絶好調のスタバ日本事業、売却・再上場を検討…中国事業売却に続くアセットライト戦略

●この記事のポイント
米スターバックスが日本法人(約2100店舗、9割直営)の株式売却・IPOを検討していることが2026年6月に判明。売却規模は4000億〜5000億円。日本事業は増収増益で「傑出している」と評価される一方、本社は2026年4月の中国事業60%売却(博裕資本、企業価値40億ドル)に続くアセットライト戦略を推進。買い手はPEファンド・国内流通大手・再上場の3シナリオ。
米スターバックスは日本事業の今後の方針を検討するため、投資銀行と初期段階の協議を行っている。ブルームバーグが6月10日に報じたこの一報は、日本のビジネス界に少なからぬ波紋を広げた。
売却額は4000億〜5000億円規模に達する可能性があり、株式売却や新規株式公開(IPO)を含む複数の選択肢が検討されている。驚くべきは、売却の理由が「不振」ではないことだ。ブライアン・ニコルCEOは最近、日本事業の業績を「傑出している」と称賛している。インバウンド需要の取り込みや地域限定商品の展開で国内カフェ業界を牽引し続ける優良子会社を、なぜわざわざ手放そうとするのか。その答えは、米国本社のバランスシートと、世界規模のポートフォリオ再編の論理にある。
●目次
米国本社の「再建資金」調達——なぜ今、日本なのか
米スタバは全売上高の約7割を占める米国事業の不振が続いており、別の外食チェーンで再建の実績のあるブライアン・ニコルCEOの下、店舗や一部の本社部門のリストラを進めてきた。
通期業績を見ると、2024年9月期の純利益37.6億ドルから2025年9月期は18.6億ドルへと急落しており、その深刻さが数字から読み取れる。過度な値上げによる客離れ、モバイルオーダー偏重による店内体験の劣化——こうした構造的な問題への対処に追われた1年だった。
転機は2025年秋以降に訪れる。2025年7〜9月期の既存店売上高は1%増と、約1年ぶりにプラスへ転換した。さらに2025年10〜12月(第1四半期)の世界の既存店売上高は4%増と、最も強気だったアナリスト予想も上回り、2四半期連続の増加となった。「Back to Starbucks」と銘打ったニコルCEOの再建策は、一定の成果を上げつつある。
しかし、再建には資金が必要だ。同社は2026年4月、中国の小売事業の60%株式を博裕資本(Boyu Capital)に売却する取引を完了した。この取引時に、中国事業の価値は40億ドル(約6400億円)と評価されていた。
ここに「アセットライト(資産軽量化)戦略」の輪郭が浮かぶ。世界各地に抱える直営店は固定費と労務コストの塊であり、プレミアムブランドの維持という強みである一方、資本効率の観点からは重荷でもある。収益を生む海外の優良資産を現金化し、その資金で米国内の店舗刷新やDX投資に集中投下する——「悪いから売る」のではなく、「最も高く売れる優良資産を戦略的に活用する」という、グローバル企業ならではの冷徹な資本配分論理がここには働いている。
外食産業のM&Aに精通する外食産業コンサルタントの杉田誠氏はこの動きについて、「ファストフード大手が世界的にフランチャイズモデルへ移行し、直営資産をキャッシュに変える流れは業界全体のトレンド。スターバックスの判断はその延長線上にある」と指摘する。
買い手は誰か…3つのシナリオ
4000〜5000億円という規模は、国内外を問わず買い手を限定する。現実的な候補として三つのシナリオが浮上する。
シナリオ① PEファンド
今回の検討は、スターバックスが中国事業を博裕資本に売却した流れを受けたものと位置づけられており、アジアにおけるプレゼンスの再構築として進んでいる。この前例から最も蓋然性が高いのが、国内外のプライベートエクイティ(PE)ファンドによる買収だ。安定キャッシュフローを持つブランド企業を取得し、数年後のIPOでキャピタルゲインを狙うのがPEの典型的な収益モデルであり、日本事業はその条件を満たす。
シナリオ② 国内の大手流通・商社
日本の消費者接点を大規模に持つ総合商社や流通コングロマリットにとっても、スターバックスの取得は魅力的だ。ただし、単独での4000億円超の買収には資金面と運営ノウハウの両立が求められ、コンソーシアム形式での参加も視野に入る。
シナリオ③ IPO(再上場)
日本での再上場も選択肢の一つとして挙げられている。スターバックス コーヒー ジャパンはかつて2001年にJASDAQに上場し、2015年に米本社が完全子会社化して上場廃止となった経緯がある。再上場は米本社が株式を段階的に売却する手段であり、売却益の最大化という観点から合理的な選択肢だ。ただし上場準備には相当の時間を要するため、短期的な資金ニーズとのバランスが問われる。
「日本の安定したコーヒー市場と高い直営比率が生む収益の質は、買い手にとってきわめて魅力的。価格がまとまれば複数の入札者が出てきてもおかしくない」(杉田氏)
買収後に何が変わるか…「直営9割」の解体リスク
読者が最も気になるのは、「自分が通うスタバは変わるのか」という点だろう。ここが今回のディールの核心でもある。
日本のスターバックスは、約2100店舗の9割を直営で展開しており、安定した収益基盤を持つ。この直営比率の高さこそが、日本のスターバックスが「ブランドとしての強度」を維持できてきた最大の理由だ。接客トレーニングの均質化、店舗デザインの統一、居心地の良い空間づくりへのこだわり——これらはすべて、直営モデルによって初めて実現できる。
もし新オーナーがPEファンドであった場合、収益性向上のためにFC(フランチャイズ)展開を急加速させる可能性が否定できない。直営からFCへの転換は短期的な利益率改善をもたらす一方、接客品質のバラつきや店舗空間の「コスト最適化」(ゆったりした座席の削減など)を招くリスクがある。
一方、事業会社が買い手となる場合には、相乗効果を重視する傾向があり、ブランド毀損への配慮からFC化は緩やかなペースにとどまる可能性がある。また、IPOの場合は上場企業としての情報開示義務とパブリックな株主の目線が、急激な方針転換への抑止力として機能しうる。
「優良フランチャイズブランドの買収後は、まずブランドガイドラインを維持しながら財務改善を優先するのが定石。ただし投資回収期間が短い場合は、効率化圧力が早期にかかるケースもある」(同)
「株主優待復活」への期待と現実
再上場の観測が浮上したことで、一部の個人投資家の間ではかつての株主優待——ドリンク無料引換券——の復活を期待する声も出ている。スターバックス コーヒー ジャパンは2001年の上場時代、こうした優待制度で個人投資家に広く親しまれていた。
ただし、冷静に見れば、今回のIPO検討はあくまで米本社が「高く売り抜ける」ための手段であり、日本の個人投資家への還元を主目的とするものではない。再上場後の資本政策は新たな経営体制と株主構成に依存するため、優待の復活を前提に期待値を形成することには慎重であるべきだ。
今回の報道はあくまで初期段階の協議であり、売却は最終決定しておらず、スターバックスからのコメントも得られていない。検討が具体化するまでには、なお時間を要する可能性もある。
しかし方向性は明確だ。米スターバックスは「世界中の店舗を直接抱えるオーナー」から「プレミアムコーヒーブランドのライセンサー」へと軸足を移しつつある。その流れの中で、日本事業もいつかは「外部資本が運営するスターバックス」になる日が来るかもしれない。
問われるのは、買収後の経営者が短期的な収益効率よりもブランドの長期的な価値を優先できるか否かだ。日本のスターバックスが「コーヒーと居場所を売る企業」であり続けるか、それとも効率重視の大手チェーンの一つに収斂していくか——その分岐点は、今年後半にも訪れるかもしれない。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=杉田誠/外食産業コンサルタント)










