
インターネット上の誹謗中傷への対策を強化するため、刑法の「侮辱罪」の厳罰化を検討している法制審議会(法務大臣の諮問機関)の部会は、法定刑に懲役刑を追加する法改正の要綱案をとりまとめ、近く法相に答申する。
ネットの誹謗中傷ーー発信者特定に壁
「誹謗中傷」を刑事事件として扱う場合、内容によって、適用できる罪名は異なる。そのうち名誉毀損罪は、「不倫をしている」「会社の金を横領した」といった、社会的評価を下げる事実を公然と流した場合に適用される。罰則は、最高刑が懲役3年だ。
これに対し侮辱罪は、具体的な事実を示していなくても、「バカ」「死ね」といった悪口や罵倒、容姿をあざけるなどの文言が公然と発せられれば適用され得る。ただし法定刑は拘留(刑務作業の義務を課さない、30日未満の身柄拘束)または科料(1万円未満の財産刑)と、刑法のなかで最も軽い。
侮辱罪改正の議論は、昨年5月、フジテレビ系列で放送のリアリティ番組『テラスハウス』に出演していた女子プロレスラーの木村花さんが、SNSで多くの誹謗中傷を受けた後に自殺した件がきっかけとなった。
木村さんのツイッターアカウントには、多くの誹謗中傷コメントが寄せられたが、そのうち「顔面偏差値低いし、性格悪いし、生きてる価値あるのかね」「お前のいちばん悪い所は未だに世の中に汚物を垂れ流しているところや」「ねえねえ。いつ死ぬの?」「死ねやくそが」「きもい」などと投稿した2人の男性が侮辱罪に問われ、科料9000円の略式命令を受けた。
注目されたのは、(1)多くの人が誹謗中傷をしていたのに、刑事責任を問われたのはたった2人だった (2)取り返しのつかない結果に比べ、誹謗中傷に対する法定刑が軽い――という2点だ。
(1)については、1年と短い公訴時効と、情報開示に消極的なSNS運営会社の対応などが壁になった。
5月23日付け日経新聞電子版によると、木村さんが死亡して3日後の時点で、誹謗中傷の投稿は約300件あった。警察は、このうち1アカウント当たり3回以上の書き込みをした7アカウントを悪質な事案として捜査対象にした。
しかし、米ツイッター社は侮辱罪での捜査照会に対しては、「(テロや殺害などの)緊急事案に該当しない」として応じず、発信者の特定に行き詰まった。結局、特定できたのは、木村さんの自殺を知って投稿を後悔し、木村さんの母親に謝罪のメールを送って名乗り出た20代の男性と、木村さんの遺族の代理人が米国の情報開示制度を利用して割り出した30代男性の2人だけだった。残り5アカウントは消去されてしまい、警察は復元もできず、独自に容疑者を特定することはできなかった。しかも30代男性の場合、略式起訴したのは時効のわずか2日前。ギリギリ間に合った。
公訴時効の長さは、罪の重さと連動する。法改正によって罰金刑や懲役刑を導入すれば、時効は3年に延びる。ネットでの誹謗中傷は容疑者の特定にかかる時間を考えれば、公訴時効1年はあまりに短すぎた。
侮辱罪の規定は、明治40年に刑法が制定されて以来、そのまま現在に至る。ネット時代の今は、誰でも容易に発信できる。そのうえ、リツイート機能などを利用することで、誹謗中傷コメントも手軽かつ広範囲に拡散してしまい、そのうえ記録は長く残る。1人に攻撃が集中して“炎上”する、ネット上のリンチもしばしば起きる。