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博士号取得でも人文系は2割の人が年収200万円未満?悲観論の嘘と現実

取材・文=文月/A4studio
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「gettyimages」より

 大学の学部や修士課程以上の、専門性の高い研究を行う大学院博士課程。将来、国を支える技術や産業の発展に欠かすことができない人材を生み出す課程であるが、現在、その博士課程に在籍する大学院生の多くが苦しい状況に置かれている。

 今年1月25日に文部科学省の科学技術・学術政策研究所(NISTEP)が発表した『「博士人材追跡調査」第4次報告書』によると、博士院生の54.1%が学費免除を受けられなかったという。また学位取得後の年収を見てみると、人文系の20%が“100-200万円未満”に該当するなど、一部の分野では博士号取得後も経済的に厳しい状況が続いていることが判明したのだ。

 また国際的にみて、博士号取得者数も日本は芳しい状況にあるとはいえない。NISTEPの『科学技術指標2021』によると、2006年の1万7860人をピークに日本は博士号取得者数が減少傾向にあるのだ。また人口100万人あたりの博士号取得者数もアメリカ、ドイツ、フランス、イギリス、韓国、中国と比べ低い数値となっている。

 この状況が続けば、優秀な研究者が育つ環境が失われてしまうかもしれない。そこで今回は大学院生の採用、キャリア支援事業を行う株式会社アカリクの就職支援コンサルタント・神中俊明氏に、博士課程の現状について詳しく聞いた。

博士課程の院生が抱える悩み、費用や研究

 博士課程の院生は将来に対する漠然とした不安を抱いているという。

「第一に学費の問題が挙げられるでしょう。大学を卒業し修士、博士課程にそのまま進学しようとすると、学位取得まで最短で5年間もかかります。その間にかかる学費は親の援助などがなければ、アルバイトをしたり、奨学金に頼ったりして自分で賄わなくてはいけません。

 また、せっかく博士号を取得しても、その後のキャリアで学部卒で就職した人以上の成果や待遇を期待できるのかわからず、費用対効果があるのか疑問視する院生の方もいらっしゃいます。学部卒で就職した人は給料をもらっていますが、大学院在学中は給料が支払われることはないので、余計にそう感じてしまう方が多いのでしょう。

 そして、学位取得自体も楽ではありません。院生が自身の研究を終わらせることができるかは、あくまで本人次第であり、指導教員もそのすべては把握できません。ですから院生にとっては非常に先が見えにくい状況になっているのです」(神中氏)

 大学院で研究する間は経済的に苦労し、博士課程修了後のキャリア的にも苦労することが多いといわれているが、就職活動自体はそこまで悲観すべきことではないという。

「現在、博士課程修了後の就職は、難しさという点で修士課程修了後の場合とあまり変わりはありません。。たしかに博士課程学生の就活は学部生と比べて就職へのロールモデルがあまり確立されておらず、周囲に同学年の就活生が少ない場合もあるため、就活をいつ、どのように始めるかに気付きにくい部分はあります。また、自身の専門性との一致度に強くこだわって仕事を探すと、分野によっては産業界に対応する仕事が非常に少ない、という壁に阻まれる場合もあります。そうした場合にどうすれば良いかを自力で解決していくのは時間も掛かり、かつ難しいので、大学のキャリアセンターや就職課の支援をしっかりと受けることが重要です。これらの注意点を踏まえ、準備をして就活に臨むことができれば、“自身の専門性以外の場所にも沢山の可能性がある”と実感する博士課程学生は多いと思います」(同)

就職はできるものの、やりたいことをできない人が大多数

 気になるのは博士課程修了後の主な就職先だ。

「文科省が実施した令和3年度の『学校基本調査』によると、理学・工学系の博士課程学生は産業界の研究職への就職が多数を占めており、次いで製造技術者、教員と続きます。また、人文科学・社会科学系は教員の割合が多く、その次に産業界の研究職、事務従事者が主な就職先となっていますね。

 企業の研究職は設備や環境が充実しているところも多く、自分の知的好奇心を満たすことができそうだということで納得して就職される博士課程学生は多いです。また、ある博士課程学生は自分の専門分野とは直接関係ない企業に就職したものの、大学院時代に培ったデータ分析の経験を活かし、データサイエンティストとして活躍しているという事例もあります」(同)

 現実的な問題として、博士課程の就職口は特に限られてはいないのか。

「ただ自分が就きたい職業に就けるかどうかは別問題ですね。就職口があるとはいえ、博士課程学生の少なくない割合の方は就職活動以前においては、大学のポストを志望しています。ですが、大学の採用枠はかなり限られており、非常に狭き門です。大学の定年制ポストに就くためには多くの場合、3-5年の任期付のポストで何年も論文を執筆し続けたり、学会で発表したりと実績を積み重ね続けながら競争をしていく必要があります。

 またライフサイエンス系、バイオベンチャー系の研究のように、一部にニーズが集中する分野は、専門性に合致する就職先に着任できる割合が低くなります。文科省発表の『産業界のニーズの実態に係る調査結果』では企業ニーズと研究者数の割合が出ており、職種によって研究者数がかなり違っています。そのため、一部の専攻分野を学ぶ博士課程学生はアカデミア、研究所以外の就職先を視野に入れなくてはいけません」(同)

博士人材を上手く活用していくためのトリガーは産業界?

 そんな博士人材の就職問題も影響してか、日本は博士号取得者が減少傾向にあるといわれているが、事実なのだろうか。

「たしかに2008年のリーマンショックまで日本の博士号取得者の数は減っていましたが、ここ5、6年は横ばいであり、減少傾向にあるとは言い切れません。これはイギリスやフランス、ドイツも同じで、実は日本のみ博士号取得者を増やせていないわけではないんです。

 おそらく日本の博士号取得者が減っていると騒がれているのは、中国とアメリカの存在が大きいでしょう。この2カ国はここ数年で爆発的に博士号取得者を出しており、日本に比べれば研究予算も潤沢にあります。この2カ国と比べると、日本では基礎研究にかける予算が少なく、代わりに成長を見込める特定分野に資金が集中してしまっています。」(同)

 このまま国が研究への投資における「選択と集中」を続けることで、研究分野の多様性が失われるだけではなく、博士課程に進学したいと考える人が減っていく可能性もあるかもしれない。では博士人材に対して産業界はどのような動きをみせているのだろうか。

「博士課程の入学者数は2003年度をピークに減少傾向にありますが、一方で社会人入学者の割合は03年の21.7%から20年の43.2%と増えてきています。これまでの日本企業では、諸外国に比べ役職に対する博士号取得者の割合が低すぎるという傾向がありました。これは、産業界側の博士号取得者や専門性に対する理解が乏しく、適切に評価・活用できてこなかった歴史によるものです。ただし、情報系などの一部の分野において大学と産業界の流動性が高まっており、博士号取得者でありながら民間企業に置いて役職を務める人も増え始めています。

 現在大学や行政による支援は続けられていますが、こうした産業界の動きのように、博士号を取得することによるメリットを提示していくことが、博士号取得数の増加につながると考えられます。産学官が連携して政策を後押ししていく必要があるでしょう」(同)

 民間企業や行政の間で着々と支援はされているものの、現状、大学院の博士課程が抱える課題は山積みだ。将来、誕生するかもしれない優秀な人材を生み出すために博士課程の院生を経済的に、キャリア的に支援する体制の構築が必要になってくるだろう。

(取材・文=文月/A4studio)

(出典)文部科学省 科学技術・学術政策研究所、科学技術指標2021、調査資料-311、2021年8月

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