
前回紹介した老化を遅らせる手立てを開発する研究によって、シニアが老化の進みにくい体の栄養状態をつくるには、肉や油脂類を食べなければならないことがわかった。以前、情報番組『日経プラス10』(BSテレビ東京)に招かれ肉食の効能について解説したことがある。小谷真生子キャスターは「実はスズキの社長(現会長)は朝食から肉食です」と切り出した。小生は続けて、「激務をこなす大会社を率いるリーダーが体得した朝食に肉料理は、科学的にみて理に適っている」と応じた次第である。老化は心身の余力の枯渇から始まるが、社長はこれを防いでいるのだ。
メディアは「著名なスーパーシニアは肉食の方が多い」という現状描写を「肉食は効能ありかも?」と報ずるが、実際にシニアの方々に試してもらって効能を確認する研究法(介入研究)で、「老化遅延には肉食が有効」と実証できた意義はとても大きい。
ところで肉食の効能が確認できたのは、生活環境の基盤に有料老人ホームを選ぶことができた経済的に余裕のあるシニア層である(前回ページ参照)。小生らに研究を託した有料老人ホームは、日本の超高齢化時代を先取りした業界の草生的なホームであった。そのため一般的な地域社会で暮らすシニアでも同じように肉食の効能が確認できるかどうかわからない。
そこで、ある地方自治体の協力を得て地域に在宅する65歳以上シニア全員を対象とした、食習慣を大改造する大規模研究を行うことにした。地域のシニア集団は多様な価値観をもつシニアで構成されていることはいうまでもない。日本の地域社会のシニア集団で肉食の効能が確認できれば、肉食の効能は間違いなく本物となる。
医薬品の効能を確認する手法に治験がある。処方薬はこの手続きを経ている。飲めるか、効果があるか、副作用があるかを確かめるわけである。医薬品の場合、効果がはっきりして副作用が極めて限定的であれば、飲み続けられるかどうかが大きな関門になる。病気を治すためなら飲みたくないと思っても我慢して飲むのが普通だろう。
しかし、食生活のような生活習慣を変更する場合は、これまでの習慣を捨て去り、新しい習慣を取り入れることになるため、大変な努力が求められる。嗜好や意思、さらには価値観の修正を強いられることさえある。生活習慣の変更は、その実践要素に実行可能性がどの程度備わっているかが最大の問題になる。ましてや目的が病気予防ではなく新しい健康問題の老化である。“肉は体によくない”とは、多くの医療者が言い続けてつくり上げた健康パラダイムである。感化されているシニアも多い。このようなシニア集団に肉食を普及し定着させられるか? これがカギになる。さて結果はどうだったのかお話をすすめよう。