たばこの受動喫煙防止対策の強化を図る健康増進法改正案が、秋の臨時国会で提出される見込みだ。当初、同案は通常国会での提出が予定されていたが、厳格な規制を求める厚生労働省と反発する自民党の間で足並みが揃わなかった。
国の対策が進まないなか、東京都の小池百合子知事は独自の受動喫煙防止条例を制定する動きを見せている。背景にあるのは、2020年に開催される東京オリンピック・パラリンピックの存在だ。世界保健機関(WHO)と国際オリンピック委員会(IOC)は、いずれも「たばこのない五輪」を求めている。
そもそも、受動喫煙の健康被害をめぐっては、さまざまな意見がある。昨年8月には、国立がん研究センターの「受動喫煙による日本人の肺がんリスク約1.3倍」という発表に、日本たばこ産業(JT)が「因果関係を結論づけることは困難」と反論、見解の相違が注目を浴びた。
今年5月には、WHOが「喫煙やたばこ類の使用により、毎年700万人以上が命を落とし、経済的損失は1兆4000億ドル(約155兆円)に上る」という旨の報告書を発表した。WHOは、喫煙による死亡者は今後も上昇し続け、今世紀中に10億人以上に達するとも指摘している。これについてJTに聞くと、以下のような回答を得た。
「『喫煙が社会全体に多大な損失をもたらしている』という主張で用いられている、WHOなどによるこの種の推計は、喫煙者率や疫学調査によるリスク比など、前提の置き方で結果が大きく異なるものであり、断定的に取り扱うことはできません」(JT・IR広報部)
日本では受動喫煙で年間1.5万人が死亡?
日本でも、昨年5月に厚労省の研究班が「受動喫煙が原因で死亡する人は、年間1万5000人に上る」という推計を発表している。それによると、死因は脳卒中がもっとも多く、次いで虚血性心疾患、肺がんとなっている。これについて、JTは以下のように回答する。
「本推定は、受動喫煙によってリスクが上昇するという結果に基づく科学論文から引用された肺がん、虚血性心疾患、脳卒中などのリスク比や、アンケートに基づく受動喫煙を受ける人の割合の引用など、さまざまな仮定や前提を置いて試算されたものであると考えられます。
喫煙と健康に関する当社のスタンスについては、従来より変更はありません。受動喫煙によって『リスクが上昇する』という結果と『上昇するとは言えない』という結果の両方が得られており、いまだ科学的に説得力のあるかたちでの結論は得られていないものと認識しています。
しかしながら、たばこの煙はときとしてたばこを吸われない方にとって迷惑となり、また、マナーをわきまえない喫煙は社会の迷惑となります。その観点からも、当社としては、これまでもそして今後も、受動喫煙防止の取り組みを関係する方々と共に進めていく所存です」(同)
JTは、この厚労省の発表についてホームページで「周囲の方の吸い込む煙の量は非常にわずかであり、たばこを吸われる方が吸い込む煙の量と比べ数千分の一程であるとの報告もあります」と反論している。これについて、具体的な根拠はあるのだろうか。
「たばこを吸われない方の吸い込む煙の量は、環境下や指標(マーカー)によって幅があります。喫煙者との比較については、Benowitz(Epidemiologic Reviews,1996,18,2,188-204)がまとめた報告があります。また、国内のデータとして、平成15年の『国民健康・栄養調査』(p262、267)において、喫煙者と非喫煙者の血中コチニン濃度分布が示されており、両者に数百~数千程度の差が認められております」(同)
JT「日本は世界一の受動喫煙対策都市を実現」
昨年8月の厚労省の「たばこ白書」の中には、日本は「受動喫煙防止対策」「脱たばこ・メディアキャンペーン」「たばこの広告・販売・後援の禁止」において「最低レベル」というWHOによる判定がある。日本は“脱たばこ”において遅れているのだろうか。
「受動喫煙防止対策については、各国の社会・文化背景も異なることから、一概に比較評価することは違和感があります。日本は、海外に比して屋外での禁煙・分煙が圧倒的に進んでいます。
一方、欧米など諸外国では、屋内を原則喫煙にしているものの、一歩外に出ればどこでもたばこを吸える環境である国が多いと承知しています。
よって、社会全体、街全体で考えれば、日本の対策は決して海外から遅れているものではなく、逆に、さらに屋外・屋内の対策を適切に進めることにより、世界で一番進んだ受動喫煙対策都市を実現できるものと考えています」(同)
また、「たばこ白書」には厚労省の「屋内の100%禁煙化を目指すべき」という主張も伝えられている。これを、JTとしてはどのようにとらえるのか。
「受動喫煙防止を徹底していくという点については異を唱えるものではなく、 当社としても積極的に取り組みを進めているところです。一般論として、規制を導入する場合には、規制と規制による影響のバランスを考慮しつつ、適切な規制を行うべきであり、バランスを欠いた一律で過度な規制については反対の立場です。
日本では、屋内・屋外の双方で禁煙化・分煙化が進んでいる状況のなか、受動喫煙防止対策の強化は、業種や事業の実態に応じたさまざまな『分煙』のさらなる推進によって達成できると考えます」(同)
日本医師会ら、屋内全面禁煙の要望書を国に提出
また、昨年12月には、禁煙推進学術ネットワークや日本医師会などが公共の場所や職場などの屋内を完全禁煙化する法律を求める要望書を国に提出した。今年8月には、日本医師会、日本歯科医師会、日本薬剤師会、日本看護協会の4団体が「『屋内全面禁煙』を求める署名が約270万人に達した」と発表しており、今後、安倍晋三首相や加藤勝信厚労大臣に要望書を提出する構えだ。
「一般に規制の導入にあたっては、規制による効果と、逆に規制により受ける影響が事実に基づき十分に議論された上で、最終的には、規制の内容が合理的かつ現実的な内容であるべきと考えています。そのため、影響を受ける事業者や施設管理者、あるいはさまざまな業種業界の声を広く傾聴しながら、検討を進めていただきたいと考えます」(同)
紆余曲折はあれど、これから社会は受動喫煙防止の方向に進む可能性が濃厚だ。この時代に、JTは「分煙」や「喫煙者と非喫煙者の共存」について、どのようなビジョンを描いているのだろうか。
「当社は『たばこを吸われる方、吸われない方が協調して共存できる社会が実現されること』が望ましいと考えております。たばこを吸われる方と吸われない方のどちらか一方が我慢することなく、お互いに認め合い、配慮し合うことにより共存が可能と考えております。
そのような『協調ある共存社会』の実現に向け、たばこを吸われる方への『マナー向上の呼びかけ』や『分煙環境の整備』や『たばこの周囲への迷惑を軽減できるような製品の研究開発』など、さまざまな取り組みを行っております。
特に分煙の取り組みについては、行政や施設管理者と協動して、屋内外で適切な分煙環境の整備を推進しています。全国に約200人の分煙コンサルタントを配置し、これまでに6000カ所以上の喫煙場所の設置活動を実施しています」(同)
五輪が開かれる20年、東京の街はどのようになっているのだろうか。
(文=編集部)