ネット投票、25年の参院選から導入、立憲民主が法案提出…24時間、投票可能で投票率上昇
16日閉会した先の通常国会で、立憲民主党などによりインターネット投票の導入の推進に関する法律案が提出された。2025年の参院選での国政への導入を目指す。インターネット投票は手軽に投票できるため、投票率が上がるなどのメリットがあるが、なりすましなどセキュリティの課題も指摘される。法案の筆頭提出者となった同党の中谷一馬衆議院議員にポイントを聞いた。
――インターネット投票法案が提出されました。
18年5月に旧立憲民主党で検討チームを立ち上げてから苦節3年、約30回の会議を経て、2021年6月11日に法案を提出することができました。この法案が日本のインターネット投票実現に向けた第一歩となりますが、野党案の提出を受けて、政府与党の動きも活発化することを期待しています。もちろん、私たちが政権を担うことができたならば必ずや実現したいと思っております。
――具体的にはどのようなことが可能になるのでしょうか?
選挙の期日の公示または告示がなされた日の翌日から、期日前日までの間、原則として時間を気にせずに、インターネットに接続可能な場所であれば、パソコン、スマートフォンなど広く普及している通信端末を利用して、有権者がどこにいても投票できるようになります。実際の投票日前日までやり直しが何度でもできるほか、当日の紙の投票が最終的に優先される制度に設計しました。
――狙いは?
年齢や身体的な条件、離島や山間部など地理的な制約などの要因に左右されることなく投票の自由度を広げることです。高齢者や若者の投票のハードルを下げ、投票率を高めることにより政治参加の間口を明けることができると考えています。
今回の新型コロナウイルス禍のような事態になったときに投票の利便性や安全性を高めておくことも狙いです。郵便投票だと、手が触れた紙を投開票によってやりとりすることになるため、感染リスクがあります。悪天候など外的な要因に影響されず投票が可能なのもメリットです。デジタル化による投開票事務の効率化が実現できるため、これまでのように役所の職員などを大量動員して深夜まで開票作業に追われる現状を改善することができます。
――制度変更で高齢者や情報リテラシーが低い人が取り残されることにならないでしょうか?
紙をやめるということはありません。紙での投票は、システム障害時などの際のバックアップにもなりますので、切符と交通系ICカードのように共に並存させることで、デジタルが苦手な方には既存の制度を活用していただきながら、緩やかにインターネット投票を普及させていきたいと考えています。
問い合わせへの対応については、インターネット投票システムへの問合せに対応可能なコールセンターや典型的な問合せ類型などは自動音声やAIシステムなどを導入することで、24時間対応可能にすることとします。でき得る限り、無駄な作業をを減らし、公務員の事務負担を軽減ことを前提としたいと考えています。
――なぜ25年の参院選という国政選挙から導入しようと?
我が国の電子投票制度は、国政選挙へ導入がなされなかったことが普及の進まなかった一因です。また参議院選挙には解散はありませんから、目標となる時期の逆算が行いやすく、制度的にも設計しやすいと考えました。まず国と地方で協力しながら進めていくイメージですが、実証実験や検証など実施には段階が必要だと考えています。例えば、25年より前の選挙で海外に住んでいる方やコロナ患者の方など限定して段階的に実施する可能性はあります。
――本人確認の認証方法は?
個人を識別するマイナンバーなどのIDとパスワードの組み合わせなどを想定しています。「個人が所持しているもの」と「個人だけが知り得る情報」の「2つの掛け合わせ」で認証をすることが基本です。この「個人が所持しているもの」にはマイナンバーカードや、マイナンバーカードの機能を搭載したスマホも含まれます。
郵送と併用した仕組みなら、例えば、システムにアクセスして住所・氏名・生年月日などの確認が完了している端末からのみ投票できるようにし、郵便で届いたパスフレーズと自分しか知らない予め届出をしているパスワードを入力するという仕組みも考えられます。
――インターネット投票は投票所に行かずに投票をすることができるため、「なりすまし投票(詐偽投票)」が容易になる可能性があります。なりすまし投票を防止するための本人確認の確実な実施等について、具体的にどのような方策を検討してらっしゃいますか?
デジタル署名やそれに相当する認証方法を用います。インターネット投票が導入されてる他国でもデジタル署名が破られたという事例は現在までありません。大事なのは、デジタル署名された記録が不正に抹消されたり、捏造されたりしていないことの証明であり、ブロックチェーン技術により公平性、透明性の担保をできると考えています。
罰則については、現在も詐偽投票は公職選挙法違反として2年以下の禁錮または30万円以下の罰金が科せられます。詐偽投票を依頼するなど違反行為を強要、ほう助した人も厳罰が下るほか、投票干渉も1年以下の禁錮又は30万円以下の罰金です。立法事実が積み重なるようなら、さらに罰則を強化することも検討できると思いますし、映画の冒頭に放映される「NO MORE 映画泥棒」のCMのように、それが明確な犯罪であるということを投票前の画面で啓発し、抑止することも一案として考えられます。
――インターネット投票では投票者と投票内容が紐づけされた状況で第三者へ流出することが懸念されるが、「投票の秘密」の確保を実現するために、投票データの管理方法はどのように考えていらっしゃいますか?
本人以外は誰に投票したか、わからないシステムで設計することが重要だと思っています。例えば、誰が投票を行える人、行った人であるのかという選挙人管理データと、誰に投票したのかという投票データ管理のシステムを切り分け、両方のデータを暗号化し、各政党から選ばれた立会人や選挙管理委員などで複数に暗号鍵を分散管理し、それが全体で一致しなければ暗号鍵を開けることができないようにするなど、技術と制度で投票の秘密を確保します。また、誰が誰に投票したかという情報を確認することを禁止する条項を定め、政府や各地方自治体が投票の秘密を守らなければならない制度とします。
――マルウェアなどをシステムに仕込まれた際の対応は?
技術は日進月歩なので、あらゆる仕組みにおいて100%のセキュリティはどのシステムでもできませんが、しっかりとしたコストをかけて対策し、常にチェックを繰り返していきます。また、データの分散管理によるバックアップや、不正ログの検証を行うことにより、適正に管理する体制を整えます。
――どのくらいのコスト削減効果が見込めますか?
民主主義の根幹である選挙にかかる費用を削減することを主目的とするものではありませんが、エストニアでは、インターネット投票を行う人の比率が4割となり、経費は6割減ったといわれています。2018年にタリン工科大学の4人の研究者によって発表された論文では、2017年の地方選挙における投票方法ごとの1票あたりコストが計算されています。 彼らの計算によると1票あたりのコストは、
インターネット投票(遠隔電子投票):2.32ユーロ(約306円)
比較的国の中心部近い投票所(カウンティーセンター)における投票日の投票:4.61ユーロ(約608円)
比較的国の中心部近い投票所(カウンティーセンター)における事前投票:6.24ユーロ(約823円)
国の一般的な投票所(田舎及び都会の合計平均)における投票日の投票:4.37ユーロ(約576円)
比較的国の中心部から距離のある地方の投票所における事前投票:20.41ユーロ(約2694円)
(※2021年6月28日時点 1ユーロ=約132円で計算)となっています。
日本での紙を活用した現行の投票制度では、2019年の参議院選挙における執行経費が570億9600万円、2017年の衆議院選挙における執行経費が619億7158万5000円となっており、最高裁判所裁判官の国民審査に要する経費及び臨時啓発費を加えた総額が1202億7970万7000円。仮に、5割の経費を削減できたとしたら、衆参合わせた国政選挙一回あたりの総額で約600億円程度削減することができます。
想定では、インターネット投票のシステム構築を行うにあたっては、30~50億円程度、選挙人名簿管理システムの標準化・改修費などで30~50億円、システム維持費は年間およそ10億円 、セキュリティ対策費はおよそ5~10億円の費用がかかると推計しています。
インターネット投票の利用者が増え、投票所の利用者が減るにつれ、人件費や事務費用を節減することができますので、より人員が必要な箇所にリソースを配分することが可能になると考えています。
――外国の事例について。すべての選挙でインターネット投票を導入しているのは、エストニアだけとされています。韓国、台湾、アメリカなどで、インターネット投票の導入が進まないのは、なぜなのでしょうか?
各国で技術力や選挙制度が大きく異なるので、エストニアでできたからといって他国でも即座に適用できるわけではありません。ノルウェーやフランスでは、一部の選挙においてインターネット投票導入したものの、最近の選挙においては、サイバーセキュリティ上の脅威が高まっているとして中止しました。それぞれの制度に応じたカスタマイズが必要になりますので、決裁権者の技術的な理解も含めて時間がかかっているというのが、私の認識です。
また、技術的な理由以外にも、政府への信頼などに関する国民感情や、文化的な価値判断のなかで実施しないなど、さまざまな理由があると考えています。例えば、韓国では、ブロックチェーンを活用したインターネット投票システムがすでに開発されている現状がありますが、政府への信用という側面でのハードルが高く、日本と同じように政府に懐疑的な思いを持っている人々が多くいる現状があります。
韓国では、そうした現状を克服するために、インターネット投票システムを町内会の選挙など民間に貸出を行い、使ってもらうことで信頼醸成を試みていると伺いました。また台湾では、中国大陸在住の台湾人が多く、中国による操作の懸念が拭えないため在外投票における不在者投票や郵便投票がそもそも認められておらず、ネット投票もこれらに準じて行われていません。そして、エストニアでも価値判断として、婚姻届や離婚届はデジタル化しないこととしていますが、台湾でも投票は紙でするものという文化も根強いとのことです。
さらには米国では多くの州で軍人や国外居住者におけるインターネット、eメール、FAXによる投票が認められてます。なかでもアメリカのアラスカ州では、希望するすべての人がインターネットを利用した簡易的な仕組みでの投票を行うことができます。
――エストニアでは、どのような効果がありましたか?
国政選挙の投票率が2003年に58.24%だったのが、05年にインターネット投票が始まってから、現在まで上昇を続けています。19年は63.81%と約5ポイントも上昇しました。年代別では高齢者の投票率が上がっています。
インターネット投票は、若者のための政策と錯覚されがちですが、投票に行きたいと思っているのに、体調不良や地理的な要件で投票することができなかった高齢者の活用が進みました。セキュリティ面をはじめ、まだ導入には乗り越えていかなければならないさまざまな課題があるが、今回のプログラム法では、それらの論点を網羅的に包括した内容の法案となっています。
現実的には段階的に実証を積み重ねていくことになると思うが、地理的・時間的な制約を超えて手軽に投票できるのは魅力的だ。スマホ利用が当たり前の20~30代の若年層にとって日曜日にわざわざ投票所まで出向くこと自体、ナンセンスだ。それに、コロナ禍のような緊急事態などで投票所に行くことがリスクになる状況が今後もないとはいえないだろう。有権者の投票機会を公平にするという意味では、「投票所に来ないほうが悪い」と切り捨てるのはもはや政治の怠慢だ。
目を覆うばかりのダメさ加減を露呈する自民党の長期政権を支えたのはリアル投票に支えられた組織票であり、インターネット投票の導入は政権交代を促す意味でも有効な手法であることは間違いない。今後の議論が注目される。
(文=松岡久蔵/ジャーナリスト)