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総合商社業界「3冠」目前の伊藤忠、報じられない“2つの死角”

文=有森隆/ジャーナリスト
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伊藤忠東京本社(「Wikipedia」より/Rs1421)

「週刊ポスト」(小学館)の仕事で、「日本郵政グループをもし、土光敏夫さんが経営すればどう変わる。どう変える」という記事を書いていて、「もし伊藤忠商事の岡藤正広会長CEOが三菱商事を経営したら、どう変える」を書いてみたらおもしろいと思った。6月に「2021年3月決算も三菱商事が首位になると予想する」と書いているが、少し様相を異にしてきた。伊藤忠の攻勢が目立つのだ。

 伊藤忠はファミリーマートを完全子会社にして上場廃止とし、経営の自由度を高めることを決めた。コロナ禍であるが、岡藤CEOは今期「3冠」を目指すと宣言した。3冠とは時価総額、株価、21年3月期決算の税引後利益で三菱商事を抜き、業界トップになることを指す。時価総額、株価ではすでに三菱商事を抜き去り、その差はどんどん広がっている。

 伊藤忠は「ファミマの完全子会社化は21年3月期の税引き利益4000億円に一定程度織り込み済み」(幹部)というが、「TOBが成立して、上場廃止(非上場化)に伴うシナジー効果が本当に出てくるのは来期(22年3月期)以降」(同)としている。ファミマを戦力化できればかなりの利益の上積みが期待できる。

 当面の焦点は8月5日の伊藤忠商事の決算(4~6月期)の内容だ。「実は三菱商事も同日決算発表を予定していたが、8月13日に変更した」(兜町筋)。「伊藤忠の1Q(4~6月期)決算を見極めるための発表延期」(外資系証券会社の総合商社担当アナリスト)といった、うがった見方も出ている。ことほどさように伊藤忠の決算が注目されているのだ。

 東京株式市場では「GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が三菱商事株を売って伊藤忠株を買っている」と推測する。「これが、伊藤忠と三菱商事の株価・時価総額の逆転につながった」(大手証券会社)といった分析もある。かなりオーバーな言い方になるが「安倍政権が伊藤忠買い、三菱商事売りを決断した」ということになりはしないか。

 逆風にさらされた三菱商事で有力OBからの垣内威彦社長に対する批判が強まっている。「繊維商社の伊藤忠に抜かれるとは……。ああ、世も末だ」(有力OB)といった具合なのである。伊藤忠を今でも繊維商社と考えている有力OBがいるから伊藤忠に負けたという冷厳たる事実に、このOBはまったく気づいていない。

 垣内社長は、社長に就任した16年、「首位を奪還したら二度と(伊藤忠に)は譲らない」と明言している。今、この言葉が垣内社長に重くのしかかり「金縛りの状態」(三菱商事の幹部)といった、いささか荒唐無稽な情報まで流出している。

 2016年4月、垣内体制になってから18年まで副社長は1人いたが、現在はゼロ。副社長不在の状態が続いており、「経営陣(ボード)の強化が喫緊のテーマではないのか」(別の有力OB)という意見もある。組織の三菱商事が伊藤忠に経営力で競り負けているのだ。

 役員構成についていえば、もともと専務は置いておらず、現状は社長-常務(取締役)で回している。「当社の経営は緊急事態宣言下の状況。垣内社長に直言できる役員が必要不可欠」(若手の幹部)という、声なき声もある。

伊藤忠4000億円、三菱商事2350億円

 野村證券の業種予想は次の通りである。最終利益についてだ。伊藤忠は900億円(第1四半期)、4000億円(通期、21年3月期)。一方、三菱商事は400億円(第1四半期)、2350億円(通期、21年3月期)。三菱商事の第1四半期は得意とする原料炭の市況が中国の石炭輸入規制をはじめ、インド、日本、韓国などの需要減で低迷。インドネシアやタイの自動車事業も赤字になった模様だ。

 野村證券は、三井物産の第1四半期の最終利益を760億円(通期では2250億円)と予想。もし、この通りなら、三菱商事は伊藤忠どころか三井物産にも抜かれるという惨状を呈することになる。

「通期でも原料炭(三菱)と鉄鉱石(三井)の市況次第では、三菱商事が三井物産に逆転され、3位転落の可能性すらある」(国内証券会社の商社担当アナリスト)

 鉄鉱石の市況が好調で原油価格の戻りも期待できる三井物産のほうが利益の“のびしろ”は三菱商事より大きいということなのだろうが、はたして、どうなるのか。予想はあくまで予想である。ちなみに「日経QUICKコンセンサス」の伊藤忠、三菱商事の通期利益予測は伊藤忠が4313億円、三菱商事が2701億円である。アナリストは、ずいぶんと三菱商事の業績を厳しく見ていることになる。

 三井物産は総合商社の先陣を切り、7月31日に1Q(4~6月期)決算を発表した。それによると最終利益は625億5700万円だった。通期の純利益は1800億円という数字を据え置いた。三井物産の決算は野村證券の予測を、およそ135億円(18%)下回ったことになる。

 三井物産の決算が新型コロナウイルスの感染拡大の影響を受けたことから、伊藤忠、三菱商事の1Qの決算がどうなるかにいっそう、関心が集まる。三菱商事はどのような数字を出してくるのだろうか。

 伊藤忠は8月5日、第1四半期(1Q)の決算を発表した。最終利益は1047億5900万円。野村證券の予想を100億円強上回った。通期の見通しは4000億円を据え置いた。

時価総額、株価で伊藤忠が初めてトップに

 伊藤忠は21年3月期の最終利益を4000億円と公表している。三菱商事は「未定」だ。1Q決算で通期の見通しを開示するとみているアナリストが多い。三菱商事は原油の価格下落、世界の資源市場の急変、米中戦争の穀物市場への影響など、利益が目減りする要因はたくさんある。利益トップの座を死守するとコミットメントした垣内社長がトップの地位をやすやすと明け渡すとは思えない。もし、そういう事態になれば、「垣内さんは社長を辞めることになるのではないか」(垣内氏に近い三菱商事の幹部)

 ここまでくる過程で、伊藤忠にとってエポックメーキングな出来事があった。6月2日、伊藤忠の時価総額は終値ベースで3兆7649億円となり、三菱商事(3兆6964億円)を上回り、総合商社で初の首位に立った。この時の両社の差はわずか685億円だった。

 7月31日現在の両社の株価と時価総額をチェックしておく。伊藤忠の終値は2300円。時価総額は3兆6452億4600万円。対する三菱商事の株価は2119.5円。時価総額は3兆1489億9100万円。その差は4962億5500万円。5000億円弱に差が広がっている。市場(投資家)の眼もアナリスト同様、三菱商事に優しくはない。

伊藤忠にウイークポイントはないのか

 日経新聞は7月21日、22日、23日付の朝刊の紙面を伊藤忠の大特集で飾った。「伊藤忠の日経への広告出稿量が三菱商事を上回ったのだろうか?」。大手広告代理店役員の率直な印象がこうだったほどの連載企画である。「日経は三菱商事寄りだったはずなのに」(大手広告代理店の役員)。この連載記事は伊藤忠・岡藤経営を絶賛するものだった。

「週刊ポスト」には本田宗一郎が日産自動車を経営したらどう立て直す、という記事も掲載される予定になっているが、本田がかつて、こんな名言を残している。

「経営者は油が乗り切っている時に(自分の油で)滑る。これを油断という」

 岡藤経営のウイークポイントは、ズバリ、CITIC(中国中信集団)である。日経の連載(2回目)のワキ見出しは「CITICとの提携頼みの綱」だが、CITICに6000億円投下した成果はあがっていない。中国・全人代で李克強首相は「国有企業改革」という注目すべき発言をしている。北京ウオッチャーは「CITICに動きあり」と伝えてきている。伊藤忠もCITICの動向には重大な関心を示している。コロナ禍、何が起こる、わからない。ところが、アナリストも経済記者もCITICについてはノーマークのようである。

 筆者の率直な感想を述べれば、日経の連載の筆致は緩やか。いや甘い。井村屋のおしるこではないのだから(井村屋に失礼か)、砂糖をたくさん入れてもダメ。少量の塩(批判)が必要なのだ。塩が入ってない記事は、上質な甘さにはならない。

 もう1つは「中国ファミマ」である。ファミマと中国の食品大手、頂新グループの合弁事業だが、ファミマ(というより伊藤忠)と頂新の関係が悪化。ファミマは18年10月、頂新側が持つ合弁会社株の売却を求める訴訟を起こしている。

「中国ファミマ」の店舗数は2800店を超える。最悪の場合、「ファミマの中国からの撤退もあり得る」(ファミマの元首脳)。この首脳が「中国ファミマの行く末がとても心配だ」と退陣する間際に呟いていたのを思い出す。ファミマを完全子会社にした後、伊藤忠が「中国ファミマ」の“交通整理”に乗り出すのだろうが、情況は予断を許さない。韓国がそうだったように、ファミマは中国市場を失うことになるかもしれない。伊藤忠と頂新グループのトップ(どちらもワンマン)の意思疎通はうまくいっているのだろうか。それが心配だ。

 結論を急ごう。岡藤会長CEOは一気に勝ち切るしかない。21年3月期で利益トップに立てないと、三菱商事の壁は高く、そして厚かったということになる。待っているのは万年2位。いや、三井物産だって経営陣が足の引っ張り合いをやめて活性化すれば侮れない。

(文=有森隆/ジャーナリスト)

有森隆/ジャーナリスト

有森隆/ジャーナリスト

早稲田大学文学部卒。30年間全国紙で経済記者を務めた。経済・産業界での豊富な人脈を生かし、経済事件などをテーマに精力的な取材・執筆活動を続けている。著書は「企業舎弟闇の抗争」(講談社+α文庫)、「ネットバブル」「日本企業モラルハザード史」(以上、文春新書)、「住友銀行暗黒史」「日産独裁経営と権力抗争の末路」(以上、さくら舎)、「プロ経営者の時代」(千倉書房)など多数。

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