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江川紹子の「事件ウオッチ」第159回

次期首相には、検証と分析から逃げない人を…安倍政権退陣にあたって江川紹子の考察

文=江川紹子/ジャーナリスト
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8月28日、会見で辞意を表明する安倍晋三首相(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 安倍首相が退陣を表明した。安倍一強ともいわれる強固な政権基盤を築き、7年8カ月に及んだ長期政権も、持病の潰瘍性大腸炎と新型コロナウイルス感染症という2つの病気には勝てなかった。ただ、この時期の、こういう形での辞任には、今後をにらんだ安倍首相自身の打算も見え隠れする。

安倍流政治では通じなかった新型コロナ対策

 首相は、持病再発による体調悪化が退陣の理由と説明した。ただ、8月に入って2回の通院治療の効果は出ているようで、報道される閣僚などのコメントを見ても、体調は一時より持ち直していたようだ。第一次政権での「投げだし」批判の再現となるのを恐れた、という政治評がもっぱらだが、果たしてそれだけなのだろうか。

 新型コロナウイルスの蔓延は、持病以上に大きなダメージを安倍首相にもたらしたのかもしれない。安倍首相にとって最大の強みだったはずの経済は大打撃を受け、アベノミクスの恩恵は吹き飛んだ。自らのレガシーとするはずだった東京五輪も、開けるかどうかわからない。

 なにより、コロナ禍にあっては、官邸主導で各省庁に圧力をかける、これまでの政治手法がなかなか通じない。その結果、安倍政権のコロナ対策は、国民の目から見てちぐはぐだったり、後手に回ることも多かった。

 たとえば、当初のマスク不足、医療機関用の医療用マスクやガウンなどの防護具の不足が、なかなか改善しなかった。事態が保健所の対応能力を超え、患者に対するPCR検査が十分でない、という問題も深刻で、これは今なお尾を引いている。

 首相記者会見で、こうした問題についての答弁を見聞きしていると、安倍首相自身、一生懸命指示しているのに、どうして改善しないのかわからない、といった様子だった。

 その象徴的場面として思い起こすのが、5月4日の記者会見の答弁だ。

 記者からPCR検査について問われ、安倍首相は次のように答えた。

「私もずっと、医師が判断すればPCR検査を受けられるようにすると申し上げてきましたし、その能力を上げる努力をしてきました」

「私も何度もそういう状況について、どこに目詰まりがあるのかということは(関係各方面に)申し上げてきているわけであります」

 安倍首相自身、「目詰まり」がどこにあるのか、あちこちに聞いた、というのだ。専門家から原因についての説明を聞いても、必ずしも得心がいっていないように見えた。

 同じ会見で、別の記者からさらにPCR検査問題を問われると、安倍首相は以下のように答えた。

「もちろん本気でやる気がなかったというわけではまったくありません。私は何回も、とにかく能力を上げていくと。実際、能力は上がってきているわけであります」

「しかし、(1日に)1万5000(件の検査が可能になるよう)、能力を上げたら、では(実際の検査数が)1万5000人分行くかといったら、残念ながらそうなっていないのであります。国としてできることは、予算をつけて能力を上げるということでありまして……」

 その後、長々と弁明が続いたのだが、やはり安倍首相自身がどこかに「目詰まり」があると感じつつ、その状況が把握できず、もどかしさを感じているようだった。これまでの政治手法が通じないことに対し、困惑気味のようにも見て取れた。

 それは、安倍首相が言う「目詰まり」なるものが、どこか1カ所、もしくは数カ所に障害があって、それを取り除けばいい、という単純な問題ではないからだろう。その根底には、保健所の再編(減少)、公務員の削減、検査や検体輸送等の人材不足、検疫体制の脆弱性、法整備の不備、医療関連品の海外依存度の高さ、IT化の遅れ、政府の危機管理体制の問題等々、さまざまな点にわたって、ひずみがたまり、劣化が進み、変化に対応できずに無理が生じてきた、いわば構造的な問題があるのではないか。

「検証」を避け続けた安倍政権

 全国民への10万円給付にも時間がかかった。オンライン申請を認めておきながら、結局は各自治体の職員が手作業で照合を行っているために、かえって遅くなるという事態も生じた。持続化給付金や雇用調整助成金などの申請手続きも、当初は非常に複雑で、そのうえ時間を要した。これも、やはり1〜2カ所に「目詰まり」が生じているというより、構造的問題と見るべきなのではないだろうか。

 私が安倍首相に聞きたかったのは、その点についての認識だった。5月25日の首相記者会見で質問の機会を得たので、それを尋ねた。合わせて、緊急事態宣言の解除を機に、次の波に備え、今までを検証し、問題点を洗い出し、根本的な原因を共有しておくつもりはないか、と問うた。

 安倍首相の答弁は丁寧なものだったが、内容には落胆した。

 彼は、事態を構造的な問題とは認識していないようだった。10万円給付、雇用調整助成金、IT化などの問題をひとつひとつ切り分け、それぞれについて説明。そのうえで、「現場も一生懸命」やっていると訴え、検証は「(コロナ禍が)終息した後」に行う、と述べた。

 これで第2波、第3波に、適切に対応できるのだろうか、との疑問が湧いた。「一生懸命」なのにうまくいかないのは、そのやり方がまずいか、基本的なところで何か問題が生じているからだろう。それを明らかにせず、目先の現象に対応するだけでは、いくら一生懸命やり続けても、効果は十分上がらないのではないか。

 そういえば、安倍首相は「女性活躍」「地方創生」「一億総活躍」などの看板を次から次へ掲げても、その進捗状況等について検証しようとせず、また新たな看板に掛け替える、ということを繰り返してきた。いずれも、やらないよりやってよかった、とは思うが、目標には今なお遠いのはなぜなのだろうか。これまた「目詰まり」の所在がよくわからない。税金を使った施策である以上、費用対効果も気になるところだ。

 コロナ対策も、同じように検証なしで対応を進める、というやり方でいいのか。

「目詰まり」にしろ、構造的問題にしろ、長年かけて積み上がってきた問題だろう。それは安倍政権だけの責任ではないにしても、安倍氏は第1次政権と合わせ、8年余り国政を担ってきた。第三者の目を入れて徹底した検証を行うということは、自分が腑分けされるようなもので、それを嫌ったのかもしれない。

 その結果、これまでの政治手法に行き詰まりを感じつつ、問題の所在も十分明確にならず、事態を打開する方策も見い出せず、体調悪化もあって問題に取り組むエネルギーも枯渇し、離れていく世論を取り戻す自信もなく……ということではないのだろうか。

見え隠れする打算、奏功したイメージ戦略

 安倍政権では、特定秘密保護法や安保法制などの施策が国論を二分し、強硬な政治スタイルが国民の分断を招き、死者まで出した財務省の公文書改ざん問題など政権が吹き飛ぶような問題がいくつも起きた。それでも、一時的に支持率が下がることはあっても持ち直し、国政選挙では勝ち続けてきた。

 それは、国民の生活に直結する経済に強いイメージを、人々が信頼したためだろう。確かに、株価は上がった。大学生の就職内定率も高い水準で推移した。安倍首相自らが経営者団体に毎年の賃上げを要請するなど、経済対策に力を入れる姿勢を示し続けた。

 ただ現実には、実質賃金はむしろ減少し、2度の消費税増税もあって、生活が楽になったという実感ができない人は多い。それでも、次々に繰り出すスローガンや物言いの「力強さ」で人々に期待を抱かせ続けた。安倍一強といわれる安定した政権運営と、「ほかに選択肢はなさそう」という消去法もあいまって、国民の多数の支持をとりつけてきた。

 こうしたイメージ戦略は、安倍首相について、その実績以上にモノゴトを成し遂げた「力強いリーダー」「偉大な指導者」としての印象を、人々の心に植え付けたと思う。

 そこへ、このコロナ禍である。安保や公文書や閣僚の不祥事とは違って、国民にとっては自分の健康の問題であり、自身の生活の問題である。もはやイメージに頼り期待し続ける余裕はない。「なにがなんでも安倍政権」という岩盤支持層はともかく、多くの国民は自分の健康と生活に対し、政府が現実にどのように対応してくれるか、というシビアな目で見るようになった。

 このままでは、国民の不満はさらに高まり、政権への批判が集中することは安倍首相もわかっていたはずだ。それによって、自分の評価がボロボロになるより、政権のプラスイメージが色あせない今のうちに、「惜しまれつつ辞める」という選択をしたのだろう。

 うまくいけば、今後も影響力を残せるだろうし、場合によっては再登板を期待する声も出てくるかもしれない。そんな目論見もあったのではないか。実際、8月29日付け産経新聞の1面コラムは、早くも、「健康さえ回復すれば、郷里の大先輩、桂太郎の如く3度目もある」と書いている。

 辞任表明の記者会見では、安倍首相はプロンプターを使わなかった。いつもは初めに長々としたスピーチを行うが、それも短め。官僚が書いた文章を読むより、質問をできるだけ多く受け付け、ひとりひとりの記者の目を見て、極力自分の言葉で答えていた。かつての、自信たっぷりの傲慢さは影を潜め、謙虚に国民への感謝を述べた。

 こうした対応にも、「国民に惜しまれつつ辞めたい」との思いがにじんでいた。

 今のところ、安倍首相の戦略は成功している。

 ネットには、記者会見で私を含めた記者たちが、安倍首相に感謝やねぎらいの言葉をかけなかった、という非難の声があふれている。私のTwitterにも、その種のクレームが山ほど来た。

 海外の首脳からも、安倍首相の功績や人柄をたたえ、惜しむ声が続々と寄せられ、それが報じられている。

 リアルの世界でも、安倍首相の好感度は高まっている。週末の世論調査では、低迷していた内閣支持率が急上昇した。日経新聞の調査では前回(7月)に比べ12ポイント、共同通信の調査では20ポイント近くも跳ね上がった。この“餞別効果”は自民党にも波及し、政党支持率が日経調査で前回の41%から47%へ、共同調査では32.9%から45.8%とアップした。

 これを見ていると、次期首相が早期に衆議院解散を行えば、いわば安倍氏への“はなむけ選挙”となり、自民党が大勝する、という筋書きもあり得るかもしれない。そうなれば、今後の政治に安倍氏は強い影響力を維持するだろう。

 ただ、今後の政局がどうなろうとも、これまでの安倍流政治では、このコロナ禍に十分対応できなかったこと、経済再生もおぼつかない状況であることは、忘れてはならないと思う。

 その原因はどこにあるのか。次の官邸の主は、こうした検証と分析から逃げない人であってもらいたい。安倍首相が辞めても、コロナ禍は続くのだから。

(文=江川紹子/ジャーナリスト)

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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