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黒田尚子「『足るを知る』のマネー学」

がん生存率7割に上昇、深刻な“老後の資金不足”問題が顕在化…離職等で生涯年収減少

文=黒田尚子/ファイナンシャルプランナー
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「Getty Images」より

 医療技術の進歩によって、がんの生存率は向上している。国立がん研究センターの発表によると、2009~2010年にがんと診断された患者の5年生存率は66.1%。がんと診断されても、7割近くの人が5年後も生きているということだ。

 部位別でみると、前立腺98.6%、乳房92.5%とさらに高い割合になっている。沈黙の臓器ともいわれ、早期発見や治療が難しいすい臓は9.6%と最も低いものの(ちなみに筆者の父もすい臓がんで他界した)、患者数が最も多い大腸が72.9%など、がんになっても「死なない」可能性が高い。

 患者にとって、生存率の向上は喜ばしいことだろう。しかし、その一方で、別の問題が顕在化している。がん患者の「老後問題」である。がん患者に限らず、誰しも老後問題は避けて通れないが、今回は、がん患者の老後がどのように問題なのかをご紹介したい。

「長生きできないと思っていた」から老後の備えゼロ!

 ファイナンシャルプランナーである筆者のもとに、もうすぐ定年を迎えるという公務員のA子さん(59歳)が相談に訪れた。おもな相談内容は、定年後の老後の生活について。これだけなら、よくある一般的な相談なのだが、A子さんは別の事情を抱えていた。

 今から20年以上前に乳がんの告知を受け、最近そのがんが再発したというのだ。A子さんは夫(62歳)との二人暮らしで、30代の長男と次男はそれぞれ独立している。夫はまだ会社員として働いており、住宅ローンも終わっている。A子さんも長年公務員として働いてきたのだから、通常であれば、それなりに金融資産も貯まっているはずなのだが……。

「30代後半で乳がんの告知を受けたとき、子どもたちはまだ小学生でした。今から、20年以上も前ですから、すぐに『がん=死』を意識しましたね。乳房全摘手術の後、抗がん剤治療、ホルモン治療などを受けました治療が一通り終わり、定期的に検診も受けていましたが、『きっと、自分はそんなに長生きできないだろう』と思っていたんです。

 だから、老後のためにお金を貯めるよりも、旅行に行ったり、美味しいものを食べたり。今の生活を充実させるためにお金を使おうと思っったんです。だから、貯金はほとんどありません。

 先日、乳がんが再発したことがわかり、現在ホルモン治療を再開しました。体調は悪くありません。再発はしたものの、きっとまだ『死なない』んだろうなあ、と漠然と思っています。となると、今の家計状況では、心もとなくて。これからどうしたらよいか、ご相談に来ました」

 聞けば、A子さんの勤務先は雇用延長もできたのだが、がんも再発し、なんとなく続ける気力が沸かず、退職することにしたという。また、共働きではあったが、A子さんの夫の収入で住宅ローンや子どもの教育資金をまかなってきたため、借金はないものの、こちらも安心できるほどの蓄えがあるわけではない。

 A子さんの夫は、あと数年、継続して働ける見込みなので、急に家計が困窮するわけではなさそうだ。しかし、自分の収入がなくなった後の膨らんだ家計のやりくりや、高額な治療費がかかるようになったり、ほかの病気を発症したりした場合のことも不安だという。

罹患後に「長生きできないかも」という患者は少なくないが…

 A子さんのように、がんに罹患後、「そんなに長生きできないのではないか?」と考えるがん患者は少なくない。もちろん、あっという間に亡くなる方もいる。しかし、がんによって死に至るプロセスはそんなに単純なものではなく、全身にがん細胞があっても、比較的元気な方もいるのだ。

 医療者によると、人間が生命を維持するための大切な臓器―例えば、肺や心臓、肝臓、脳などが、その働きを維持できなくなるくらいがんに侵されれば亡くなるが、そうでなければ、死ぬことはないという。あと数カ月の命、といった短期間の余命宣告ならまだしも、年単位で、医師に「私はあとどれくらい生きられますか?」と尋ねても、おそらく冒頭の生存率を説明されるのがおちだろう。

 そこで、がん患者は残りの人生を充実させるためにお金を使ったらよいのか、予想以上に長生きできた場合に備えて、どれくらい残しておけばよいのか、非常に悩まれるのである。

がん罹患によって生涯年収が大きく変わる可能性も

「長生きできないと思っていたから、貯金しなかった」というA子さんは、やや極端な事例かもしれないが、実際には貯金したくてもできないがん患者もいる。がん罹患後に失業や離職し、収入が減少してしまう可能性があるからだ。

 がんと就労に関しては、さまざまな調査があるが、おおむね3割前後が、罹患後退職したと回答している。しかも、国立がん研究センターなどの2015~18年の調査では、「がんの疑い」と説明を受けた時点という、かなり早い段階で約33%が離職を検討している。これは、治療に専念するため以外にも、がんの治療と仕事の両立ができないと思い込んでいたり、勤務先の支援体制が不十分だったりといったさまざまな理由が考えられる。

 仕事を辞めたら、当然収入は減るわけで、患者調査(東京都福祉保健局「がん患者の就労等に関する実態調査」<2014年5月>)によると、罹患後収入が「減った」と回答した人が約6割にのぼった。そして、世帯の収入も半数近くが「減った」と回答。家族ががんに罹患することで、患者本人ばかりでなく、世帯全体に影響が及ぶことは重要かつ気づきにくい。

 さらに、罹患後の収入減少の問題は、毎月の給与や年収が減少した程度にとどまらない。退職しないまでも、収入減少に歯止めがきかなければ、退職金も減ってしまうし、負担する厚生年金保険料が少なくなれば、65歳から受け取れる公的年金の額も変わってくる。退職して、厚生年金・健康保険から国民年金・国民健康保険になれば、受けられる公的保障は手薄になってしまう。

 つまり、生涯年収が大きく変わるかもしれないということだ。おそらく、診断前から早々に離職してしまった人は、ここまで影響があると予想もしていないだろう。それに、がん患者の死亡率を減少させることに関しては、これまでさまざまなアプローチから研究されてきたが、長生きしたがん患者の老後をどうするかなど、ほとんどの医療者は思いもよらないはずだ。

がん罹患後の人生設計やライフプランの再構築をどうするか?

 実際、自分の老後を不安に感じるがん患者からの相談は増えている。

 例えば、50代でがんに罹患し、フルタイムで働けないという患者からの「今の治療費はなんとかなるんです。でも、老後が心配。最低どれくらい収入を得られれば、65歳の公的年金受給まで家計が耐えられますか」や60代のがん患者の「医療費もあるし、年金だけでは生活できない。体力的につらいので、仕事を辞めたいが、生活の見通しがつかない」といった相談だ。

 がんとお金と聞くと、高額な治療費ばかりがクローズアップされるが、がんと共に生きていく期間が長くなれば、がん患者の悩みは、もっと先の将来へとシフトしてくるだろう。A子さんのように、がん罹患後の人生設計やライフプランをどのように再構築すべきか悩む患者が増えているのも、生存率の向上によって生じてきた新たな問題なのだ。とくに、現役世代のがん患者が増えてきたことによって、問題が顕著になってきたと考えている。

 一つの解決策は、がんになっても継続して働くこと。国は就労支援に注力しているが、すべての人が罹患前と同じように働けるわけではない。離職した場合、生活が成り立つかの専門的アドバイスが必要になるだろう。

 それに、治療が終了し、通院していないがん経験者の悩みは、より細分化・個別化していく。それをどこで相談したら良いか相談先の確保や周知も欠かせない。経済的に困窮したある末期がん患者の「がんで『死なない』んじゃなくて『死ねない』んです。命が長らえられても、働けない、食べていけなくなったら、どうしたらいいんでしょう?」という言葉が忘れられない。

(文=黒田尚子/ファイナンシャルプランナー)

黒田尚子/ファイナンシャル・プランナー

黒田尚子/ファイナンシャル・プランナー

 1969年富山県富山市生まれ。立命館大学法学部卒業後、1992年、株式会社日本総合研究所に入社。在職中に、FP資格を取得し、1997年同社退社。翌年、独立系FPとして転身を図る。2009年末に乳がん告知を受け、自らの体験から、がんなど病気に対する経済的備えの重要性を訴える活動を行うほか、老後・介護・消費者問題にも注力。聖路加国際病院のがん経験者向けプロジェクト「おさいふリング」のファシリテーター、NPO法人キャンサーネットジャパン・アドバイザリーボード(外部評価委員会)メンバー、NPO法人がんと暮らしを考える会理事なども務める。著書に「がんとお金の本」、「がんとわたしノート」(Bkc)、「がんとお金の真実(リアル)」(セールス手帖社)、「50代からのお金のはなし」(プレジデント社)、「入院・介護「はじめて」ガイド」(主婦の友社)(共同監修)など。近著は「親の介護とお金が心配です」(主婦の友社)(監修)(6月21日発売)
https://www.naoko-kuroda.com/

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