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篠崎靖男「世界を渡り歩いた指揮者の目」

レコード人気が再燃、1千万円超のものも…最大の魅力はCDには入らない“聞こえない音”

文=篠崎靖男/指揮者
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「Getty Images」より

 全米レコード協会が、驚くべき発表をしました。米国内のレコードの売り上げが、30年ぶりにCDを上回ったそうです。しかも僅差ではなく、2020年上半期、CDの売り上げが2990万ドル(138億円)だったのに対してレコードは2億3210万ドル(246億)と、ダブルスコアに達しそうな勢いでした。

 ここ数年、アメリカやイギリスを中心に、アナログ・レコード市場がリバイバルブームに沸いています。日本国内でも、根強い人気があることはよく知られていますが、そのなかでも、やはり高額で売買されているのは、1960~70年代を代表するビートルズです。デビューシングル『Love Me Do』のなかでも、パーロフォン・アセテート・プロモーション盤は、1100万円で取引されており、さらに希少なのは、ビートルズ前身のバンドであるクオリーメンが1958年に出した『That’ll Be The Day」のオリジナル・アセテート盤で、1400万円くらいの価値があるそうです。

 僕は、アナログ・レコードがデジタル・レコードとなりCDへと進化していた時期に、ちょうど学生時代を送っていました。レコードは、ほこりやキズをつけただけで雑音が入ってしまいますし、持ち運びにも大きすぎるのに比べて、コンパクト・ディスクの名の通り小さいサイズのCDは雑音もなく、なんて便利なのかと思いました。しかし、何か違和感も抱いたのです。それは、音の不足でした。

 音には、実際に演奏している音以外にも、たくさんの高い音が含まれています。これを「倍音」というのですが、たとえば「ド」の音を弾いたとすると、そのオクターブ上のド、その上のソ、ド、ミ、ソ、シのフラット、ド、レ、ミ……と、多くの高い音が出ており、それぞれの比率によって、楽器の音色の違いが生まれます。もちろん、本来の音の音量が倍音よりもはるかに大きいので、はっきりと聴こえるわけではありませんし、人間の可聴範囲を超えた高い倍音まであります。

 そこでCD開発時に、デジタル情報を変換するデータ量が限られていることもあり、「聴こえない音までデジタルデータ化しても仕方ない」として、人間の可聴範囲までしか録音しないことになったのです。しかし実は、ここに大きな問題があります。倍音は、楽器の音色の違いを生み出すと前述しましたが、たとえば、ヴァイオリンなどが高い音を演奏した場合には、可聴範囲外のとても高い音を豊富に含んでおり、これが独特な音色をつくるのに大きな役割を果たしています。

 デジタル技術では、こういった音を「どうせ聴こえないから」とばっさり切り捨てているので、コンサートホールいっぱいに倍音が広がるような音楽、たとえばチャイコフスキーやマーラー、リヒャルト・シュトラウスなどは、本来のサウンドとは程遠くなります。人間の身体機能というのは不思議で、地下鉄等が発するような低すぎて聴こえない音によっても、健康被害が出ると聞いたことがあると思いますが、聴こえない高い音であっても、やはり感知しているといわれています。残念ながら、インターネット経由のストリーミングでも、デジタル技術を使っているので、同じ問題が生じます。

レコードにしかない魅力

 一方、直接音をレコード盤に刻み込んでいるレコードは、倍音を含んでいる高音を意図的にカットすることはありません。レコードはCDに比べて収容容量が大きく、デジタル技術により圧縮されていない生の音なので、録音時の空気感までも一緒に体感できるとして、レコード愛好家には人気があるのです。

 ところが、そこに最新のハイレゾ技術が登場しました。これまでカットされていた高音も再生できる新技術で、今後の進化も含めて期待されていますが、実はレコード盤にはほかにも大きな魅力があるのです。

 レコード盤には大きなケースが必要なので、ジャケットが大きくなります。そこで、その大きなジャケット上で、ビジュアルアーティストたちはさまざまな表現をしてきました。

 前述したビートルズの一番有名なレコードジャケットは『アビイ・ロード』でしょう。レコード会社EMIスタジオ前にあった、英ロンドン市内の横断歩道を4人のメンバーが歩いているだけの写真です。僕も、ロンドン在住時代に偶然通ったことがありますが、なんの変哲もない小さな横断歩道です。しかし、これほど有名なジャケット写真はありませんし、今もなお、ビートルズファンだけでなく多くの観光客が、この横断歩道上で記念写真を撮っています。もし、この写真が小さなCDのケースだったとしたら、印象は弱かったでしょう。また、インターネットを通じたストリーミングでは、そもそもジャケットがありません。

 このジャケット誕生には裏話があります。エンジニアのジェフ・エメリックが出した当初の案は、アルバム名を『エベレスト』にして、エベレストの麓まで行ってジャケット写真を撮ろうというものでした。しかし、この提案にポール・マッカートニーが大反対。「ジャケット写真だけのためにヒマラヤに行くのはごめんだ。目の前にあるアビイロードの横断歩道で撮って、アルバム名もアビイロードにすればいいじゃないか!」と言ったことで、20世紀を代表するレコードジャケット写真になったそうです。

「そんな簡単な話なのか」と思いますが、実はエメリックが『エベレスト』にしようと提案した理由も、その時に彼が吸っていたタバコの銘柄が「エベレスト」だったからだそうで、どちらもどちらです。

 さらにもうひとつ、レコードには魅力があります。それは、あれだけ悩まされた雑音です。古き日を思い出しながら、モノラル録音時代のドイツの大指揮者フルトヴェングラーや、ジャズのアームストロングの音楽を、雑音が入った古い録音で聴くのは、ハイレゾの最新の録音で聴くのとは、まったく違う魅力があります。

 とはいえ、どれほどの技術をもってしても、どうしても、ライブコンサートには及ばないものがあります。それは、生の倍音だけでなく、目の前で演奏している臨場感や、ホールの大きなスペースに広がるサウンドなのです。
(文=篠崎靖男/指揮者)

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

 桐朋学園大学卒業。1993年ペドロッティ国際指揮者コンクール最高位。ウィーン国立音楽大学で研鑽を積み、2000年シベリウス国際指揮者コンクールで第2位を受賞し、ヘルシンキ・フィルを指揮してヨーロッパにデビュー。 2001年より2004年までロサンゼルス・フィルの副指揮者を務めた後ロンドンに本拠を移し、ロンドン・フィル、BBCフィル、フランクフルト放送響、ボーンマス響、フィンランド放送響、スウェーデン放送響、ドイツ・マグデブルク・フィル、南アフリカ共和国のKZNフィル、ヨハネスブルグ・フィル、ケープタウン・フィルなど、日本国内はもとより各国の主要オーケストラを指揮。2007年から2014年7月に勇退するまで7年半、フィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督・首席指揮者としてオーケストラの目覚しい発展を支え、2014年9月から2018年3月まで静岡響のミュージック・アドバイザーと常任指揮者を務めるなど、国内外で活躍を続けている。現在、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師(指揮専攻)として後進の指導に当たっている。エガミ・アートオフィス所属

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