
記事のなかで開会式の演出の企画案の一部を伝えた「週刊文春」(文藝春秋)に対し、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会(橋本聖子会長)が、「営業秘密を意図的に拡散し、業務を妨害した」「著作権法に基づく複製権を侵害している」などとして抗議し、雑誌の回収とネット上の記事削除を要求していた問題。組織委は、「極めて遺憾」として法的措置を辞さない強硬な姿勢を見せている。
「週刊文春を回収せよ」との五輪組織委員会の主張は、報道の自由を侵害してはいまいか
この記事は、3月31日の文春オンラインと4月1日発売の同誌で、五輪開会式の問題を報じる特集第3弾として掲載された。記事の主たる内容は、開会式の執行責任者だった演出振付家のMIKIKO氏に対し、森喜朗・組織委前会長や菅義偉・前官房長官(現首相)、小池百合子都知事などの政治家から、ひいきの著名人や支援者などの出演を求める“口利き”圧力があった、という問題だ。そんななか、MIKIKO氏は圧力に屈せず、独自に魅力的なプランを練り上げた、という。その流れで、プランの一部を文章で紹介した。小さな写真も添えられた。MIKIKO氏が排除されてから、後任者によって“口利き”が取り入れられていった経緯も伝えた。
組織委は同月2日に抗議し、同誌の回収などを求めた。これに対し同誌は、即座に編集長見解を発表し、記事には「高い公共性、公益性」があると主張。「不当な要求に応じることはできません」と反論し、要求を拒否した。
すると組織委の橋本会長は「報道の自由を制限するものではない。業務妨害に当たる」と再反論。さらに9日の記者会見で組織委の広報担当が、情報漏えいの内部調査が終わり次第、その結果を踏まえて検討する、と明らかにした。文春の著作権法違反のほかに、漏えいさせた者は不正競争防止法違反などが成立するとして、すでに警察にも相談していることを明かした、と報じられている。
そもそも組織委がすべきは、情報流出の犯人探しや週刊文春への攻撃ではなく、明らかにされた組織の運営について、自らを省みて、是正することだろう。
では、法的にはこの問題をどう見ればよいのか。知的財産法が専門の玉井克哉・東京大教授に解説してもらった。
「開会式のプランの著作権は、確かに組織委にある。しかし、民主主義国家にとって報道は重要ですから、著作権法41条『時事の事件の報道のための利用』の場合は、著作権侵害にならない、と定めています。ほとんどの著作権法の学者は、今回のケースは著作権法違反に当たらないと答えるでしょう」
組織委はさらに、開会式のプランは「営業秘密」であるとして、それを暴露したことは不正競争防止法に当たる、とも主張している。しかし玉井教授は、以下のように説明する。
「組織委の競争相手になる組織がこの秘密を漏らしたのであれば、不正競争防止法違反に当たるかもしれませんが、組織委には競争相手はいません。それに、この法律は著作権法のように報道に配慮する規定はありませんが、法違反を問うには『図利加害』の目的が必要です。つまり、自分や第三者の利益を得ようと図ったり、他人に損害を与えようとする目的があるか、ということ。これは、公益のための内部告発を妨げないように設けられた規定です。公益のための告発は、『図利加害』目的がないので法違反には問われない。報道は公正な民主主義社会のためにあり、その報道のために秘密を明らかにする場合も同様です。『図利加害』目的の規定は、自由な報道を妨げないためでもあるんです。これは法律ができる時の記録を見れば明らかです」
そのうえで、こう結論づける。
「組織委の主張には根拠がない、と考えられます」
報道の自由といえば、憲法である。志田陽子・武蔵野美術大教授(憲法)にも話を聞いた。志田教授も、次のように組織委の対応を批判する。
「オリンピックのあり方は、まさに公共の関心事。議論を喚起し、人々の疑問に答える報道は、極めて公共性が高く、表現の自由が最も強く働くべき。にもかかわらず、その報道を塞いでしまおうというやり方がとられているのは、大きな問題です。一定の条件をつけて利用を認め、権利者を保護しようという知的財産法を、表現を圧迫・恫喝する道具に使おうという、新たな手法にも注意が必要です」
東京五輪を巡っては、このほかにも表現の自由とのかねあいで、気がかりな事例が相次いでいる。