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湯之上隆「電機・半導体業界こぼれ話」

安倍内閣と経済産業省が半導体材料産業の一角を破壊した…韓国への輸出規制は歴史的愚策

文=湯之上隆/微細加工研究所所長
安倍内閣と経済産業省が半導体材料産業の一角を破壊した…韓国への輸出規制は歴史的愚策の画像1
安倍晋三元首相(首相官邸のHPより)

第2の真珠湾攻撃

 2023年3月16日に岸田文雄首相と韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が会談し、「日韓の国交正常化以降、最悪」といわれた日韓関係が改善されることになった。韓国が元徴用工問題の解決策を提示し、日本は半導体材料の輸出管理の厳格化措置を解除する。

 しかし筆者は、今ごろになって日韓関係を改善したって手遅れだと言いたい。事の発端は、2018年10月に韓国最高裁が元徴用工問題で日本企業に賠償を命じた判決に対して、日本政府が2019年7月1日に半導体3材料(フッ化ポリイミド、EUVレジスト、フッ化水素)の対韓輸出規制を行ったことにある。この輸出規制は、「第2の真珠湾攻撃」といわれた。というのは、その直前の2019年6月末まで「G20 大阪サミット」が開催されており、議長国だった日本は、故安倍晋三内閣総理大臣が「世界は結束できる、どの国にとっても、WinWin、そして、未来に向けて持続可能な成長軌道をつくる」という内容のスピーチを行った。ところがその直後に、上記の輸出規制が発表されたからだ。

甚大な影響を与えたフッ化水素の輸出規制

 意表を突いた輸出規制は、韓国の半導体メーカーにとって、あまりにもインパクトが大きかった。特にフッ化水素の影響は甚大で、半導体工場の在庫が切れたら、メモリもロジックも、先端もレガシーも、半導体が1個もつくれなくなる事態だったからだ。半導体を国の基幹事業としている韓国も、サムスン電子もSKハイニックスも、この日本政府の輸出規制に震え上がってしまった。そして、韓国政府は日本がボトルネックになっている半導体材料などを洗い出し、その国産化支援に毎年1兆ウォン(約930億円)の予算を充てることになった。日本政府がこのような輸出規制をすることが分かったため、これは当然の政策であろう。

 その結果、どうなったか? 本稿では、この輸出規制によって日本のフッ化水素ビジネスが破壊された事実を論じる。加えて、2023年2月8日に出版された『安倍晋三 回顧録』(中央公論新社)によれば、この輸出規制が「韓国への報復措置」だったことを説明する。要するに、安倍内閣による報復措置により、日本のフッ化水素ビジネスが破壊されたわけである。これは、「日本政府(内閣)、経産省、革新機構、政策銀が出てきた時点でアウト」になる典型例であり、歴史的汚点となった。内閣と経産省には猛省を要求する。

輸出量が激減したフッ化水素

 図1に、「財務省貿易統計」のデータベースで検索した、日本から韓国へのフッ化水素の輸出量と輸出額の月次の推移を示す。

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 輸出量(トン)と輸出額(億円)の挙動は概ね一致している。そして、日本政府が輸出規制を行った2019年7月に、輸出量も輸出額も大きく落ち込む。2019年6月に2933トンだった韓国への輸出量は、同年7月に16%の479トンに減少し、同年8月と9月はなんとゼロになる。2019年12月以降にやや回復するが、500トン前後で推移しており、輸出規制前の3000トン前後には戻らない。経済産業省は、「輸出規制ではない。日本企業の申請に対して適切な審査を行った上で韓国への輸出を許可している」というようなことを言っていたが、それが虚偽の答弁であることが一目瞭然である。本当にフッ化水素の輸出量がゼロになったからだ。

 そして、この輸出規制は韓国の半導体メーカーに甚大なダメージを与えた。サムスン電子もSKハイニックスも、日本以外からの代替調達にてんてこ舞いになっただろう。その理由は以下の通りである。例えば、半導体に1000ステップの製造工程があったとすると、300~400ステップが洗浄工程であり、約100工程がフッ化水素の洗浄(またはウェットエッチング)工程である(図2)。しかも、約100工程はすべて同じ成分ではなく、洗浄する薄膜の種類によってレシピがある。そして、そのようなフッ化水素は、半導体工場に1カ月程度の備蓄しかない。

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 もし、その備蓄が切れてしまったら、本当にメモリもロジックも、先端もレガシーも、半導体は1個もできなくなるのである。だからといって、すぐに日本の森田化学工業とステラケミファ製のフッ化水素から、中国や台湾製に切り替えることも難しい。したがって、サムスンとSKハイニックスは、危機的状況に追い詰められた可能性がある。ただし、不幸中の幸いだったのは、2019年はメモリ不況の1年だったことである。といっても、やはりサムスンとSKハイニックスは綱渡りの工場稼働を強いられたのではないか。

韓国向けで成長してきた日本のフッ化水素ビジネス

 今度は、2001年から2022年までの韓国への輸出量の年次推移をグラフにしてみた(図3)。2001年に4176トンだった輸出量は、2018年に約9倍の3万6824トンに増大する。つまり、韓国向けフッ化水素ビジネスは、ほぼ右肩上がりに成長してきたといえる。ところが、輸出規制が行われた後の2020年に、2018年のわずか13%の4950トンまで減少し、その後も6000トン強程度にしかならない。輸出金額では、2001年の7.4億円から2018年には約10倍の74.9億円に拡大する。しかし、輸出規制後の2020年には、わずか17%の12.8億円まで減少し、その後も20億円には届かない低空飛行が続いている。

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 ここで、「財務省貿易統計」のデータベースを調べている際に、日本は韓国以外には、どのような国に、どのくらいのフッ化水素を輸出しているか、日本のフッ化水素の輸出量の合計はどのくらいか、ということを調べてみたくなった。その結果は、予想外の驚く事態となった。

日本のフッ化水素の輸出状況

 図4に、日本から諸外国へのフッ化水素の輸出量、および日本の輸出量の合計を示す。筆者は、この検索結果は何かが間違っていると思って、何度もやり直した。しかし、何度やっても同じ結果になってしまった。

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 日本がフッ化水素を輸出している主な国には、韓国、中国、台湾、シンガポール、米国などがある。他にも、イスラエル、英国、イタリア、フィリピン、タイ、ドイツ、ベルギー、ブラジルなども、ときどき顔を出すが、それらの国への輸出量は微々たるものである。そして驚くことに、日本のフッ化水素の輸出は、ほぼ韓国一国であるといっても過言ではないのである。韓国とそれ以外の国では、桁が大きく異なるのだ。日本にとって、韓国ビジネスがどれだけ大きいかを図5に示す。日本のフッ化水素ビジネスは、韓国向けとともに成長してきたといえる。2011年以降は、日本の輸出量の90%以上が韓国向けになる。2015年は96.7%、2016年は96.1%が韓国向けだ。

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 そして、輸出規制の前年の2018年には、韓国向けが3万6824トン、輸出の合計が3万9720トンと、いずれも過去最高を記録する。ところが、2019年に輸出規制がなされ、2020年には、韓国向けが4950トン、輸出の合計も9614トンと激減してしまう。その後、日本のフッ化水素の輸出量は低迷したままである。

安倍内閣の報復措置がフッ化水素ビジネスを破壊した

 森田化学やステラケミファを柱とした日本のフッ化水素ビジネスは、韓国向けを強化することによって成長してきたといえよう。そして、日本のフッ化水素ビジネスは、日本が誇る強力な半導体材料産業の一角を占めていたはずである。ところが、そのフッ化水素ビジネスを日本政府が破壊してしまったのである。冒頭で述べた通り、日韓政府が関係を改善したところで、破壊されたフッ化水素ビジネスは、もとには戻らない。そして、『安倍晋三 回顧録』によれば、2022年7月に暗殺された安倍元首相は、次のように語っていたという(2023年2月23日付「Chosun Online」<朝鮮日報>より)。

<「文在寅(ムン・ジェイン)は確信犯」だとし、韓日関係が破綻した責任は韓国の文政権にあると主張した―中略―日本政府の韓国向け半導体素材輸出規制について「徴用工賠償判決の後、何も解決策を出さない文在寅政権に対応する過程で出た」とし「二つの問題が連結されているかのようにして、韓国が徴用問題を深刻に受け止めるようにした」>

 要するに、安倍内閣が2019年7月1日に韓国に対して半導体3材料の輸出を規制したのは、明らかな報復措置だったわけである。ところが、その報復措置はブーメランのように返ってきて、日本のフッ化水素ビジネスを破壊した。

 筆者は、2021年6月1日に行った衆議院の意見陳述で、「歴史的に、経産省、革新機構、政策銀が出てきた時点でアウト」と述べた。本稿の最後で、これを訂正したい。「歴史的に、日本政府(内閣)、経産省、革新機構、政策銀が出てきた時点でアウト」である。あろうことか、内閣と経産省が、日本の強力な半導体材料産業の一角を破壊したのである。筆者は、内閣と経産省に対して猛省を要求する。

(文=湯之上隆/微細加工研究所所長)

お知らせ

 4月20日に、『半導体有事』(文春新書)を出版する予定です(図6)。詳しくは、文春新書のサイトをご参照ください→ https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784166613458

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湯之上隆/微細加工研究所所長

湯之上隆/微細加工研究所所長

1961年生まれ。静岡県出身。1987年に京大原子核工学修士課程を卒業後、日立製作所、エルピーダメモリ、半導体先端テクノロジーズにて16年半、半導体の微細加工技術開発に従事。日立を退職後、長岡技術科学大学客員教授を兼任しながら同志社大学の専任フェローとして、日本半導体産業が凋落した原因について研究した。現在は、微細加工研究所の所長として、コンサルタントおよび新聞・雑誌記事の執筆を行っている。工学博士。著書に『日本「半導体」敗戦』(光文社)、『電機半導体大崩壊の教訓』(日本文芸社)、『日本型モノづくりの敗北』(文春新書)。


・公式HPは 微細加工研究所

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