「これより採決いたします」
議長がそう宣言した次の瞬間、ひとりの議員がタイミングを見計らっていたかのように、こう声を上げた。
「無記名投票を求めます!」
この動議があっさり通り、採決は賛成者に起立を求める方式から、無記名で投票用紙に賛否を記載する方式に変更され、可決のシナリオは突然崩れだした。本音は反対だが、周囲からの働きかけで賛成せざるを得ないと思っていた議員数名が、「無記名なら」と反対に回ったからだった。結果は賛成12名、反対15名。議長がこう締めくくった。
「よって議案第94号は、反対多数で否決されました」
山口県宇部市議会が“ツタヤ図書館もどき”にノーをつきつけた瞬間だった。いつもなら、議会最終日には笑顔で挨拶を欠かさない久保田后子市長も、さすがにこの日は虚ろな表情で議場をあとにしたという。
宇部市に持ち上がったまちづくり計画
ドラマ『半沢直樹』(TBS系)の最終回が30%を超える視聴率を叩き出していた9月27日夜。宇部市の市議会関係者の周辺は、翌日に控えた本会議の話題でもちきりだった。
翌日に採決が予定されていたのは、井筒屋が一昨年末に撤退した6階建てビルを4階に減築して、市の賑わい交流センターに改装する施設条例案(トキスマ賑わい交流館設置条例)。基本計画をプロデュースしたのは、レンタル大手TSUTAYAを全国展開しているカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)だ。
3月に提案事業者を公募した宇部市は、集客目標70万人としたCCCの提案がもっとも優れているとして選定。子育てプラザや、本の閲覧のみで貸し出しをしない「まちなか図書館」を併設した“ツタヤ図書館もどき”(トキスマ賑わい交流館)を設置する計画が密かに進められていたのだった。
だが、9月議会で計画内容が明らかになると、事態は一変。築43年の建物を30億円かけて改修しても、あと何年もつのか、耐震性は担保されているのか、運営費に年間2億円もかかるのは同種施設に比して高すぎるのではないのか、連携協定を締結したCCCは信用できるのか、といった疑問が委員会などで続出したのだ。
それに対して、市当局は説得力ある説明を十分になしえなかったため、一部議員が反発。一方で、なぜか執行部や地元経済界による推進派の多数派工作は、熾烈を極めた。反対派の議員には商工会議所を通じて、強烈なプレッシャーがかけられていた。
9月14日の建設産業委員会では、原案通り可決。あとは、28日の本会議での可決を残すのみとなったところで、一度は反対派が追い上げたものの、やがて失速。採決前日の27日段階で再度巻き返され、このままでは賛成16名、反対11名で可決される見込みだったという。
だが、採決の前日まで、一部議員によって「直前に無記名投票の動議を提出」するウルトラC級の“秘策”が水面下で進行。当日、「無記名なら」と、所属会派の垣根を越えて反対票を投じる議員が出た結果、冒頭のどんでん返しが起きたわけだ。宇部市のある市議会関係者は、ここまでの経緯をこう振り返る。
「もともと商工会議所が、閉店した井筒屋の建物の取得に動いていた話です。それが昨年3月の臨時総会で、リスクが高すぎるとして否決されました。結局、商工会メンバーが集めた1億3000万円を市に寄付することで、市が土地建物を取得して引き継いだ事業なんですよ。それなのに、なぜその財政負担リスクの高い事業を、宇部市には『金はいくらかかってもいい』とばかりに押し付けてくるんですかね。事業そのものには誰も反対しとらんのですよ。こんな古い建物に、こんな巨額の費用をかけてええんかちゅう話なんですよ」
事業費の4割を国の補助金で賄えるとはいえ、30億円もかけて改修した築43年の建物に、毎年2億円を超える運営費を投じて、子育て支援施設(3歳未満のみ対象)やCCCお得意のブックカフェを設置する計画。コストパフォーマンスの良い計画とは、到底言いがたい。
補助金にしても、11月末の締切を過ぎたら出なくなると市長サイドは脅していたが、実際には今後3年間、いつ申請しても給付されるので、コロナ禍の折、もう少し時間をかけて検討すべきと反対派は反論している。
採算度外視の事業が進められた裏側
では、市当局と地元商工会議所は、なぜそんな不可解な計画を強硬に推進しているのだろうか。ある関係者は、商工会議所とは別の団体の関与があったからだという。
「周南市の中心市街地活性化のモデルに着目した久保田市長が、まちづくり会社の設立を商工会議所にもちかけて2016年にできたのが、『にぎわい宇部』です。会議所51%、宇部市49%で株式を保有し、代表取締役には商工会議所の会頭が就任しています。このにぎわい宇部が、今回の事業計画に深く関与しているんです」
注目したいのは、にぎわい宇部という官民連携企業の創立当初からコンサルタントに就任しているのがアール・アイ・エー(RIA)であり、また同社顧問に就任している、まちづくりプラン研究所の牧昭一氏であることだ。
RIAは、当サイトでもたびたび報じている通り、CCCのフラッグシップである代官山蔦屋書店とその周辺一帯の開発を手掛けたことで知られる建設コンサルタント。宇部市とは昨年6月に随意契約して、トキスマの基本構想も手掛けている。牧氏は、CCCが18年に宮崎県延岡市で開業したエンクロスのプロジェクトにも参画した、まちづくり延岡の専務取締役でもある。
このCCCと昵懇な両者が18年に井筒屋撤退の話が出てきたときから、市長の肝入りでまちづくりの提案をしていたという。ある地元商店の関係者が、こんな話を暴露する。
「もともと商工会議所が、井筒屋のビルを買う予定だったときから、すでにそこにCCCがトキスマの運営で入ることになっているという話でした」
ちなみに、宇部市は今年6月、CCCと事業計画立案に関して基本協定を締結しているが、施設の運営者選定については来春実施予定で、いまだに募集にすら至っていない。
つまり、井筒屋跡のトキスマ・プロジェクトは、最初から市長とその一部の取り巻きたちによって、CCCありきで計画された事業だったわけだ。
18年3月に、商工会議所が井筒屋ビル購入を臨時総会で否決されてからは、宇部市が主体となって進められることになった。そのときからRIAとCCCにとって都合のいい計画として進められたのではないのか。そのため、「国の補助金頼み」となってしまい、宇部市にとって事業の採算性など度外視したスキームになっていたのかもしれない。
取材を進めていくと、トスキマ賑わい交流館のプロジェクトには、近隣商業施設の開発とも複雑に絡み合っており、そちらの開発では、とんでもない不正疑惑が浮かび上がってきた。
その詳細については次回、詳しく報じていきたい。
(文=日向咲嗣/ジャーナリスト)