アパレル業界「売上2兆円」蒸発、地獄と光明…容赦なき人員削減・店舗閉鎖・改革の舞台裏
一昨年の消費増税、暖冬に続き、昨年は誰も予想だにしなかった新型コロナウイルス感染拡大がアパレル業界を直撃した。都心商業施設、百貨店などが休業で売上激減を強いられ、東証一部上場の日本を代表する名門アパレル企業レナウンが5月に民事再生法適用を申請し、11月には破産に至った。
「国内アパレル企業約2万社の半分が消える」との憶測まで流れたが、昨年の年商50億円以上のアパレル関連企業の大型倒産は、レナウン(東京)、英国の雑貨ブランドのキャスキッドソンジャパン(同)、直営107店舗などを展開していたシティーヒル(大阪)の3件にとどまり、倒産件数も2019年より減少したという(信用交換所の発表による)。政府によるコロナ禍対策の緊急融資やセーフティネットで辛うじて耐えているのが現状である。
昨年の総括から、2021年のアパレル業界を展望してみたい。
2020年の総括
2020年は、コロナ禍が雇用環境に大きな変化を生んだ。リモートワークの普及が、従来の人事評価、終身雇用、年功序列、新卒一斉採用などの日本的慣習を破壊した。東京商工リサーチによると、昨年は前年比2.5倍の91社の上場企業で希望退職者の募集が行われた。募集人数は1万8000人強で、業種別で最多だったのはアパレル・繊維で18社である。アパレル大手のTSIホールディングスは約300人、紳士服最大手の青山商事も初めての400人の希望退職者募集を発表した。
繊研新聞社の推定では、昨年の国内アパレル小売市場の売上は対前年比20~30%減とみられ、前年度の国内アパレル市場規模が約9兆6500億円としての、2~3兆円近い売上が蒸発したと予想される。
数カ月におよぶ臨時休業、商品の納期遅れ、新たな店舗運営方法、ECとの統合など、多くの課題に直面しながら混乱時期を過ごした。しかし、コロナ禍を契機に業界内部の問題が一気にあぶりだされたと認識すべきである。
メディアでは、アパレル業界は衰退する巨大産業のように扱われているが、業界は変革期を迎え確実に新時代に向けた構造変革が進んでいる。
たとえば、今年で5期連続の最終赤字となる三陽商会では、三井物産出身で「ザ・ノース・フェイス」の再建実績をもつ大江伸治氏が昨年に新社長に就任し、創業家の役員が去り、大江社長・中山雅之副社長(社長から降格)・加藤郁郎常務執行役員のスリートップ体制となった。
人数を定めない早期退職者募集と約160店舗の閉鎖を行い、銀座の自社ビルだけでなく2カ所の社員厚生施設などの不動産資産を売却して特別利益を確保。また、主要ブランドのクリエイティブディレクターにアレキサンダー・マックイーン等での経験を持ち自身の「エズミ」ブランドも展開する若手注目デザイナーの江角泰俊氏を起用。21年春夏レディスからのスタートが決定している。
業界では、各社が不採算事業のスクラップアンドビルドを大胆に進めている。アダストリアは14年7月から展開していた韓国事業を清算した。7月には渋谷109で14年間売上トップを誇ったセシルマクビーが全43店舖閉鎖を発表。オンワードホールディングスは、約700店の店舗閉鎖に続き、イタリアの連結子会社でラグジュアリーブランド製造・販売のオンワードラグジュアリーグループS.p.A.の全株式をイタリアの投資会社に譲渡した(12月)。
TSIホールディングスは、今期210店舗の閉鎖に続き、23年3月に1社統合を目指すグループの再編を決めた。100%子会社のスピックインターナショナルの全株式をシーズメンに売却した。ワールドも今期358店舗の閉鎖を発表している。
昨年はコロナ禍がトリガーとなりアパレル業界の構造変革が急激に進んだ。業界全体の最適化に向けた苦しみの時期と理解したい。
21年から顕著になる構造変革と業務領域
コロナ禍が突き付けた多くの問題は、アパレル業界に危機感を強く自覚させた。消費者がアパレルに求める価値が大きく変化しているのは事実であり、低価格は当然となりつつある。人口減と単価の低下となれば、市場がシュリンクするのは避けられない。既存企業も淘汰、統合が進む。
そこで主要店の現場の売上や現状を検証してみたい。昨年11月、中旬以降の気温が下がらず苦戦したが、消費者の購買行動が大きく変わり、都心での購入が、郊外店、自宅近くの店舗やネットでの購入へと変わった。都心立地の多くの店舗の客数が対前年同月比2桁減となるなか、郊外立地をしっかり固めているユニクロは同0.8%増、しまむらは同11.4%増、西松屋チェーンは同8.2%増となった。注目のワークマンは昨年、全月で前年同月増を記録している。現在の店舗数の倍以上の2000店舗という目標も発表した。
アパレル産業が衰退産業ではないと思える萌芽もいくつか見えている。需要がなくなったのではなく、変化しているのである。都心のセレクトショップには、海外への転売目的の購入者が多くいる。インバウンド需要が消えても海外から日本への憧れ需要は消えていない。
新しいテクノロジーやSNSを利用したメーカー直販業態でも、メンズスーツのセミオーダーである「カシヤマ」「ファブリックトウキョウ」などが急成長を遂げている。近い将来には多くの個性的なブランドが生れて、新しい流通形態として成長するのは間違いない。
セレクトショップのビームスはBtoBのプロデュース事業を強化している。こうした事業は、社内に企画機能を持つアパレル企業であれば、社内のノウハウが他業種に活かせてリスクも少なく、収益拡大を見込める。アパレル独特の美的センス、VMD手法、集客などのネットワークを活かせる親和性のある業種は非常に多い。「ファッション感性の付加価値」を活かすシーンは、まだまだ広がるであろう。
まとめ
暗いニュースばかりが大きく取り上げられるが、現在は業界構造の変革期だと意識すれば、大きな変化もポジティブに受け止められる。売却した本社ビルや厚生施設などは、業績が回復すれば購入可能である。アパレル業界だけでなく社会全体のパラダイムシフトが、全世界レベルで急速に進んでいる。目の前の出来事に一喜一憂するのではなく、マクロとミクロの複数の視点から、自社の立ち位置、事業目的を再定義し、最適化を具体的に考えてみるべきであろう。
常に新鮮な「価値」を提案し続け、時代の先端を走って来たアパレル業界は、自らの原点に再度、立ち返るべきである。その先には、まだ見たことのない新しい「価値」を生む業界の未来が待っている。
(文=たかぎこういち/タカギ&アソシエイツ代表、東京モード学園講師)