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上昌広「絶望の医療 希望の医療」

地方から病院が消滅する日…経営難で年3百件ペースで廃業等、路頭に迷う患者と看護師

文=上昌広/特定非営利活動法人・医療ガバナンス研究所理事長
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 その典型例が、福島県広野町の高野病院のケースだ。昨年末に高野英男院長が急死し、病院の存続が危ぶまれた。享年81才だった。高野病院は東京電力福島第1原発の南22キロメートルに存在する慢性期病院だ。1980年に高野氏が設立した。病床は内科65床、精神科53床で、毎日20名程度の外来患者や、数名の急患を引き受けていた。東日本大震災以後も双葉郡内で診療を続けた唯一の病院である。

 現在、広野町で生活しているのは3,697人(3月31日現在)。震災前の人口5418人から激減した。震災後、2名いた常勤医は1人となった。高野院長は、新たな医師を雇用することなく、懸命に働いた。病院の敷地内に住み、当直は月に10回を越えた。患者を増やすべく、原発事故後、双葉郡から県外に避難した788人の精神病患者のうち、44人の入院を引き受けた。これは大病院も含め、福島県内で2位の実績だ。

 ただ、高野院長がこれだけ働いても、病院の総収入は約6億円。震災前より1億円減少した。一方、コストは上がった。医師不足の東北地方では、非常勤医を招くのに2泊3日の当直で30万円以上を支払う。原発事故後はさらに値上がりし、非常勤医師に支払う年間の費用は震災前の約4,500万円から約6,000万円に増えた。

 診療報酬の施設基準を満足させるため、看護師も確保しなければならなかった。年間に4,500万円程度の補助金を受け取ったが、病院は毎年3,000万円程度の赤字だった。高野己保理事長は「内部留保を使い尽くしつつある」という。このままでは閉院するしかない。

閉院も困難

 しかしながら、閉院も容易ではない。田舎の病院の土地や建物を転売することは難しく、病院が閉鎖されれば、税金や建物の処理費用がかかるからだ。高野病院には10年以上入院している認知症患者や、住民票を病院に移している人までいる。彼らの転院先を探さなければならないが、どこも満床で、通常数カ月を要する。その間、病院はスタッフを雇用しなければならず、赤字を垂れ流す。地元の病院経営者は「閉院するまでに、さらに数億円の赤字になるでしょう」と言う。

 高野理事長は、福島県に病院の敷地・建物を寄附し、運営を委託しようとした。ところが、「福島県は高野病院を受け取る気はない」(福島県関係者)という。なぜなら、ひとりで何役もこなしたオーナー院長が亡くなった以上、赤字が増えるのは確実だからだ。財政難にあえぐ地方自治体にとって、巨額の赤字を垂れ流す病院は、厄介者以外の何物でもない。

 このままでは高野病院は破綻するしかない。経営者が自助努力でやれることには限界がある。高野病院には約100人の高齢者が入院し、約100人の職員が勤めている。彼らは路頭に迷う。

病院の死=自治体の死

 厚労省は地域包括ケアシステムを整備し、在宅医療や介護を実現することを目標としている。もちろん、そんなにうまくはいかない。多くの高齢者は認知症を抱え、しかも独居か高齢世帯だ。在宅医療・介護など不可能だ。認知症患者は、手間がかかる割に介護報酬は低い。さらに疾病を抱えたら、介護施設が引き取るはずがない。患者は路頭に迷うことになる。

 一方、広野町にとって高野病院は「一流企業」だ。震災前の歳入総額36億7,242万円(08年度)の広野町に、6億円以上の「売り上げ」を上げる高野病院の存在は大きい。100人のスタッフの約半数は看護師で、フルタイムの常勤の年収は約500万円だ。地元にとって高額所得者で、地域の経済を牽引する。病院が閉鎖されれば、彼らは他の地域に移動する。

 広野町は高野病院の存続を願うが、町立病院にするほどの財政力はない。

 高齢化が進む地方都市で、病院の存在が不可欠であることはいうまでもない。ところが、病院の基盤はかくのごとく脆弱だ。これは高野病院だけの問題ではない。北海道、東北、中四国の多くの地方都市で、高齢者の数は頭打ちだ。診療報酬が引き下げられると、地域の患者を独占していて、それ以上の「成長」が期待できない中核病院の経営は厳しくなる。

 16年3月期の決算をみれば、北海道函館市の函館中央病院は23億8,898万円、福島県会津若松市の竹田総合病院は2億9,464万、島根県江津市の西部島根医療福祉センターは6億7,836万円の赤字だ。いずれも民間医療機関で、これ以上診療報酬が引き下げられると、救急や産科など不採算部門から撤退せざるを得なくなる。

 首都圏も例外ではない。すでに一部で高齢者人口が頭打ち、あるいは減少に転じている。東京の奥多摩地方や、千葉県の安房地域や夷隅地域などだ。千葉県鴨川市の亀田総合病院は16年3月期の決算で2億8,554万円の赤字を計上した。亀田総合病院を運営する鉄蕉会の従業員数は3,375人(16年4月現在)、鴨川市の人口の約1割が亀田総合病院の職員ということになる。亀田総合病院の倒産は、鴨川市の「頓死」を招く。

医療機関の閉鎖は加速

 安倍政権は「地方創生」を掲げるが、病院経営者は信用していない。地方病院の経営者は「息子は医師になったが、東京で勤務医をしていて戻ってこない。今後のことを考えると、内部留保があるうちに、廃業したい」と言う。これは地方での病院経営者の共通の悩みと言っていい。最近は、このようなケースが増えている。

 徳島県美馬市でホウエツ病院(65床)を経営する林秀樹院長(63)は、「近年、美馬市では、5つの医療機関が閉院しました。うち4つは診療所で、1つが病院です。この病院も経営者の息子は医師でしたが、実家の病院を継ぎませんでした」と言う。

 閉院はしなくても、規模を縮小する医療機関もあった。美馬市内の1つの病院が有床診療所に、2つの有床診療所が無床診療所に縮小した。美馬市は徳島市から約40キロ。吉野川沿いに開けた町で、徳島県西部の中心都市だ。美馬市の医療機関の崩壊は、徳島県西部の崩壊を招く。

 高野病院の経験が、このような病院経営者に与えた影響は大きい。知人の病院経営者は「(震災・原発事故復興予算で)金余りの福島県ですら、浜通りの高野病院と住民を見捨てた。いざとなった時に、行政があてにならないことが、あらためてわかった」という。

 医療機関の休廃業や解散は、07年に121件だったのが、14年には347件とうなぎのぼりだ。今後、地方都市での医療機関の閉鎖は加速するだろう。その意味するところは、地方都市の死だ。このまま無策を決め込めば、日本の衰退は止まらない。
(文=上昌広/特定非営利活動法人・医療ガバナンス研究所理事長)

●上昌広(かみまさひろ)
1993年東大医学部卒。1999年同大学院修了。医学博士。 虎の門病院、国立がんセンターにて造血器悪性腫瘍の診療・研究に従事。
2005年より東大医科研探索医療ヒューマンネットワークシステム(後に先端医療社会コミュニケーションシステム)を主宰し医療ガバナンスを研究。 2016年3月退職。4月より現職。星槎大学共生科学部客員教授、周産期医療の崩壊をくい止める会事務局長、現場からの医療改革推進協議会事務局長を務める。

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