疑惑の重力シールド
1990年代初め、フィンランドのタンペレ工科大学で超伝導体の研究を行っていたロシア人セラミックス技術者ユージン・ポドクルノフ博士は、回転する超伝導体ディスクが重力を軽減する効果を生み出すことを偶然に発見した。その時のことをポドクルノフ博士は次のように語っている。
「誰かが研究室でパイプを吸っていた時、その煙が超伝導体ディスクの上で柱となって立ち上がりました。そこで、ボール型の磁石を天秤ばかりに載せて、(錘と釣り合わせた状態で、磁石の側が)ディスクの上に来るように設置してみたところ、天秤は奇妙な振る舞いをしたのです。非磁性のシリコンに取り換えてみても、やはり天秤はとても奇妙に振る舞いました。どんな物体でも超伝導体の上に持っていくといくらか重量を失い、ディスクを回転させれば、さらにその効果は増すことを我々は発見しました」
1992年、ポドクルノフ博士らはこの発見をもとに査読付き論文を発表した。この興味深い現象は、一般に「重力シールド(グラヴィティー・シールディング)」として知られているが、その重量軽減効果が最大でもわずかに0.3%とされたためか、当時はほとんど注目されることはなかった。
だが、1996年になって状況は一変した。その後も研究を続けてきたポドクルノフ博士は、重量軽減効果を最大2%にまで高め、より詳細な2本目の論文を科学誌「ジャーナル・オブ・フィジックスD」へと提出した。ここまでは良かったのだが、このあとに問題が発生した。同誌編集スタッフのイアン・サンプル氏が、イギリスの新聞「サンデー・テレグラフ」紙の科学担当記者ロバート・マシューズ氏にその論文の内容を漏らしてしまったのである。
直後の9月1日に掲載されたマシューズ氏による記事の見出しは「フィンランドの科学者らが世界初の反重力装置の詳細を近く公開する」という衝撃的なものだった。ポドクルノフ博士は、あくまでもわずかに重力をブロックする効果が認められたことを示しただけであったが、新聞では誇大に報道されてしまったのだった。ポドクルノフ博士が働いていた研究所の所長は、ポドクルノフ博士が完全に独自に行っていたことであると逃げの姿勢を示した。また、共同執筆者のヴオリネン氏は、その論文のことは知らず、同意なく自分の名前が使われたとして関与を否定した。