会社法では取締役らに経営上の善管注意義務が課せられている。善管とは「善良な管理者」の略で、民法644条に「善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理する義務を負う」と定められている。取締役であれば、会社に損害を与えないように注意を払って行動する義務がある。株主代表訴訟で善管注意義務違反に当たると認定されれば、取締役は損害賠償を命じられることになる。
今回発覚した暴力団構成員への融資問題では、経営トップが参加する取締役会などに計8回、グループ企業・オリエントコーポレーション(オリコ)を通じた暴力団組員への融資残高の推移を記載した文書が報告されていた。融資が発覚したのは2010年12月。問題融資の実態を把握していたのは西堀利(旧富士銀行出身、在任09年4月~11年6月)氏、塚本隆史氏(旧第一勧業銀行出身、同11年6月~13年7月)の歴代頭取だけではなかった。持ち株会社のみずほフィナンシャルグループ(FG)社長を兼務する、みずほ銀の佐藤康博頭取(旧日本興行銀行出身、同13年7月~)も11年7月~12年1月の取締役会などで計4回、「オリコの反社(会的勢力への)取引について」と題された資料を受け取っていた。11年7月の段階で知りうる立場にあったにもかかわらず、10月8日の記者会見では「参考資料を見た記憶や説明を受けた記憶もない。スペシフィック(具体的)な議論がなかったため問題と認識するには至らなかった」と釈明をした。
取締役会で十分に議論されず、担当役員以外が問題を認識していなかったとしても、取締役として善管注意義務違反責任を問われる可能性はある。暴力団構成員への融資を認識していたかどうかは、さほど問題ではなく、不作為に注意を怠ったとしても賠償責任を負うのである。担当だったかどうか、認識していたかどうかに関わらず、取締役としての職責を果たせなかったことに対する責任が問われるのが善管注意義務である。歴代の取締役が恐々としている理由がここにある。
●オリンパス事件の事例
これまでに善管注意義務違反を問われた事件を振り返ってみよう。
巨額損失隠しが発覚したオリンパス事件では、まず個人株主が動いた。11年11月、1999年以降に在籍した取締役、監査役、会計監査法人に対して調査を行い、調査の結果、善管注意義務違反が判明した場合には総額1494億1900万円(と延滞遅延金)の支払いを求める提訴を行うよう同社に請求。株主提案を受けて同社は請求内容について調査に入った。
オリンパスは12年1月10日、歴代経営陣計19人の責任を認定した「取締役責任調査委員会」の調査報告書を発表した。調査報告書は一連の不正によって計859億円の損害が生じたと認定。19人に対して損害賠償を求めて東京地裁に提訴した。
東京地裁は損失隠しの実行者として財務担当の山田秀雄前監査役と森久志前副社長、実務を担った中塚誠前常務の3人を認定した。経営トップだった菊川剛、岸本正寿、下山敏郎の歴代3社長は損失隠しを認識していたと断定した。
責任を問われたのは歴代の経営トップだけにとどまらなかった。11年10月に就任した高山修一・新社長ら、ほかの13人は損失隠しの認識はなかったものの損失隠しに利用された高額な買収案件を決めた取締役会決議に賛成している。不正を妨げず取締役としての注意を怠ったとして、善管注意義務違反が認定された。この判断をもとに19人の責任の重さに応じて一人当たり1億1000万~36億1000万円を請求した。調査委員会から善管注意義務違反と認定された高山社長ら13人の取締役は全員、12年4月の臨時株主総会で退任した。13人のうち2人は取締役から執行役員に格下げされたが、オリンパスに残った。
「監査役等責任調査委員会」は1月17日、新旧監査役10人のうち5人について監査役としての注意を怠った善管注意義務違反と認定。認定損害総額は83億8232万円とされた。これを受けてオリンパスは5人に総額10億円の損害賠償を求めて東京地裁に提訴した。対象期間中に会計監査に携わったあずさ監査法人と新日本監査法人については、「損失隠しを発見するのは困難(だった)」として責任を認めなかった。
不祥事が起こっても、直ちに善管注意義務違反ということにはならない。しかし、オリンパス事件では「見過ごし」も善管注意義務違反と認定された。この事件は日本企業の取締役を震撼させた事件となった。
●みずほ銀にも善管注意義務違反認定の可能性
みずほ銀のように不祥事の発覚後に隠蔽を図ったり適切に公表しなかった場合には、積極的な善管注意義務違反があったとして損害賠償責任を負う可能性が高い。
過去には取締役らの不作為が善管注意義務違反に当たるとして賠償責任が認められたケースがある。その典型例が「ミスタードーナツ」の食品衛生法事件をめぐるダスキンの株主代表訴訟だ。肉まんに食品衛生法違反の添加物が混入されていたことについて、担当専務らは関係者に口止め料を支払って隠蔽。商品発売終了後にこの事実を把握したとされる担当外役員らも、マスコミが動くまで、隠蔽した。この「積極的には公表しない」という行為も取締役の善管注意義務違反に当たるとして、株主が取締役や監査役に106億2400万円もの支払いを求めて提訴した。
大阪高裁は07年1月18日、「直ちに事態の深刻さを認識して公表すべきだったのに、事実を隠蔽して会社の信用を著しく傷つけ、消費者の信頼を失わせた」として、発売時は違反の事実を知らなかったとされる取締役員らも善管注意義務違反に当たる、と認定。元専務ら13人に53億4350万円の支払いを命じ、この判決が確定した。
みずほ銀は金融庁に問題の資料を提出しなかった点で、ダスキンのケースより悪質だ。金融庁が9月下旬に業務改善命令を出して以降、みずほFGの株価は下落し、株主は大きな損失を被った。金融業界内には「歴代経営陣が善管注意義務違反で100億円単位の株主代表訴訟を起こされる可能性は充分ある」との見方もある。
(文=編集部)