されているものが人工知能だ。すでに、ニューラルネットワーク(脳の機能の一部を人工的に再現する数学的モデル)の研究などによって人工知能の実用化に向けた取り組みが進んでいる。突き詰めて考えると、膨大な情報を瞬時に分析しリアルタイムに近い状態でその結果を意思決定に反映することが可能になるだろう。人工知能が判断を下すことで省人化が進む可能性もある。

 これがイノベーションだ。イノベーションへの期待があるから、米国の株式市場は上昇し、その中でもハイテク銘柄が多く採用されているナスダック総合株価指数の上昇ペースが相対的に高くなってきたと考えられる。

イノベーションに逆行するトランプ政権

 この見方が正しいとすれば、米国政府はハイテク分野でのイノベーションを支えることに力を入れるべきだ。米国のIT業界では、インドをはじめ多くの外国人が活躍している。彼らが、ネットワーク企業の推進役ともいえる。

 しかし、トランプ大統領の政策はイノベーションを支える方向に進んでいるとは考えづらい。その典型例が、高度な技能を持つ外国人労働者を対象としたビザ(H-1B)の審査を厳格化したことだ。これを受けて、インドの技術者によるビザの申請件数が減少するなど、無視できない影響が出始めている。トランプ政権はイノベーションに逆行する取り組みを進めていると考えられる。

 米国の強みは、多様な人材を受け入れてチャレンジする環境を提供し、新しい技術やビジネスモデルを収益につなげる社会的な基盤を形成してきたことだ。それが1990年代以降のインターネット技術の実用化、スマートフォンの普及、ビッグデータ活用への期待を支えてきた。

 トランプ政権は、鉄鋼業など競争力を失ってきた労働者の支持を得てきた。彼らの不満に耳を傾け、政治的な配慮を示さなければならないのは仕方ない。それでも、中長期的な経済成長のためにイノベーションが必要であることに変わりはない。

 イノベーションを止めてしまうおそれがある政策が出されていることは、トランプ政権が米国経済の原動力としての多様性を理解していないこととも考えられる。政治の先行き不安が高まるなか、税制改革やインフラ投資の進行は見込みづらい。その点で、トランポノミクスへの期待は失墜したと考えるべきかもしれない。このなかで、ネットワーク技術によるイノベーションへの期待が株価を支えてきたと考えられる。それを政府が理解できるかどうかがポイントだ。

減速の兆候みられる米国経済

 なぜ米国政府の政策が重要か。それは、現在の米国経済の回復が、伸び悩みつつあると考えられるからだ。労働市場では失業率の低下にもかかわらず、時間当たりの賃金が増えていない。雇用の回復が賃金の増加につながらない状況が続く場合、先行きの消費や設備投資に関する慎重な見方は増えやすくなるだろう。

 水準こそ高いものの、米国の新車販売台数は年初から5カ月続けて減少している。新築住宅の販売件数が伸び悩んでいることも併せて、景気回復のペースは徐々に鈍化していると考えられる。

 米国政府は、こうした状況のなかで経済対策を発動し、より息の長い景気回復を目指すべきだ。必要なのはインフラ投資などもさることながら、これまでのように世界各国からアニマルスピリットにあふれた人材を引き付け、それをビジネスにつなげる米国の社会基盤を維持・強化することだろう。

 景気が伸び悩みの兆候を示すなか、連邦準備制度理事会(FRB)は利上げに加えてバランスシートの圧縮を目指している。状況次第では、大方の予想である12月ではなく、9月などの早いタイミングでFRBが保有してきた債券の保有残高を減らし始める可能性があるかもしれない。その時、トランプ政権が現実的な目線で政策を調整できていれば大きな混乱は避けられるかもしれない。反対に、従来の政策スタンスが修正されないと、徐々に景気の下振れが意識されやすくなるおそれもある。そこに利上げやバランスシート圧縮が重なると、景気は想定外に悪化するかもしれない。

 イノベーションを実現し、これまでにはない需要を生み出すことができれば経済の成長は可能と考えられる。個々の企業の経営動向だけでなく、ハイテクセクター全体でのイノベーションへの期待が維持されるか否かも、今後の米国株式市場の動向を左右すると考えられる。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)

真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授

真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授

一橋大学商学部卒業、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学大学院(修士)。ロンドン証券現地法人勤務、市場営業部、みずほ総合研究所等を経て、信州大学経法学部を歴任、現職に至る。商工会議所政策委員会学識委員、FP協会評議員。
著書・論文
仮想通貨で銀行が消える日』(祥伝社、2017年4月)
逆オイルショック』(祥伝社、2016年4月)
VW不正と中国・ドイツ 経済同盟』、『金融マーケットの法則』(朝日新書、2015年8月)
AIIBの正体』(祥伝社、2015年7月)
行動経済学入門』(ダイヤモンド社、2010年4月)他。
多摩大学大学院

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