――「奴隷労働」ともいわれる外国人労働者。だが、私たちはやりたくない仕事を外国人に押し付けているだけで、もはや日本経済にその労働力は欠かせない――。気鋭のジャーナリストが“人手不足”時代のいびつな“多文化共生”社会を描き出す。(月刊サイゾー2020年4・5月号より転載)
ひとつのラインに12人が立つ。胸の高さ程度を、ベルトコンベアが走る。空のプラスチック容器が、次々と流れてくる。最初の9人が、ひとりずつ決められた量の具材を容器に詰める。レタス、キャベツ、ブロッコリー、海老、蒸し鶏、カニカマ、スイートコーン、サラダチキン、ソース。残る3人は、別の作業をする。容器にフタをはめ、金属探知機にかける。シールを貼る。箱に詰める。
1時間の休憩をはさみ、仕事は午後8時から午前7時半まで。箱詰めされたサラダは、大手コンビニエンスストアに出荷される。ラインに立つ12人は、すべてベトナム人技能実習生だ。
ラインの10番目に立つ女性Aさん(20歳)は、こう話す。
「容器から具材がはみ出すこともあり、フタをする作業が一番大変なんです」
Aさんは2019年4月から、佐賀県鳥栖市の食品製造工場で働いている。85年に開通した市内の九州自動車道「鳥栖ジャンクション」は、九州一円に半日以内で到達する「九州のヘソ」だ。その立地の良さから、鳥栖インター周辺に物流倉庫や食品製造工場が集中し、商工団地が形成されている。
ベトナム出身の技能実習生Bさん(27歳)も、17年5月から鳥栖市内の食品製造工場で働く。働き始めて4年目になるが、来日当初から仕事内容は同じだ。就業時間は午前9時から午後6時。ベルトコンベアに流れてくる加工食品の中から、形の悪い不良品を取り出し、バケツに入れる。その繰り返し。
大きな機械音で会話もできず、ベルトコンベアを止めるわけにはいかないため、休憩や昼食も交代して取る。
「周りもみんなベトナムの技能実習生で、日本語が上達しません。帰国後も給料の高い日系企業などで働きたい。今は週に一度、ボランティアの日本語教室に通っています」(Bさん)
残業と夜勤を歓迎する技能実習生の実情
技能実習制度とは何なのか。「外国人の技能実習の適正な実施及び技能実習生の保護に関する法律」(以下、技能実習法)には、その目的がこう書かれている。
「人材育成を通じた開発途上地域等への技能、技術又は知識の移転による国際協力を推進すること」(第1条)
わかりやすく言えば、母国では学べない技術や知識を日本で学び、それを母国に戻って生かしてもらうという「国際貢献」を目的とした制度だ。
だが、コンビニ総菜にフタをつける作業や、加工食品を仕分ける作業から、どんな技術や知識を学び、母国で生かせばいいというのだろうか。技能実習法は、その基本理念に「技能実習は、労働力の需給の調整の手段として行われてはならない」(第3条第2項)とあるが、実態はまさに「労働力の需給の調整の手段」そのものだ。
14年末時点で約17万人だった技能実習生は、20年には2倍を超える約40万人にまで急増している。本連載では技能実習制度の詳細を書く紙幅はないが、関心のある人は、拙著『ルポ技能実習生』(ちくま新書)を読んでほしい。
大手メディアや学識者を中心に、耳触りのいい「外国人との共生」を謳い、技能実習制度を「奴隷労働だ」「廃止すべきだ」という声が散見されるが、本連載はそうした声には与しない。低賃金で退屈な仕事は「外国人まかせ」にする「人手不足の不都合な真実」をえぐり出していくのが本連載の目的だ。
深夜のコンビニ総菜工場が人の目に触れることはないが、日本人の快適な暮らしは外国人労働者なしには成り立たない。本稿は鳥栖を舞台に書いているが、これは鳥栖に限った話ではなく、日本各地で見られる光景である。「奴隷労働」と非難される技能実習生当人も、日本企業に首根っこをつかまれて来日しているわけではない。
冒頭のAさんは高校卒業後、技能実習生として日本に来ることを決意した。すでに日本から帰ってきた技能実習生が家を建てたり、日本で貯めたお金を元手にビジネスを始めたりしている姿を見て、自分もと思った。
「友達もたくさん日本で働いているし、300万円貯金したい」
今時、アジアの農村部の若者でもスマートフォンを持っている。SNSを通じ、世界の状況はわかる。本当に奴隷労働なら、誰も日本を目指さない。
現在、寮費を差し引いたAさんのひと月の手取り給与は約12万円。生活費を抑え、まずは来日のために親族から借りて送り出し機関に支払った約100万円の借金を返済し、毎月10万円程度は貯金したいという。
Aさんの両親は農家だ。ベトナムの農家の年収は30万円程度で、日本と比べれば、まだまだ圧倒的な経済格差がある。だからこそ、彼女のように後に続く者が絶えない。夜勤の仕事は大変かと思うかもしれないが、むしろ歓迎だ。Aさんは働き始めて1年程度だが、すでに働き始めて4年目のBさんより給料が高い。
「昼間の勤務で残業がなく、3年目まではひと月の手取りが10万円以下でした。3年で200万円くらいは貯金できると思っていました。日本に行くために送り出し機関に払った150万円は返済しましたが、貯金は100万円程度しかできませんでした」(Bさん)
技能実習生を受け入れる側の目的が「国際貢献」でないことは明らかだが、当の実習生にも「技能実習に専念することにより、技能等の修得等をし、本国への技能等の移転に努めなければならない」(第6条)と、その責務が技能実習法に明記されている。
ただ、実態は出稼ぎだ。彼らの大半が高額なお金を送り出し機関に払い来日しており、入国後にすぐに返せないとなると失踪の原因になる。実際、法務省が失踪技能実習生に対し行った調査(19年)によれば、1週間あたりの労働時間数は「50時間以下」が全体の約8割を占める。労働時間が短いほど、失踪者が多くなる。出稼ぎが目的である以上、残業も賃金の高い夜勤もウエルカムなのだ。
労働力として期待される留学生の「資格外活動」
Aさんは現在、約50名のベトナム人技能実習生と働くが、職場にはほかの外国人の姿もある。ネパール出身のスベディ・ゴビンダさん(24歳)は、18年から鳥栖市内の日本語学校に通い、卒業後の20年からは福岡県内の大学に通う「留学生」だ。ゴビンダさんはネパールの大学で経営学を学び、銀行に就職した。
「給料は日本円で月2万円くらい。日本に行って、稼ぎたいと思った」
留学エージェントに支払う手数料、日本語学校の学費1年分、半年分の寮費など、合わせて約150万円を銀行から借り、18年4月に来日した。日本語学校の授業は午前中のみで、Aさんと同じ食品製造工場で午後1時から午後8時まで働く。大学進学後も、同じ仕事を続けている。 野菜炒めや麻婆豆腐など、大手コンビニエンスストア向けのお弁当の調理を担当する。ゴビンダさんは話す。
「野菜のカットなどの仕事は女性が多いですが、調理は力仕事で、男性が多い。例えば野菜炒めなら、キャベツやタマネギなど計10キロを一気に炒めます。温度計がついていて、85℃になるまで炒めたら完成です」
ただ、働けるのは週に最大4日間だ。留学生はあくまで日本で勉強することを前提に在留資格が交付されているため、アルバイトなどの「資格外活動」は週28時間以内と制限されている。ゴビンダさんの時給は1080円。月収にすると12万円程度だ。家賃4万5000円の部屋を友人とシェアし、生活費を2万円に抑え、毎月6万円程度を貯金して、学費の支払いに充てている。
ゴビンダさんは話す。
「大学卒業後に就職し、在留資格を『技術・人文・国際』に変更できれば、日本に家族を呼びたい。数年働いてお金を貯めたら、ネパールに帰って、家を建てるのが夢なんです」
ゴビンダさんのような、資格外活動で働く外国人労働者は、技能実習生と肩を並べる約37万人も存在する。背景には国の政策が影響している。
日本語学校幹部がこう話す。
「政府は08年、当時約12万人だった留学生を20年までに30万人に増やす『留学生30万人計画』を立ち上げましたが、東日本大震災で多くの留学生が帰国するなど、目標達成が難しくなりました。結果、在留資格審査が緩くなり、ベトナムやネパールなどの出稼ぎ目的の留学生が増える結果になったのです」
週28時間という制限を無視して働く「出稼ぎ留学生」を受け入れる日本語学校が乱立したこともあり、17年には留学生が30万人を突破した。しかし、出稼ぎ留学生の存在が社会問題化したことに加え、18年に単純労働分野で働く外国人の受け入れを認める在留資格「特定技能」(19年4月に新設)の議論が始まると、留学生への在留資格認定が一気に厳格化した。
全国日本語学校連合会の調査によれば、前年と比較した19年4月入学の留学生に対する在留資格の交付率は、ベトナムが86%から74%、インドネシアが95%から28%、ミャンマーが94%から4%、ネパールが48%から1%(東京入国管理局分)と、露骨に下がっている。前出の幹部は、
「留学生の在留資格申請には、学費や生活費を支払う経費支弁能力を示す書類の提出が求められますが、追加書類を求められたり、これまでと同じ書類を出しても申請が通らなくなりました」
政府のご都合主義には反吐が出るが、この間に急増した留学生が日本の産業基盤を支える労働者として定着した。鳥栖市内の日本語学校の関係者は、
「例年、4月入学生の在留資格が出る2月頃になると、アルバイトを求める会社から電話があります。『今年は何人、入学しますか?』と。労働力として期待されているのは、明らかです」
「技能実習生=安い労働者」と勘違いしている人が多いが、それは間違いだ。技能実習生は原則、企業が単独で受け入れることはできず、厚生労働省と出入国在留管理庁が所管する外国人技能実習機構の認定を受けた「監理団体」を通じ、受け入れる形になる。
監理団体には技能実習が問題なく行われているかなどを監督する役割があり、企業は毎月ひとり当たり3万円程度の監理費を監理団体に支払う必要がある。外国での面接や、入管当局に提出する書類の作成費などを含めると、例え実習生に支払う給料は最低賃金でも、人件費は新卒大学生と変わらない水準になる。
一方の留学生は、週28時間という労働時間の制限はあるが、社会保険に加入する必要もなく、雇用者からすれば彼らこそ「安い労働者」だ。
アマゾン倉庫の求人がキャンセルになった理由
日本語力の低い留学生が就く「3大バイト」がある。ひとつ目は、コンビニ弁当などの食品製造工場。2つ目は、物流会社の仕分け。3つ目は、ビジネスホテルの清掃業務だ。
ベトナム出身のチュオン・フュ・フックさん(20歳)は3月、北海道の日本語学校を卒業し、鳥栖市に引っ越した。保証人が不要なことから「外国人留学生御用達」となっている賃貸住宅「レオパレス」に友人と2人で住む。4月からは専門学校に進学する。
「北海道ではホテルの清掃のバイトをしていましたが、コロナの影響で仕事がなくなりました。鳥栖にはアルバイトがたくさんあると聞き、引っ越しすることを決めました」
コロナ禍でフックさんが職を失ったように、留学生の世界にも異変が起きている。関東のある日本語学校に20年4月、アマゾンの倉庫から100人以上の求人がきた。仕事内容は郵便番号から荷物を振り分ける軽作業で、外国人留学生定番の仕事だ。
人数規模が大きく、説明会の実施を提案したが、その日本語学校の幹部は「1週間もしないうちに求人がキャンセルになった」とし、こう愚痴た。
「突然のキャンセルは、コロナで職を失った日本人が増え、日本人の募集が増えたことが理由です。これまで求人を出しても人が集まらない仕事を外国人が支えてきたのに、日本人が来たらサヨウナラでは、あんまりです」
都市部を中心に外国人が大半を占めた「コンビニ店員」も、日本人の姿が増えていることにお気づきだろうか。ただ、景気が良くなれば、彼らはまた別の仕事に移っていくだろう。だけど、心配はない。そのときはまた、外国人まかせにすればいい。
(文=澤田晃宏)