100円の目薬を買うのに、棚から出したり説明したりしてもらうだけで1100円の手数料がかかる――「そんなバカな」と思うかもしれないが、これが調剤薬局で行われていることの一例だ。
医療機関や保険薬局の報酬となる「診療報酬」の2018年度改定にあたり、財務省や首相官邸は「調剤報酬を引き下げるべきだ」と強く主張している。大手薬局チェーンでは、制度を悪用した調剤報酬の不正請求も相次いでいる。「儲けすぎ」といわれながらも保険診療で拡大を続けてきた薬局ビジネスは、大きな転換点を迎えそうだ。
私事だが、先日、結膜炎で近所の眼科診療所に行った。基本的な治療手段は炎症を抑える目薬を使うことしかない。投薬に関する費用だが、病院内で薬を購入する院内処方だったため、調剤料6点、処方料42点、薬剤費34点(先発薬)の計82点だった。
しかし、充血がひかなかったため、近隣の大規模病院で検査を受けるように指示された。そこで検査した結果、幸い特別な異常はなく、同じ目薬を処方されたが、その病院では調剤薬局で薬を購入する院外処方だった。投薬に関する費用は、まず病院に支払う処方箋料が68点、加えて薬局で、調剤技術料73点、薬学管理料38点、薬剤料23点(後発薬2つ)で、病院と薬局を合わせて202点となった。
同じ薬を処方されたのに、院内処方では820円(1点=10円)だったのに対して、院外処方では2020円になる計算だ(窓口での支払いは3割負担)。確かに、先発薬では340円だったものが後発薬になることで1本115円と安くはなっているが、その何倍もの金額が余分にかかっている。
一方、薬局で薬剤師から受けた“サービス”といえば、棚から目薬を取り出して渡されただけで、特段の説明もなかった。院内処方と比べて2倍以上の金額がかかったが、それだけの価値を実感することはできなかった。
ドラッグストアが超安売りできる理由
医療機関が薬の仕入れ値と販売価格の差(薬価差益)を求めるあまり、過剰に薬を処方する“薬漬け医療”になっている――。そんな批判を受けて、国は「医薬分業」を進めてきた。
処方と調剤を分離することで、医師が過剰に薬を出すことのメリットをなくし、さらに薬剤師がダブルチェックや服薬指導をすることで適正な医療が行われることが期待された。
たとえば、高齢になるとひとりで複数の医療機関にかかることが増えるが、自宅近くのひとつの薬局にかかることで多剤投与の問題も解消されるはずだった。「かかりつけ薬局」や「かかりつけ薬剤師」の存在が盛んにアピールされたのにも、そうした背景がある。
しかし、現実には大病院の目の前に立地する“門前薬局”の乱立を招いただけだった。患者としては、診療後すぐに薬を手に入れたい。そのため、とにかく病院の近くにある薬局に足を運ぶことが多くなる。
逆にいえば、薬局としては病院の前に立地してさえおけば、病院から処方箋を持った患者がどんどん吸い寄せられてくるわけだ。集客に苦労する必要はないも同然であり、ある薬局チェーン幹部は「放っておいても患者が集まってくる。これほど楽な商売はない」とほくそ笑む。
しかも、そこで行われているのは前述したような単純作業だ。ほとんどの場合、処方箋に従って棚から薬を出し、せいぜい分包化やケースに入れる程度で患者に渡す。薬剤師の本領である、高度な技術や深い知識、シビアな服薬指導が必要になるケースはごくまれだ。
こうした高利益の調剤業務を持っているため、大手薬局チェーンが展開するドラッグストアでは日用品を低価格で販売することができ、コンビニエンスストアやスーパーマーケットに価格競争力で優位に立てる。
数の面でも、薬局は全国で約5万8000店に上り、コンビニの店舗数(約5万4000店)を凌駕している。安く買えるというのは消費者にとってありがたいことには違いないが、調剤報酬の原資は我々が支払う社会保険料や税金だ。そこで得た儲けを原資にするかたちで安売りを仕掛けるというビジネスモデルは、果たして健全なのだろうか。
薬局の儲けすぎ体質に日本医師会が大反発!
この状況に腹を立てているのが医師たちだ。
日本医師会のシンクタンク「日本医師会総合政策研究機構」は、2015年に薬局の経営状況を分析するレポートを公表している。そのなかで、大手薬局チェーン4社の財務諸表を読み解き、「売上高経常利益率は、大手調剤薬局4社平均で4%台、病院(一般病院)で3%であり、大手調剤薬局の売上高経常利益率は病院よりも1%前後かそれ以上高い」として、「薬局が医療機関より儲けている」と説明する。
さらに、わざわざ役員報酬を算出した上に社長らへの株主配当まで記載しており、「14年度では日本調剤の社長には約1億6400万円が配当金として支払われている」という旨を盛り込んでいる。
ここまで不満をあらわにする姿勢には「品がない」との批判もあるが、社会保障費が増え続けるなかで、「限られた予算を、いかに自分たちの領域に持ってくるか」をめぐって熾烈な争いが繰り広げられている。上限が決まっているだけに、薬局への報酬が減れば、その分が医療機関に回ってくる可能性も出てくるからだ。
日本医師会の中川俊男副会長は、審議会で「大手調剤6社は、公的医療保険制度下で毎年100億円の内部留保が積み上がっている。それをなんとかしなくてはならないのは、無理筋の話ではない」として、調剤財源を減らして医療機関を評価するように強く主張した。
厚生労働省も「門前薬局の林立が医薬分業の本来の姿ではない」と考えており、調剤報酬で要件を設けるなどしているが、先日も大手のクオールやアイセイ薬局で不正請求が発覚した。グループ内で処方箋を付け替えることで基準をクリアするという手口で、ほぼ同様の手法が相次いで確認されているため、薬局チェーンの構造的な問題が指摘されている。
医療費削減をもくろむ財務省は12月、診療報酬改定に向けて「薬局の実態を踏まえた調剤報酬の抜本的な見直しを行うべき」とする答申を出した。18年度改定では、店舗数の多いチェーン薬局、門前薬局、敷地内薬局などの調剤料が引き下げられることが決まった。
薬局にとっては、強い逆風が吹いている。
(文=処哲也/ジャーナリスト)