2020年東京五輪・パラリンピックの“暑さ対策”として、サマータイム導入の検討が本格的に始まった。東京五輪組織委員会の森喜朗会長が先月27日に首相官邸を訪れ、安倍晋三首相にサマータイムの導入を要請したのだ。これを受け政府・与党が検討した結果、国民生活に直結するため、政府提出法案としてではなく、超党派の議員立法として秋の臨時国会での成立を目指し、お盆休み明けにも制度設計に入るという。
こうした動きに、早くも各方面から反対の声が上がっている。日本が占領軍の施政下にあった1948~1951年まで、電力不足の深刻化に対処する目的で、連合国総司令部(GHQ)の指示で導入されたが、残業時間の増加などに労働界が反発、定着しないまま廃止された。その後も何度かサマータイム導入の動きはあったが、実現に至らずにすんだ。
今回はどうなるのか。計画では6~8月の3カ月間、時間を2時間繰り上げるというのだ。来年夏には試験実施をするという。サマータイム実施国の多くは1時間もしくは30分というのが一般的だが、日本はいきなり2時間も時計の針を進めるという。どんな影響があるのか。早稲田大学スポーツ科学学術院の西多昌規准教授に話を聞いた。
「最大のデメリットは睡眠と生体リズムに与える影響です。サマータイムで2時間時計の針を進めると、人々の生活はその分、朝早く起きることになります。仕事が午後3時に終わるので、まだ明るい余暇を有意義に使えるといいますが、明るい時間帯に仕事が終わってもやることがなければ、結果的にだらだらと仕事をしてしまうことになりかねない。日本人は夜型が多いので、睡眠不足で多大な健康被害を被るリスクが高くなります。
今回は2時間ということですが、1時間でも相当影響が出ることがわかっています。アメリカは1時間ですが、サマータイムに移行するとき、1週間くらい睡眠不足の状態が続きます。私もアメリカの大学に留学中に体験しましたが、やっぱり面倒でしたね。体内時計の調整ができない期間が長く続きました。そもそも、時計を全部変えなければいけないので手間がかかる。テレビ、電話、車の時計の時刻もすべてですからね」
アスリートにも大きな影響
そんな面倒なサマータイムを、なぜ導入しようというのだろうか。
「アメリカでやっているからでしょう。世界70カ国でもやっているので、なんとなくよさそうだというのがひとつ。主に高齢者の『若い人はもっと努力を』『勤労は美徳』的な哲学も影響大だと思います。年寄りは早起きなので、早起きはいいことだと思っている。若者に決定権があるなら、むしろ逆に時計の針を戻すと提案するはずです。2時間戻せば深夜零時が午後10時になるので、まだまだ起きていられますからね」(西多氏)
では、サマータイムは東京五輪でアスリートに影響を与える可能性はないのか。
「サマータイムとアスリートのパフォーマンスに関する研究を調べてみましたが、まったく論文がありません。日本ではリスクがあまりに大きい、未知の世界ですね。深部体温が一番上がるのが夕方なので、夕方の競技で世界記録が更新されることが多いのです。逆に朝はまだ目が覚めていませんから、アスリート的にはよくない。でも、37℃のなかを走れと言われても困りますけどね。また、サマータイムだと夕方の時間が増えるので、午後の競技をまだ気温が高いうちにやることになります。ぜんぶ午前中に競技を終わらせるならともかく、午後の競技をどうするつもりなんでしょうか」(同)
海外では自殺者増加
時計の針を2時間進めるだけというが、確かに腕時計なら簡単な話だ。しかし、ありとあらゆるシステムの時間を進めるのは膨大なコストと手間がかかる。通勤通学の足となる交通機関も、サマータイムが導入されれば朝早く電車を動かさねばならない。では終電を夜10時にできるかといえば、それも困難で、結果的に交通機関に勤務する従業員は長時間労働を余儀なくされるかもしれない。西多氏はこう続ける。
「諸外国では夏時間に移行すると午後の交通事故が増えます。生体リズムの失調による自殺者も増加します。私だけじゃなく、日本睡眠学会も全員が反対しているんです。睡眠に対するまともな知識があれば、サマータイムなんてまずやろうと思うはずがない。本来の目的である省エネも、日中のエアコン稼働が増えるので疑問です。暑い日中の五輪・パラリンピックは、選手はもちろん観客やスタッフ、ボランティアの体調管理のほうが懸念されます。
東京五輪でアスリートの記録を出すためといいますが、夏の東京でやる時点で記録はもう諦めてくれと言っているようなものです。体内時計だけ考えれば、朝早い競技ほどアスリートにとっては不利です。サマータイムの導入は日本の場合は百害あって一利なし。日本で猛暑日の午後3時に終業時間を迎えても、人々はどうするんですか。外は暑いから会社の中で仕事でもしてよう、となりかねません」
サマータイム導入が見送りになることを、祈るばかりである。
(文=編集部)