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熊谷修「間違いだらけの健康づくり」

高齢者、肉食と脂っこい食事で老化抑制…4年間の大規模調査で実証・判明

文=熊谷修/博士(学術)、一般社団法人全国食支援活動協力会理事
高齢者、肉食と脂っこい食事で老化抑制…4年間の大規模調査で実証・判明の画像1
「Getty Images」より

 前回紹介した老化を遅らせる手立てを開発する研究によって、シニアが老化の進みにくい体の栄養状態をつくるには、肉や油脂類を食べなければならないことがわかった。以前、情報番組『日経プラス10』(BSテレビ東京)に招かれ肉食の効能について解説したことがある。小谷真生子キャスターは「実はスズキの社長(現会長)は朝食から肉食です」と切り出した。小生は続けて、「激務をこなす大会社を率いるリーダーが体得した朝食に肉料理は、科学的にみて理に適っている」と応じた次第である。老化は心身の余力の枯渇から始まるが、社長はこれを防いでいるのだ。

 メディアは「著名なスーパーシニアは肉食の方が多い」という現状描写を「肉食は効能ありかも?」と報ずるが、実際にシニアの方々に試してもらって効能を確認する研究法(介入研究)で、「老化遅延には肉食が有効」と実証できた意義はとても大きい。

 ところで肉食の効能が確認できたのは、生活環境の基盤に有料老人ホームを選ぶことができた経済的に余裕のあるシニア層である(前回ページ参照)。小生らに研究を託した有料老人ホームは、日本の超高齢化時代を先取りした業界の草生的なホームであった。そのため一般的な地域社会で暮らすシニアでも同じように肉食の効能が確認できるかどうかわからない。

 そこで、ある地方自治体の協力を得て地域に在宅する65歳以上シニア全員を対象とした、食習慣を大改造する大規模研究を行うことにした。地域のシニア集団は多様な価値観をもつシニアで構成されていることはいうまでもない。日本の地域社会のシニア集団で肉食の効能が確認できれば、肉食の効能は間違いなく本物となる。

 医薬品の効能を確認する手法に治験がある。処方薬はこの手続きを経ている。飲めるか、効果があるか、副作用があるかを確かめるわけである。医薬品の場合、効果がはっきりして副作用が極めて限定的であれば、飲み続けられるかどうかが大きな関門になる。病気を治すためなら飲みたくないと思っても我慢して飲むのが普通だろう。

 しかし、食生活のような生活習慣を変更する場合は、これまでの習慣を捨て去り、新しい習慣を取り入れることになるため、大変な努力が求められる。嗜好や意思、さらには価値観の修正を強いられることさえある。生活習慣の変更は、その実践要素に実行可能性がどの程度備わっているかが最大の問題になる。ましてや目的が病気予防ではなく新しい健康問題の老化である。“肉は体によくない”とは、多くの医療者が言い続けてつくり上げた健康パラダイムである。感化されているシニアも多い。このようなシニア集団に肉食を普及し定着させられるか? これがカギになる。さて結果はどうだったのかお話をすすめよう。

血清アルブミンが増加

 地域は秋田県大仙市N地域である。東北地方は高血圧と脳卒中に苦しんだ長い歴史がある。これまでの経緯もあり健康づくり活動には誠実に向き合う方々が多い。地域一丸となったシニアの老化を遅らせるための食生活改善活動は1996年から始まり4年間にわたり続けられた。「肉を食べよう! 脂っこいおかずを食べよう! キャンペーン」の始まりである。生活習慣病対策と真逆の活動はぶれることなく、小生ら、自治体の保健スタッフ、そして地域ボランティアとともに活動は続けられた。

 このキャンペーンでは、驚くほどの効果があらわれた。図1は、肉類と油脂類の摂取頻度(2日に1回以上食べる人の割合)の変化を、介入活動前(1992~1996年)と活動後(1996~2000年)、それぞれ4年間で比較したものである。

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 活動前の4年間の肉類と油脂類の摂取頻度は減少している。これは老化によるものである。シニア世代は年齢に身を任せていると、老化に伴い食事全体が萎縮してゆく様子がわかる。これに対して活動後は、肉類と油脂類の摂取頻度が明らかに増加している。

 国民栄養調査によると、日本全体は活動後の1996年から2000年の4年間は肉類や油脂類の摂取量は一定で推移している。活動期間に認められた両食品群の加齢老化に伴う摂取頻度の増加は、日本全体の動き(時代効果、その時代の方向性)とは異なっているため活動の効果と解釈することができる。

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 図2は、同じ期間の血清アルブミンの変化である。活動前の4年間は、血清アルブミンは有意に低下している。これは老化に伴い体の栄養状態が低下している様子である。老化とは栄養失調になっていく変化とたとえられる所以である。

 一方、活動後は一転して増加している。活動後の4年間に血清アルブミンが増加に転じ栄養状態が改善したことは、老化の遅れを意味している。“肉を食べ脂っこいおかずを食べる”ことは、日本の一般的なシニアが取り入れられる食事習慣であり、老化を遅らせるのに有効なことを示している。有料老人ホームの研究結果の再現である。肉や油脂はシニアのための推奨食品なのである。

 この研究成果は、その後、介護保険の施策となる介護予防事業(栄養改善活動)の基盤を成すことになる。「年をとると肉や脂っこいものは食べられなくなる」という言葉は、保健医療の技術者のなかで言い続けられている言葉である。何をか言わんや……である。

(文=熊谷修/博士(学術)、一般社団法人全国食支援活動協力会理事)

(東京都老人総合研究所,特別プロジェクト研究「中年からの老化予防総合的長期追跡研究.1991-2000年」より紹介.小生は本介入研究,運営リーダー)。

※掲載した図の引用には許可が必要です。

参照文献:

Kumagai S, et al. An intervention study to improve the nutritional status of functionally competent community living senior citizens. Geriatr Gerontol Inter. 2004; 3: s21-s26.

熊谷修, 低栄養予防ハンドブック, 地域ケア政策ネットワーク, 東京,2004.

熊谷修/博士(学術)、一般社団法人全国食支援活動協力会理事

熊谷修/博士(学術)、一般社団法人全国食支援活動協力会理事

1956年宮崎県生まれ。人間総合科学大学教授。学術博士。1979年東京農業大学卒業。地域住民の生活習慣病予防対策の研究・実践活動を経て、高齢社会の健康施策の開発のため東京都老人総合研究所(現東京都健康長寿医療センター研究所)へ。わが国最初の「老化を遅らせる食生活指針」を発表し、シニアの栄養改善の科学的意義を解明。介護予防のための栄養改善プログラムの第一人者である。東京都健康長寿医療センター研究所協力研究員、介護予防市町村モデル事業支援委員会委員を歴任

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