「社会保障・税番号制度」(通称:マイナンバー制度)では、制度の運用が始まる以前から、番号通知カード送付の遅滞や未着、複数への同一番号の割り振り、システム障害など、トラブルが続出した。マイナンバーは、社会保障や所得税の行政手続きにおいて個人を特定する目的で使われるため、極めて慎重な扱いを要するものだが、ヒューマンエラーによる「通知カードの作成漏れ」まで発生している。
大阪府大阪市では、通知カードの作成漏れが2度も発生していた。1度目は、同市天王寺区の1977人分の通知カードが作成されず、未送付となっていた。この際は住民から「届いていない」と問い合わせがあり、作成漏れが発覚していた。
通知カードは世帯ごとにまとめて発送されるため、住民データも世帯別に作成される。そのため、住民基本台帳で世帯主の欄が空欄になっている児童福祉施設の入所児童は、個別に抜き出してデータをつくる必要があった。
しかし、同市からデータ作成を委託されていたNTTデータ関西が、「除外したデータが50件を超えるとその後のデータについて作業を中止する(=終了する)」と、ソフトを設定してしまうミスを犯した。このバグ(=ソフトの設定ミス)のため、51人分の入所児童データを抜き出したところで天王寺区内の住民データ作成作業全体が止まってしまい、それ以降の住民データが作成されず、1280世帯・1967名分と、入所児童10人分の通知カードが印刷されなかったのだ。
2度目は、カード管理システムの不具合が原因だった。マイナンバー関連システムの中間サーバー役を務める「地方公共団体情報システム機構」(略称J‐LIS)宛てに地方自治体が住民データを送った後、その地方自治体で産まれたり、その地方自治体に転入してきたりした人のデータは、順次J‐LISに送ることになっていた。だが、J‐LIS側のシステム上の問題で、データの取り込み作業中に、産まれた人や転入者とはまったく無関係の住民データがなぜか消去されてしまったのだ。
J‐LISは2015年10月、不具合が発生したことを全市区町村宛てに文書で通知し、消えてしまった住民データがあれば再送信してほしいと依頼していた。だが、大阪市の担当者がこの文書を見落とし、区の担当者もコンピューター端末上のエラー表示に気づかずに、381人分の通知カードが印刷されなかった。
通知カードの作成漏れ
より深刻なのは、ヒューマンエラー以外の理由で発生した「通知カードの作成漏れ」のほうである。東京都葛飾区では15年11月中旬、約5000世帯分の通知カードが印刷されていないことが判明。印刷されていなかったのは、同区内の白鳥2丁目の一部と、3、4丁目の全世帯だった。この地域の通知カードが郵便局に搬入されていないことに郵便局員が気づき、葛飾区役所に問い合わせたことで、印刷漏れがあることが明らかになった。
では、何が深刻なのか。J‐LISでは、外部から指摘されるまで、通知カードの「作成漏れ」の発生に気づかなかったばかりか、J‐LISのシステム上はなぜか「作成は正常に終了した」と認識されていたからだ。最新のITシステムが導入されたという割に、まったく頼りにならない。
報道によると、葛飾区から受け取った住民データをJ‐LISの「継続サーバー」から「管理サーバー」へと移行した際、J‐LISのシステムが一時停止したのだという。そのため、葛飾区内の一部の住民データがサーバーから消えてしまい、そのデータがそのまま国立印刷局へと転送されたために、データがない分の通知カードが印刷されず、当然、住民にも郵送されていなかった。だが、J‐LISのコンピューター端末上では「終了」と表示され、システム上は正常に作動したことになっていたというのだった。
一方、葛飾区役所では、通知カードの作成が正常に終了した場合にJ‐LISから、インターネットとは別の専用回線で送信されてくるはずだった「登録」通知が届いていなかった。それはすなわち、消えてしまった住民データが存在することを示していたのだが、同区役所でも「作成漏れ」の発生に気づけなかった。
棚上げされる「原因説明」
マイナンバーシステムの脆弱性が露呈した件について、J‐LISは印刷漏れにつながった不具合の理由を明かしていない。なんと自身のミスで迷惑をかけた葛飾区にさえ、原因の説明を拒んでいるというのだ。
1月1日付産経新聞デジタル配信記事によれば、J‐LISはマイナンバーシステムのプログラムに誤りがあったと断定しているという。高市早苗総務相は2015年12月8日の記者会見で、その原因について「解析を行なっている」としており、その後、原因が突き止められたようなのだが、「機構(J‐LIS)は産経新聞の取材に対し、システムの不具合の具体的な原因について『特定したが、セキュリティー上の理由から言えない』としている」(同記事より)。
デリケートな個人情報である住民データを扱うJ‐LISが、セキュリティーに気を使うのは当然のことである。しかし、自身のミスで住民や自治体に迷惑をかけておきながら、ミスが発生した理由や原因を説明せず、問題の隠蔽を図ろうとするなら、話は別だ。J‐LISやマイナンバーの存在がブラックボックスになってしまい、ひいてはマイナンバーシステム全体の公正性や信用性が担保されなくなる。
J‐LISのこうした隠蔽体質は、日本に暮らすすべての住民からの協力が欠かせない「マイナンバー」制度への反発を招きかねない。説明責任(アカウンタビリティ)を甘く考えて現状のまま放置していると、自治体職員からさえも反発が起こりかねず、日本の全人口のたった5.5%程度の利用にとどまりまったく普及しなかった「住基カードの悪夢」が蘇る恐れがある。
今年に入ってからJ‐LISは6度にわたって報道向け資料を発表し、マイナンバー事業に関して発生したトラブルや障害について釈明している。だが、それはすべて今年(16年)1月中旬以降に発生した問題や事件に関する釈明であり、昨年11月に葛飾区で起きた「通知カードの作成漏れ」事件に関しては、今なお説明も釈明も行なっていない。特に、今年6月22日の報道資料では、頻繁に起きるトラブルに対する責任を取るかたちで、理事長の役員報酬を2カ月間、2割カットなどとする処分内容を公表しているが、そうした「トラブル」のなかに葛飾区の事件は含まれておらず、あくまでもJ‐LISは、今年起きた別のトラブルに対する処分であるとのスタンスを取っている。
システム発注総額は約69億円
マイナンバーカードとも呼ばれる、顔写真とICチップがついたプラスチック製カード「個人番号カード」の希望者への交付が今年1月から始まったが、前出・産経新聞記事によると、この際にも「同じミスが発生することを危惧」した総務省はJ‐LISに対し、システムの再点検を指示したという。記事によれば、葛飾区で起きた通知カードの印刷漏れと「同じミス」が、個人番号カードでも起きる恐れがあるという
ちなみに、問題を起こしたJ‐LISの「カード管理システム」を開発したのは、NTTコミュニケーションズ、NTTデータ、NEC、日立製作所、富士通のIT企業5社からなるコンソーシアム(共同事業体)。同システムを含む「番号生成システム」の受注金額は、約69億円だった。税金が投入されている事業である限り、ミスやバグに関する説明責任は彼らIT企業にもある。
「通知カード未同封」問題も
これ以外にも、トラブルは発生している。1月20日付産経新聞デジタル記事によれば、住民から「届いた簡易書留に通知カードが同封されていなかった」との通報が、全国各地の市区町村に相次いで寄せられているという。そうした自治体がJ‐LISに問い合わせたところ、J‐LISはいずれのケースでも、「システム上は発送時に通知カードが同封されていることを確認している」「全国で同様の事例がある。同居人が通知カードを持っていたケースがあった」などと主張し、J‐LISに問題の解決に乗り出そうという謙虚な姿勢はまったく窺えない。
そのため、自治体のなかには原因究明を棚上げし、住民の希望に応じて「マイナンバー」を変更した通知カードの作成をJ‐LISに要請することで、決着を図ったところもある。結局、この「通知カード未同封」問題でも、原因や真相は解明されないままだ。
以上みてきたように、J‐LISに対する不信感も、「マイナンバー」制度に対する不安感も消えない。だから、同様のトラブルは今後も繰り返される可能性も高い。マイナンバー制度は今のところ、国が宣伝で強調する「市民にとってのメリット」を帳消しにして余りあるほどのデメリットを国民に押し付けかねない、迷惑千万な話でしかない。
(文=明石昇二郎/ジャーナリスト)
※3回にわたった本連載が、近く電子書籍kindleで発刊されます。発行元は、「週刊金曜日」などを刊行する株式会社金曜日です。