トイレ革命がひそかに進行中だ。それを支えるのは、日本のモノづくり技術である。ものがトイレだけに、それは涙ぐましいまでの“糞尿譚”の様相を呈した――。
便器といえば、陶器製が常識。ところが、パナソニックはその常識を打ち破り、新素材採用の新しい便器を開発した。松下電工(現パナソニック)のトイレ事業のスタートは、1963年にさかのぼる。当初は、松下の保有する樹脂の成形技術を強みに、汲み取り式トイレの便槽(便所の下のタンク)をつくっていたにすぎない。便器をつくり始めたのは、73年からである。
「当時、トイレをつくっていたのは、トイレ専業メーカーだけでした。そこに新規参入したわけで、技術的に高いハードルがありました。陶器の材料技術をもち合わせていなかったので、陶器は窒業メーカーから購入していました。しかし、そのことが逆に、これまでにない便器を生み出すきっかけになったんですね」
そう語るのは、“トイレ一筋20年”のパナソニック・エコソリューションズ社ハウジングシステム事業部主幹の酒井武之氏である。1996年に松下電工に入社、以来、水回りの商品企画に携わってきた“トイレの強兵”だ。
そもそも便器はなぜ陶器製なのかといえば、尿にアンモニアなど腐食の要因となる物質が含まれているので、素材には耐久性の高い陶器が適しているとされてきたのだ。
「加えて、水たまり面の後ろにあるトラップが一体化した形状は、陶器でなければできなかったんですね」
こう酒井氏は語る。
陶器の材料技術を持ち合わせていなかった松下電工は、後発メーカーとして陶器の便器製造に参入したものの、極めて高いハードルにぶちあたった。成形工程の歩留まりが安定しなかったのだ。陶器製便器は、1000度を超える温度で約24時間の焼成が必要とされる。高温で焼き上げる過程で収縮が起き、同じサイズの便器をつくるのはきわめてむずかしい。その点、長年の蓄積をもつトップメーカーの東洋陶器(現TOTO)やINAX(現LIXIL)などは、歩留まりを安定させる技術をもっていた。
「なんとかして、歩留まりをよくしたい。せめて陶器メーカーさんと肩を並べるくらいになりたい」
開発部門のトップは、生産技術研究所の所長にこう相談をもちかけた。所長からは、歩留まりの改善策とはまったく違う答えが返ってきた。「いまさら陶器はないでしょう」と、所長は言った。