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星野リゾート、革新的経営の秘密…「100%保証システム」導入で瀕死の施設を再建

文=大﨑孝徳/神奈川大学経営学部国際経営学科教授
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星野リゾート アルツ磐梯(「Wikipedia」より)

 最近、星野リゾート代表取締役社長である星野佳路氏をテレビなどのメディアでよく見かける。コロナ禍において、とりわけ大きなダメージを受けている旅行業界に一石を投じるべく、積極的に出演されているようだ。

 その主張は、海外や遠方からの観光客のみに注力するのではなく、近場からの観光客に注目しようというものである。そのために、たとえば自社のHPにて“ご近所旅行のススメ”なるサイトを立ち上げ、知ってそうで知らない地元の魅力を探求することを目的に、自宅から30分~1時間で行ける範囲の旅行「マイクロツーリズム」を強く推奨している。

 テレビなどでタブレットを片手に理路整然と話す星野氏の姿は、新しいタイプの経営者という印象を多くの視聴者に与えていることだろう。考え方もユニークであり、「教科書の理論なんて机の上でしか通用しない。ビジネスの現場では役に立たない」と多くの実務家が思っているなか、星野氏は「教科書に書かれていることは正しく、実践で使えると確信している」とまで言い切っている。

 星野氏がこうした信念を持つに至った背景には、アメリカのコーネル大学ホテル経営大学院で学んだことも大きく影響しているだろう。同大学院は世界でもっとも優れたサービスに関わる研究・教育機関のひとつである。

 こうした信条のもと、星野リゾートでは多くの取り組みが米国のビジネス・スクールなどに所属する研究者たちが体系化した理論に基づき、実践されている。詳細は2010年に出版された『星野リゾートの教科書 サービスと利益 両立の法則』(日経BP社)に記されている。こうした理論のひとつとして1988年の経営学誌『Harvard Business Review』に掲載された「The Power of Unconditional Service Guarantees(無条件サービス保証の力)」という論文が紹介されていた。ミシガン大学ビジネス・スクールの研究者による論文であり、マッキンゼー賞を受賞した名著と言われている。筆者も10年ほど前に読んだ記憶があり、これを機に再読した。

サービスの100%保証システムとは?

「The Power of Unconditional Service Guarantees」は直訳すると「無条件サービス保証の力」となるが、日本版である『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』では「サービスの100%保証システム」と訳されている。以下、その概要を紹介していく。

 商品では当たり前となっている保証制度だが、サービスに関しては付与されていない場合が少なくなく、あったとしても条件付きといった状況である。しかしながら、サービスを完全保証しながら、高い顧客満足と収益性を同時に実現し、他社との差別化に成功している企業も存在している。

 たとえば、アメリカの害虫駆除会社BBBKは、他社が「納得できる水準まで駆除する」と謳うなか、「完全に退治する」ことを約束している。具体的には、「完全に駆除されるまで支払い不要。顧客が満足しなかった場合、過去1年にさかのぼっての返金に加えて、翌年、顧客が選んだ他の業者への駆除料金を肩代わりする。ホテルなどの顧客のゲストが害虫を見つけた場合、そのゲストの飲食・宿泊代および次の宿泊に係る費用もすべて負担する。害虫により営業停止となった場合はすべての損害賠償金と迷惑料を支払う」と、徹底した内容になっている。

 結果、BBBKは同業他社の最高10倍もの料金設定にもかかわらず、ずば抜けて高いシェアを誇っている。また、BBBKのサービス水準は極めて高く、1986年の売上3300万ドルに対して補償金は12万ドルという状況であった。

 さらに、高い利益率をもとに平均より高い賃金水準を設定することで、多くの有能な求職者を集め、厳しい審査を経て採用している。厳しい審査により、採用者は選ばれたグループの一員と感じるようだ。その後、6カ月の研修、さまざまな表彰制度により、スタッフのモチベーションを向上させている。ちなみに、害虫駆除産業ではスタッフのモチベーションの低さと転職の激しさが慢性的な問題となっていた。

 サービスの100%保証システムを実施時における重要なポイントとして、以下5点が挙げられている。

・付帯条件や留保条件がない

・わかりやすい(数値化するなど:「スピーディ」という表現ではなく「5分で」など)

・意味がある(顧客が重視するポイント、金銭的保証など)

・顧客が簡単に請求できる

・簡単かつ迅速な払い戻し

 また、100%保証システム実施から得られるメリットに関しては以下5つの点が挙げられている。

・組織全体がマネジャーの仮説ではなく、顧客が定義する「優れたサービス」に注目するようになる。

・サービスに関する具体的な基準を設定し、従業員のサービスの質やモラルを向上させる。

・サービスが悪い場合、払い戻しを通じてフィードバックされる。

・プロセス(サービス・デリバリー・システム)においてミスが発生しやすい部分を自ら検討するようになる。

・顧客の信頼を得ると同時に売上やシェアが向上する。

星野リゾートにおける100%保証システムの実践

 星野リゾートは2003年、第3セクターによる経営が行き詰まったスキーリゾート、アルツ磐梯の再建に乗り出した。再建に際して詳細な顧客満足度調査を実施したところ、驚くほどの低評価であった。スキー場のスタッフは自らの仕事がサービス業であるとの自覚がなく、顧客満足度など考えたことがない人が多かった。こうした状況に対して、星野氏はスタッフの意識を劇的に変えなければならないと決意する。そのために、「サービスの100%保証システム」論文を実践した。

 具体的には、ゲレンデにあるレストランの主力メニューであるカレーライスの「おいしさ保証」(食べた客が「おいしくない」と感じたら全額返金)を発案した。この案に対して、スタッフからは「おいしく感じても返金を求める客が相次ぎ、大変なことになる」と激しい反発があったものの、星野氏は反対を押し切り「おいしさ保証」を導入した。導入に際しては、何度も試食を繰り返し、味を改善させている。

 導入後、初日と2日目は返金の申し出がなかったものの、3日目には返金の要求があった。スタッフは案の定、これから不正な返金要求が相次ぐのではないかと恐れたものの、「ごはんがべとべと」という返金の理由を確認すると、炊飯器の老朽化により、しっかり炊けていないことがわかり、その後、危機感を抱いたスタッフが迅速に新しい設備を整えた。これをきっかけにスタッフの意識も変わり、「おいしさ保証を伝える大看板をつくろう」「辛口の辛さをわかりやすく伝えよう」など、顧客満足の向上を目指して主体的に行動するようになっていった。ちなみに、1シーズン10万食の提供に対して返金は10件程度とのこと。

 さらに、こうした取り組みはスキー・スノーボード・スクールにも波及した。「上達保証制度」を開始し、レッスン終了後、客が事前に約束したレベルに達しなかったと感じたら、受講料を全額返金するというサービスである。「先生が生徒に教える」ではなく「お客様に対してスクールというサービスを提供する」との方針のもと、教え方マニュアルの作成、インストラクターの評価制度、1レッスンの受講定員を12名から4名へ3分の1に縮小といった取り組みが行われた。結果、返金発生率0.1%以下、さらには高いサービスが話題となり、日本有数の人気スクールとなった。

 このように星野リゾートでは、経営に関わる理論や論文が見事に実践され、大きな成功につながっている。興味があれば、『星野リゾートの教科書』を一読されてみてはいかがだろうか。

(文=大﨑孝徳/神奈川大学経営学部国際経営学科教授)

大﨑孝徳/香川大学大学院地域マネジメント研究科(ビジネススクール)教授

大﨑孝徳/香川大学大学院地域マネジメント研究科(ビジネススクール)教授

香川大学大学院地域マネジメント研究科(ビジネススクール)教授。1968年、大阪市生まれ。民間企業等勤務後、長崎総合科学大学・助教授、名城大学・教授、神奈川大学・教授、ワシントン大学・客員研究員、デラサール大学・特任教授などを経て現職。九州大学大学院経済学府博士後期課程修了、博士(経済学)。著書に、『プレミアムの法則』『「高く売る」戦略』(以上、同文舘出版)、『ITマーケティング戦略』『日本の携帯電話端末と国際市場』(以上、創成社)、『「高く売る」ためのマーケティングの教科書』『すごい差別化戦略』(以上、日本実業出版社)などがある。

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