米Microsoft(MS)が、世界的チャットサービス「Discord」(米Discord社)を買収する――。そんなニュースに対し、ユーザーから不安の声が上がっている。
月間アクティブユーザー数1億4000万人のチャットツール
Discordは2015年、オンラインゲームのプレイ動画解説などに活用できるコミュニケーションツールとして誕生した。特定のテーマのチャンネルを設定して、テキストでチャットができるほか、音声チャットやグループでのビデオ通話も可能だ。また、MSやLINE、Facebook、GoogleなどのグローバルIT企業の傘下になく、アカウント情報が複数のサービスに流用される心配がない独立系ツールである点や、ユーザーからの要望に対するレスポンスの速さ、需要の高い新機能の実装などで高く評価されていた。
当初はゲーマー界隈のコミュニケーションツールだったが、新型コロナウイルス感染症の世界的な拡大に伴い、学術関係者の討論会やダンスサークルでの利用、読者会など幅広い趣味のグループで活用されている。同社がデウアウェア州政府に提出した資料によると、2020年には月間アクティブユーザー数は1億4000万人に達したという。
そんなDiscordに関し、Bloombergは23日、記事『マイクロソフトがディスコード買収で交渉、100億ドル強-関係者』で次のように報じた。
「米マイクロソフトは、ビデオゲーム・チャットコミュニティーを運営するディスコードの100億ドル(約1兆880億円)余りでの買収を目指し、同社と交渉している。事情に詳しい複数の関係者が明らかにした。
非公開情報を理由に関係者が匿名を条件に語ったところでは、ディスコードは複数の潜在的な買い手と接触しており、マイクロソフトも名乗りを上げているが、差し迫って合意が成立する見通しはないという。ディスコードは身売りよりも株式を公開する可能性の方が高いと関係者の1人は述べた」(原文ママ)
MSによる買収案件といえば、スカイプ・テクノロジー社のコミュニケーションツール「Skype」が有名だ。上記のニュースが流れた23日、Twitter上では一時、「Discord」がトレンド入りし、「スカイプの悪夢再び、Microsoftが買うまでは優秀だったSkype Discord買収で今より使い勝手が改悪される未来しか見えない」「我々はSkypeが使いづらくなってDiscordに移ったんだがな」などと不安の声が上がった。
MSは「TikTok(ティックトック)」(北京字節跳動科技)の米国事業部門の買収を企図するなど、ネット上のユーザーコミュニティーに対する関心を高めている。過去、MSが独立系ツールやサービスを買収した案件は枚挙にいとまがないが、その結果はどうだったのか。また、今回の買収交渉をどのように見ればいいのか。ITジャーナリストの三上洋氏に見解を聞いた。
三上氏の見解
かつてはMSの買収イコール“サービスの死”とまで言われていました。Skypeにしても、ノキアの携帯電話事業にしてもMSのアイコンが付くことで、サービスの悪化を招きました。買収によってサービスの先進性が失われてしまったことは事実だと思います。
今はZoom全盛の時代ですが、本来であればSkypeがこの時代のデファクトスタンダードになるべきものでした。そうしたことを踏まえると、MSの買収というのは失敗の歴史でした。
ただし、それはCEOを続けたスティーブ・バルマー氏の時代(2000~14年)の話です。サティア・ナデラ氏が14年にCEOに就任してから、その流れは変わりました。バルマー氏がシェアを取るための買収、もしくはMSに欠けている部分を補い、組み込むためのM&Aをやってきたのに対して、ナデラ氏はコミュニケーションサービスに特化した買収をしています。
うまくいった例としては16年12月に買収したLinkedInがあります。就職活動に必須のビジネス系SNS であるLinkedInは、今でも英語圏ではデファクトスタンダードです。MSが買収した当初は不安視する声も聞かれていましたが、今もちゃんと動いていますし、特に問題も発生していません。サービス上のライバルも出てきていません。
また18年にはソフトウェア開発プラットフォームのGitHubの買収もうまくいったといえると思います。プログラマーの世界にとって一番重要なGitHub を買収するという、ナデラ氏のスタンスが色濃くわかる一件でした。GitHubのサービスに関し、MSはノータッチで買収前と同じコミュニティーや運営方針がそのまま続けられています。また少し毛色も異なりますが、Minecraftも14年にMSが買収しましたが、サービス内容に下手な手を出しませんでした。MSアカウントが必要ではありますが、今もちゃんと動いています。
いずれもMSがサービス内容や運営に過剰に口出ししなかったことが奏功しました。一連の買収でMSの企業価値は大きく上昇しています。かつての“MSの買収は死”は昔のことになりつつあるのだと思います。
Discordを買収しMSが「どう黒字にするのか」かが最大の懸念
今回のDiscordの買収で、MSがどこまで手を出すかはわかりません。しかし、これまでのナデラ氏の買収のやり方を考えると、現状の運営方針を続け、MS色を出さない形式になるのではないかと推測され、うまくいくのではないかと思います。
ただDiscordは一般のSNSと違い、難しい部分があります。Discordは、“それぞれのユーザー、グループごとに独立したサーバーが立っている”というのが基本的なイメージです。大きなパイをいきなりがつんと取るというものではありません。
機能面でいえば、オンライン会議をやるにはDiscordが一番便利です。ラグも少ないし、画質も高く、細かい設定もできます。例えば私はVTuber配信の裏方もやっているのですが、Discordを重宝しています。コラボ案件をする際、各VTuberからブルーバックの映像をもらってきて、それを合成して流すという煩雑な作業はDiscordなしではとてもできません。
Twitterはもちろんライブ配信アプリのOBS Studioなど、様々なアプリケーションとの連携できます。音声共有型SNS のClubhouseがブームになりましたが、Discordにはすでに同様の機能があります。コミュニケーションサービスとして機能的に一番優れていると思います。
Discordの最大の課題はまだ利益が出ていないことでしょう。広告を出さないなど、現状の運営スタイルでは今すぐの黒字化は難しいと思います。ここで懸念されるのは、もしMSがDiscordを買収し収益が上がらない場合、MSが運営に手を出す可能性があるということだと思います。もし、そこで下手を打つと昔の二の舞になってしまう可能性もあるとは思います。
(文・構成=編集部、協力=三上洋/ITジャーナリスト)