「カイゼン」「カンバン方式」「ジャスト・イン・タイム」。さまざまなビジネス手法を生み出してきた世界一の自動車メーカー・トヨタだが、最近はその「片づけ術」が注目を集めているらしい。『トヨタの片づけ』なる本が出版され、10万部を超えるベストセラーになっているのだ。
確かにこの本、中身をめくってみると、「書類を取り出すのは『10秒以内』」「『キレイにする』がゴールではない」など、勤続40年以上のトヨタの元現場リーダーたちによる、片づけテクニックがズラリ。「導入した途端、現場での生産効率が上がった」「ビジネスマンとして成長することができた」などの声もあがっていて、中には、この方式を実践して年間300万円ほどのコストダウンに成功した会社もあるらしい。
うーむ。さすがトヨタ。そうか。だったら、自分のおたく部屋をトヨタ式で片付けてみたらどうだろう。マンガやらグッズやらゲームやらが散乱しているこの部屋もあの世界一の自動車メーカーの方法論を使えば劇的に変わるかもしれない。今のところは何も生み出していないこの部屋でも、生産性が向上するるかもしれない。ということで、さっそくやってみよう。
まずは、雑多な部屋の整理から。なんでも、本書によれば、整理するということは「いるもの」と「いらないもの」を分け、「いらないもの」は捨てる、とのこと。
しかし、「いるもの」だらけの部屋で、どうやって「いらないもの」を選べばいいのだろうか。本書には「終わると同時に処分」というふうに書かれているので、まずは読み終わったマンガ、クリアしたゲーム、旬のすぎたアニメグッズを処分していこう。だめだ、いやに愛着が湧いて捨てられない。ものを持つたびに思い出が頭のなかをよぎる。
何か対策は載ってないか、と探してみたら、こんな話があった。あるトヨタのディーラーのもとに、ひとりの客が飛び込んできたという。どうやら、車がパンクしてしまい困っているらしい。ところが、店に在庫のタイヤはない。そこでディーラーは、展示車のタイヤを抜き、その客の車のタイヤと交換したというのだ。この話は美談として広がり、くだんのディーラーには多くの顧客がついたらしいのだが、同書は、このエピソードからひとつの教えを導きだす。
それは「いるもの」と「いらないもの」を分けるときには判断基準が必要、という教えだ。つまり、ディーラーは「いるもの」だった展示車のタイヤを、「お客様を最優先に考える」という判断基準のもとに「いらないもの」として分類し、それが功を成すことになったというのだ。
なるほど。しかしこの散らかった部屋で「いるもの」と「いらないもの」を分ける判断基準とは何だろう、としばらく考えてたら、ひらめいた。そうだ、それは愛だ! 愛があるものは捨ててはいけない、いくら読み終わったものであろうと、クリアしたものであろうと、旬のすぎたものであろうと、そこに愛があれば「いるもの」なのだ。なんてこったい、こんなところで愛の大切さを気づかせてくれるとは、さすがトヨタ。
しかし、そうはいっても部屋が片づかなければ意味がない。なにか、なにか別の方法は……。「『いらないもの』探しは壁ぎわから」だと……それだ!
というわけで、壁ぎわを眺めてみると、人目をはばかるような表紙のコミックや別の目的のあるゲーム、明らかに下半身に訴えかけてくる雑誌などがうずたかく積まれている。とにかくこれを捨てるように振り分けねばならない。
思い出を振り切り、表紙の美少女の誘惑を蹴っ飛ばし、クリアされないままで怨念が発生しそうなゲームソフトを供養し、一心不乱に山を崩していく。ガレキのように出てくる「いらないもの」をヒモでくくりながら、ふと気づく。これ、どう処分するんだろう……。こんなものを捨てているところを目撃された日には、「変質者」よばわりされること確実ではないか。ご近所の奥さんたちに見つかったら石を投げられるかもしれない。それはそれでご褒美ではあるのだが、嫌われることは怖い。やはり、性癖がばれそうなブツは捨てずにとっておこう。表紙の魅力に負けてページをめくってみたら、現役選手として続投できそうなブツもたくさんあったし。
さて、整理が終わったのなら、次は整頓。本書によると、整頓するということは「必要なもの」を「必要なとき」に「必要なだけ」取り出せるようにするということらしい。キレイにしただけで終わりではない。そのうえで、「必要なもの」をムダなく取り出せるようにするのがトヨタ式なのだ。
さて、早速やってみることにしよう。「ワキが空かないようにモノを置く」と本書には書かれている。ようはモノを取り出すときに手を伸ばしたりすることはムダな動作ですよ、と言いたいわけだ。とりあえず、ゲームをするためのコントローラーは使用頻度も高いため、フトンのすぐ横に置いておこう。アニメを見るためのテレビのリモコンも外せないのでマクラのそばに。マンガなんて毎日読むものだし、いちいち本棚に取りにいくのも面倒だ。しかも、取りにいくための行動は、トヨタ式では間違いなので、ここは一気に全巻平積みでフトン周りの空いているスペースに置くことにしよう。
いや、待てよ、人生で一二を争うほどに大事なものの存在を忘れていた。そう、ティッシュだ。これはフトンのそばに無くてはならないものだろう。いやいや待てよ、ティッシュをおくならオカズも必要だ。そうだ、さっき片付けた人目をはばかる表紙のコミックや下半身向けの雑誌を引っ張りだせばいいではないか。ちゃんと読みやすいようにバックナンバー順に積んでっと。こういった手間を惜しまないことでムダがなくなるのである。この際だ、パッケージだけで萌えるゲームもその横に積んでおこう。
さて、すべてが終わった部屋のなかを見渡してみた。フトンの周りに、マンガ、ゲーム、雑誌がまるで広大な山々のようにそびえている。その様は、何者をも寄せつけない砦のようですらある。なんという神々しさ。ここに、日本一の“萌え要塞”が完成したのだ。しかもその内部では、劇的な生産効率アップにより、世界に胸をはれるほどにまで成長した自家発電工場が稼働している! これぞトヨタ式。今、トヨタのメソッド導入事例に今、新たな1ページが加わったのだ! ま、当のトヨタにとっては破り捨てたい1ページだとは思うが……。
(文=オンダヒロ)