V6「WAになっておどろう」は長野五輪で歌われてない?東京五輪“公式ソング”を考えるの画像7
1997年7月9日にリリースされエイベックスより発売されたV6の7th Single「WAになっておどろう」。「長野五輪のテーマ曲」というイメージが強いが、実はNHK「みんなのうた」のカバー曲であり、作詞・作曲長万部太郎は角松敏生の変名であることはあまり知られていない……。

 もし、東京オリンピックが2021年に開催されるとすれば、各テレビ局はそれに対応した準備を具体的に進めているはずだが、今のところ、諸々の最終発表はされないままだ。それは、五輪関連の楽曲についてもしかりである。

 嵐にスペシャルナビゲーターとテーマ曲を任せることになっていたNHKは大きく予定が狂った。

「NHK2020ソング」として米津玄師が手掛けた楽曲「カイト」をそのまま使うのか? 嵐に代わるナビゲーターを誰が務めるのか? 詳細は未発表である。「〈NHK〉2020応援ソング」として、同じく米津プロデュースによるFoorinの「パプリカ」もあるが、こちらを「カイト」と併用するのか? そのあたりも不明確だ。

 また民放は、「東京オリンピック民放共同企画『一緒にやろう2020』応援ソング」として、桑田佳祐の「SMILE~晴れ渡る空のように~」という曲を用意しているが、同曲のみが使われるのか、局ごとに別途ほかの曲を流すのかもはっきりしていない。

 そして何より、大会そのものの公式イメージソングもいまだ発表がない。本来、自国開催五輪ともなれば、イメージソングは国民に広く視聴され、感動的なシーンとオーバーラップされることで人々の記憶にも強く残るものとなることは間違いない。となればアーティストにとっては、これほどオイシいタイアップはないはずである。

 本稿ではこうした観点から、「日本で開催されたもっとも新しいオリンピック」……つまり1998年の長野冬季五輪の際には、誰がどんな関連ソングを歌っていたか……をテーマとしたい。本稿を読めば、今も活躍中の多くのアーティストがそこにかかわっていたことがおわかりいただけると思う。

安室奈美恵は産休中…公式イメージ曲を歌った杏里が受けた屈辱

 その前提として、長野冬季五輪が開催された1998年2月時点のJ-POPシーンについて簡単に触れておこう。まず、前年のCD総売り上げランキングは以下の通りだ(オリコン調べ)。

1.GLAY
2. globe
3.Mr.Children
4.安室奈美恵
5.B’z
6.SPEED
7.THE YELLOW MONKEY
8.Every Little Thing
9.ZARD
10.JUDY AND MARY

 1990年代半ばに一世を風靡した小室哲哉の勢いは少し衰え、TRFのSAMと結婚した安室奈美恵は同年1月から産休期間に。モーニング娘。はすでに結成されているが、宇多田ヒカル、浜崎あゆみはデビュー前夜。ジャニーズ事務所からデビューした最新グループはKinKi Kidsで、嵐はまだ世に出ていない(嵐の結成は1999年9月)。

 そんな時代に、もっとも“公式ソング”感の強い「1998年長野オリンピック冬季競技大会公式イメージソング」を歌ったのは、GLAY、globe、ミスチル、安室、B’zや、ウインターソングの第一人者・松任谷由実ではなく、なぜか杏里で、曲名を「SHARE 瞳の中のヒーロー」といった。

 杏里は1980年代に複数のヒット曲を出し、1990年代初頭にはアルバムがミリオンセールスを記録するなどの実績を誇り、十分な実力を有していたが、1998年の時点では“時代を象徴するアーティスト”というわけでもなかった。実は、その不思議なキャスティングには、“4年のタイムラグ”が背景にあった。

 同曲はGLAYや安室奈美恵のブレイク前、globeがデビュー前の1994年の時点で早々と、「公式ソング」としてリリースされていたのだ。このときは、オリコン週間チャート47位で終わっている。その後もこの曲はあまり人々に親しまれることはなく、五輪開催に合わせて1998年1月に再録音バージョンもリリースされたが、相乗効果でのヒットにもつながらなかった。杏里は閉会式に登場したが、なぜか「SHARE 瞳の中のヒーロー」ではなく、文部省唱歌「故郷」を歌唱するという微妙な扱いを受けたのであった。

V6「WAになっておどろう」は長野五輪で歌われてない?東京五輪“公式ソング”を考えるの画像1
1994年に発売された、杏里のシングル「SHARE 瞳の中のヒーロー」のジャケット(フォーライフ ミュージックエンタテイメント)。1998年長野冬季五輪の“公式”イメージソングなのだが……。
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