実業家の堀江貴文氏や、医師、クリエーターらでつくる一般社団法人「予防医療普及協会」では、子宮頸がんワクチン(HPVワクチン)の普及を進める活動を行っている。同協会のメンバーで産婦人科医の三輪綾子氏と稲葉可奈子氏に、HPVワクチンの意義と活動の背景についてうかがった。
HPVワクチン接種で子宮頸がんの約70%を予防
――子宮頸がんとは、どのようながんなのでしょうか。
三輪綾子氏(以下、三輪) 「子宮頸がん」は子宮の入り口である子宮頸部(けいぶ)にできるがんで、多くはヒトパピローマウイルス(HPV)の感染が原因となります。主な感染経路は性的接触で、性交渉の経験がある女性のうち80%は生涯で一度はHPVに感染するともいわれています。
新たに子宮頸がんにかかる患者さんの数は年間約1万人ですが、初期(0期)のがんである「上皮内がん」を含めると、その数は年間約3万2000人に上ります。特に20~40代の若い世代で患者さんが増えており、死亡者数は年間2900人で増加傾向にあります。子育て中の女性も多いことから「マザーキラー」とも呼ばれるがんです。年々、多くの若い働き盛りの女性や子育て世代の女性が罹患し、子宮を摘出したり亡くなったりしている日本の問題は非常に深刻です。
――男性も感染するのでしょうか。
稲葉可奈子氏(以下、稲葉) はい。HPVは子宮頸がん以外に、中咽頭がん、肛門がん、腟がん、外陰がん、陰茎がんなどにもかかわっていると考えられています。アメリカやオーストラリアなど、男性への接種を推奨している国もあります。男性も接種することで集団全体でのHPVの感染率が下がっていくので、公衆衛生的には本来はそうするべきですよね。ただ、HPVが原因の病気の中でも子宮頸がんが特に多いので、女性へのワクチン接種が優先されています。
男性がワクチンを接種することで、男性もかかる前述のがん種以外に、尖圭(せんけい)コンジローマも予防できます。また、将来のパートナーにHPVを感染させないためにも、男性も接種する意義は十分にあります。ただ、日本では現状、定期予防接種の対象は女子に限られているので、男性は年齢に関係なく自費となります。
――子宮頸がんは防ぐことができるのでしょうか。
稲葉 HPV ワクチンを接種することで、子宮頸がんの約70%を予防できます。ワクチンで予防できない型のHPVが原因で子宮頸がんになることもあり得ますので、HPVワクチンを接種した人も子宮頸がん検診を受けることが大切です。 しかし、日本の受診率は世界的に見ても低い水準です。
――HPVワクチンをめぐっては、副反応に関連して厚生労働省は「積極勧奨」を停止しています。
三輪 2013年4月に定期予防接種となり、小学6年生~高校1年生相当の女子が対象となりました。しかし、接種後にワクチンとの因果関係を否定できないさまざまな副反応が見られたという疑いで、わずか3カ月足らずで同年6月14日、厚労省から全国の自治体に対し、HPVワクチンの定期接種は継続するとしながらも、その副反応への十分な検証を行う目的で同ワクチン接種の積極的な勧奨を差し控えるべきとの勧告が発出されました。
――副反応と疑われた症状は、どのようなものだったのでしょうか。
三輪 HPVワクチンを接種した後に、歩行困難や自らの意思とは関係なく勝手に体が動くような不随意運動、漢字の読み書きや計算ができなくなるような認知機能の低下、生理不順などが生じたとして、ワクチン接種後に報告された「多様な症状」の副反応として挙がっています。
WHOの見解もHPVワクチンは「有効かつ安全」
――実際に、副反応とワクチンについて調べた研究はあるのでしょうか。
三輪 名古屋市が実施した大規模疫学調査(「Nagoya Study」Suzuki S, et al. Papillomavirus Research 2018; 5: 96-103.)では、ワクチンによる副反応の出現率に有意差がないことが示されました。世界的にもHPVワクチンの安全性や有効性を示す研究調査が数多く出ており、WHO(世界保健機構)もHPVワクチンは有効かつ安全であるという見解を出しています。
もちろん、HPVワクチンは筋肉注射なので、局所発赤や痛み、迷走神経反射(注射で倒れてしまう)などの副作用はゼロではありません。最終的には個人の判断が尊重されるべきですが、正しいデータで利益と不利益のバランスを考えて、自分で選択することが大事だと思います。
――現状の接種状況はどうなっているのでしょうか。
三輪 それから約6年が経ち、接種率は1%未満にまで低下しています。現状ではきちんとした知識を持っている方が少ないと思っています。さらに、約3000人に行ったアンケート調査では、一般男性は一般女性よりHPVや子宮頸がんに対する知識が不足しているという結果もあります。この状態で接種有無の選択を強いられても、判断できない人がほとんどだと思います。子宮頸がんは女性の病気ですが、前述の通り男性に関係する病気もあります。まずは知ってもらうことが重要だと考えています。
――対象年齢を過ぎてしまったら、ワクチン接種の意味はないのでしょうか。
稲葉 性交渉をする前に接種するのが一番有効と考えられるため、定期接種の対象年齢は小6~高1までになっています。それを過ぎると意味がないということではありませんので、まだ接種していない若い世代の方はぜひ接種してほしいです。ただ、対象から外れると無料ではなく、自費で5万~6万円ぐらいしてしまいます。もし、すでにHPVに感染しているとしても、HPVはいくつかの型があり、自分が感染しているのとは違う型への予防効果はあります。
もっとも、HPVワクチンで防ぐことができるのは子宮頸がん全体の約70%です。ワクチン接種後も、20歳を過ぎたら定期的に子宮頸がんの検診を受けることが必要です。
「子宮頸がんは予防できる」を伝えるために
――予防医療普及協会では、どのような活動をしているのでしょうか。
三輪 予防医療普及協会は堀江さんや医師らが中心となって16年に設立され、これまでに胃がんの原因となるピロリ菌の啓発活動などをしてきました。子宮頸がんでは、クラウドファンディングでHPV感染の有無を調べる検査キットを配布するなどしたほか、「Change.org」という署名活動サイトで活動を行っています。厚生労働大臣と予防接種を担当する各自治体首長に「対象者は無料接種できるという情報を届けてほしい」「中学生の副読本にHPV関連疾患、ワクチンについて記載してほしい」と訴えるための署名活動【※1】で、もうすぐ1万人の賛同が集まりますので、ぜひご協力いただきたいです。
そのほかに、美容師の団体に、髪を切っている間にお客さんにご紹介していただけないかと相談することもあります。若い女性に伝えるというのはすごく大事なんですが、医療関係からだけのアプローチだと、なかなか届かない。若い人はあまり病院に来ないですからね。
稲葉 すべてのがんが予防できるわけではないですが、実は子宮頸がんは予防できるんだよ、ということを知ってほしいです。子宮頸がんの患者さんを見るたびに、この人はならずに済んだかもしれないのにと思うと、産婦人科医としてはいつも心苦しさを感じています。
――男性の方々にメッセージがあればお願いします。
稲葉 HPVに感染する女性が、いわゆるセクシュアルアクティビティーが高いという思い込みを払拭しないと、患者さんたちは声を上げづらいです。1人としか性交渉をしたことがなくても、子宮頸がんにはなり得る話ということを理解してほしいです。そして、HPVは性的接触により男女間で移し合っていますし、男性がかかる病気の原因ともなりますので、男性も他人事ではないと知ってもらいたいです。
また、読者の中に娘さんがいる方もいると思いますが、予防接種については母親が管理している家庭が多いと思います。エビデンスに基づいた合理的思考が得意な男性も多いと思うので、ぜひご家庭で「子宮頸がんはワクチンで予防できるらしいぞ」と話題にしてもらいたいと思います。
(構成=編集部)
【※1】
「『子宮頸がんは予防できる』という情報が届けられていない日本の女性を救いたい!」(Change.org)