世界の頭脳が集まるダボス会議。2021年に開催されるダボス会議のテーマが「グレート・リセット」です。これは資本主義の行き過ぎ、社会の分断、地球温暖化などあらゆる視点でみて現行の社会システムが機能不全に陥りかけている現状を鑑みて、それをどうリセットすべきなのかについて議論をするという壮大なテーマです。
新型コロナウイルスの影響でダボス会議は5月に延期され、場所もスイスのルツェルンから暖かいシンガポールへと変更が発表されました。具体的にどのような議論が行われるのかは、これから検討されていくでしょう。すべての産業に大きい影響を与えるテーマなので、ダボス会議がどこまで踏み込むのか世界の関心が高いと思われます。
さて、その期待も込めて、本来であれば今、世界はどこまでグレート・リセットが必要なのかについてこの記事でまとめてみたいと思います。
地球温暖化
まず第一のリセットの議題として、地球温暖化を挙げさせていただきます。このテーマはアメリカの新大統領がジョー・バイデン氏に確定した影響がとても大きい項目です。というのは、持続可能な社会に戻したいというのがバイデン新大統領の最大の公約だからです。
トランプ大統領がパリ協定を離脱したため、現在アメリカは温室効果ガス削減に後ろ向きな立場をとっているのですが、2021年からはその方針が180度変更されることが想定されます。
日本政府が最近、脱化石燃料を打ち出してトヨタ自動車を慌てさせたのも、このアメリカの政権交代を意識しての方針転換だと思われます。もともと欧州と中国は温室効果ガス削減に前向きなので、ダボス会議では地球温暖化阻止に向けたひとつの流れができるのは間違いないと思います。
ただここでひとつ、実は大きな論点があります。今、温室効果ガスとしては二酸化炭素の削減だけが大きく取り上げられています。しかし地球温暖化を本当に止めるのであれば、実はメタンと一酸化窒素の規制にも踏み込まなければならない。そうするかどうかが世界の利害関係者の意見が最も分かれるポイントです。
二酸化炭素の削減は工業と輸送産業の問題であり、コストがかかるけれども技術的な解決策もある問題でもあります。しかし、メタンと一酸化窒素は農業と酪農の問題であり、解決策は化学肥料の利用をやめるか、家畜の飼育をやめるという踏み込みにくいテーマが論点となってしまいます。
そのためグレート・リセットといっても、おそらく議論の中心は二酸化炭素にとどまり、結果としては2040年頃に想定される「もう立ち戻れないポイント」をリセットできずに地球全体の温暖化は進むことになるのではないかというのが現実派の観測です。いずれにしても、これが最初のアジェンダです。
富の格差
次に注目すべきアジェンダとして挙げるべきは、資本主義が生み出した富の格差をリセットできるかどうかです。
日本でも非正規労働者と正規労働者の間の生活水準格差や安定度の格差が社会問題になり始めていますが、この問題は他のグローバルな先進国でさらに深刻です。アメリカでは日本と違って経済はインフレ基調であるうえに、医療保険制度が日本のように皆保険となっていません。その結果、フルタイムで働いても生活が成り立たない世帯が増えています。
一方でビリオネアと呼ばれる成功者たちはプライベートジェットに豪華な別荘を持ち、一生かかっても使いきれない財産が保証されています。
資本主義というのは本来、そのような成功者が生まれる社会制度です。成功者への報酬が大きいのは、資本主義の成功者たちによって経済が成長し、社会全体が豊かになるからです。そして1700年代から2000年頃まで、資本主義はさまざまな欠陥を抱えながらも経済が成長するという点においては機能してきました。
しかし「ITと金融がそのメカニズムを変えてしまったのではないか?」というのが、現在指摘されている新しい資本主義の欠陥です。今、世界の新しい富の半分はIT企業の経営者たちが得ています。そのIT企業は生み出す雇用が少ないことで利益を上げやすいというこれまでの歴史になかった特徴をもっています。一方で金融機関では高給が約束されているうえに、リーマンショックのような問題が起きた際にも政府が救ってくれるという優遇がまかりとおっています。
雇用に関しては、もちろんアマゾン・ドット・コムのように大量の雇用を生み出しているIT企業もありますが、その場合はITの力で「給与の高くない雇用ばかりを生んでいる」という別の批判が浮上します。
繊維産業も自動車産業も化学産業も製鉄業も、これまで資本主義が生んできた巨大産業はすべて、大量のフルタイムの雇用を生んできました。そして、そのフルタイムの雇用にありついた労働者はそれなりに豊かな生活を維持できた。この前提が2000年代以降は機能しなくなってきたことが深刻な問題です。ここをどうリセットするかが、ダボス会議の2つめの見どころです。
ここは実は経済学的には良い解決策がない領域です。シンプルに考えると最低賃金を上げるというのが正解に思えますが、それは経済学者の多くが「やるべきではない」と考える政策です。別の言い方をすれば、資本主義的にはそれをやるべきではない、しかし共産主義ならそれはありだという政策ですから、そこに踏み出すとしたら、まさに資本主義をリセットするという話なのです。
民主主義
さて、3番目の論点として問題提起すべきは、民主主義のリセットです。アメリカ合衆国の大統領選挙では最後の最後までドナルド・トランプ大統領が「選挙に不正があった」と主張して選挙結果に抵抗しました。アメリカのマスメディアの論調は、そのトランプ大統領の姿勢を批判していましたが、実は多くのアメリカ人がアメリカの選挙制度が機能していないことを指摘しています。
最大の問題は有権者の声が政治家に届かないことです。なぜならアメリカの議員たちはロビイストからの献金で選挙戦を戦っているために、特定産業からの働きかけを断ることができないのです。
ですから有権者がNOを訴えている政策のほとんどが、大企業の意向どおりに決まってしまいます。民衆の代表である議員が選挙に勝つためには献金が必要で、献金を受けると有権者が望む政策を支持できないというのは、パラドックスであると同時に民主主義の欠陥に他なりません。
そして、この3番目の問題は、アメリカだけではなく日本を含めた世界中の民主主義国家が多かれ少なかれ直面している問題でもあります。民主主義に問題があるとわかっていても、それをより良い方向に変えられた国はまだどこにもない。お手本がないうえに、大企業や特定産業などの利害関係者にとってはリセットせずにこのままのほうがいいという問題でもあります。
こうして並べてみると、グレート・リセットは簡単にはリセットできない問題ばかりを扱うテーマだということがわかります。逆に言えば、世界最高の権力の座についた人間や、世界の富のかなりの部分を動かせるところまできた富豪だからこそ、そこから多少マイナスな状況になったとしても、世界がそれで良くなるのであれば受け入れられるというテーマなのでしょう。
そう考えると世界のあらゆる機関の中でグレート・リセットを議論できる唯一の組織がダボス会議だということこそ、真実なのかもしれません。