AI時代の「強い組織の方程式」…元ソニーCEO平井一夫氏が語るリーダーの条件

●この記事のポイント
AIエージェントの普及で組織運営やリーダーシップが変わる中、「知識創造DAY 2026」では、元ソニーCEO平井一夫氏や元サッカー日本代表監督・西野朗氏らが登壇。暗黙知の形式知化、多様性を生かすマネジメント、EQ(感情知能)の重要性、人材育成、AIを活用したナレッジ継承など、AI時代に競争力を維持する「強い組織」の条件を多角的に議論した。
6月9日、AIナレッジプラットフォーム「Qast」を提供するany株式会社主催のビジネスカンファレンス「知識創造DAY 2026」が開催された。
「強い組織の方程式 ─ 新しい時代の組織のつくりかた」をテーマに、組織運営の最前線で活躍する有識者が集結。AIエージェントの普及により働き方やマネジメントの前提が変わりつつある中、「強い組織のあり方」を探る議論が展開された。
定型業務をAIが担うようになる時代、人間のマネージャーに求められる役割は何か──。各講演では、組織づくりやリーダーシップの実践論が提示された。
●目次
ベテランの「勘」を組織の資産に変えるには
本カンファレンスは、経営の第一線からスポーツの世界まで、異なるフィールドで組織をリードしてきた実践者が登壇した。組織のあり方や働きがいを、多面的に捉え直すためのセッションが続いた。

企業講演では、パナソニック アドバンストテクノロジー株式会社 戦略企画室の阿部敏久氏と、WildWise Holdings株式会社 DX推進部 部長の立花勇太氏が登壇した。テーマは「暗黙知が、組織の競争力になる ─ 異なる現場から見えた、強い組織の『知の方程式』」。ベテランが経験の中で培った感覚や判断基準である「暗黙知」を、マニュアルやルールとして共有できる「形式知」へどう転換するかについて議論した。


パナソニック アドバンストテクノロジーでは阿部氏が、技術継承に時間がかかるという課題に向き合う中で、自社にとっての暗黙知の重要性に至ったと振り返る。なかでも、設計ノウハウこそが暗黙知として重要であり、それ自体が競争力の源泉になることを改めて認識できたという。こうした気づきを踏まえ、業務を「短期的にはROIは高いが、差別化につながりにくい庶務」と「時間はかかるが宝となる高付加価値の暗黙知」に切り分け、後者を意識的にマネジメントする重要性を指摘した。そのうえで、暗黙知を長期にわたって蓄積するだけでなく、スピーディーに共有・再現していくためのインフラとして、Qastをはじめとするナレッジマネジメントツールの有効性について言及した。
WildWise Holdingsの立花氏は、暗黙知のマネジメントでは「まずその価値を自社に認知してもらうことがスタートだった」と語る。自ら接客や品出しなどの現場業務を経験し、暗黙知の価値を体感して言語化することから始めたという。こうして得た感覚を踏まえ、「この人がいなくなったら会社が止まるのではないか」という問いを通じて、暗黙知を残すことを経営課題として経営層に提起した。こうした問題提起を足がかりに、Qastといったナレッジマネジメントツールへの投資を進めたことで、目立たなかった人の価値の可視化や他部署へのリスペクト、「人にしかできない仕事」の再認識が進み、会社全体のモチベーション向上につながっていると強調した。
強い組織に「多様性」は本当に必要か
特別セッションでは、any株式会社の清水隆太氏がモデレーターを務め、株式会社JR東日本パーソネルサービス 経営戦略部の小西好美氏と、株式会社EVeM 代表取締役CEOの長村禎庸氏が登壇した。テーマは「AIエージェント時代、マネージャーの担う役割とは ─ 異なる立場から問い直す、これからのマネジメント」で、強い組織に多様性は必要なのかを議論した。



多様性について小西氏は、男性中心の意思決定では顧客の多様な視点を十分に反映できず、同質性がリスクとなり、女性視点での新しいサービス立ち上げにも支障が出ると指摘した。女性活躍推進の必要性とともに、「女性としてどう思いますか」と個人に対して女性代表として意見を求める問いかけが無意識に行われているとし、こうしたアンコンシャスバイアスが構造的な課題として根強く残っていると語った。
長村氏は、多様性は社会的要請であるだけでなく「会社が勝つために必要な条件」だと強調した。完全な正解が見えない時代には、多様な視点が意思決定の質を高めるからだ。一方で、多様な意見をまとめようとすると、マネージャーへの負荷も大きくなる。だからこそ、多様性を生かす鍵は、「最後は何を言われようと自分が決める」と覚悟を持ち、意思決定を引き受けることだと語る。そうしたマネージャーにとっては、多様な意見は決定の養分であり、反論や意見をもらえばもらうだけ得になると示した。
基調講演Ⅰには、前サッカー日本代表監督の西野朗氏が登壇し、「勝ち続けるチームには、ぶれない判断軸がある ─ J1リーグ歴代最多勝利監督が語る、強い組織の条件」をテーマに登壇。西野氏は、とくに母国語でのコミュニケーションが持つ力を強調し、「最後に苦しい場面で『走れ』『行け』といった言葉が本当に届くのは、母国語だからこそ」という趣旨のメッセージを述べた。サッカーという競技を通じて、グローバルな舞台で戦うリーダーに求められる判断軸とコミュニケーションのあり方について、実践に裏打ちされた知見を共有した。

AI時代にこそ問われるEQとリーダーの条件
基調講演Ⅱには、元ソニー社長兼CEOの平井一夫氏が登壇。一橋ビジネススクール特任教授の楠木建氏をモデレーターに迎え、「強い組織は、リーダーの意志から始まる ─ AI時代が問い直す、リーダーの条件」をテーマにセッションが行われた。平井氏のこれまでの取り組みを振り返りながら、リーダーの役割を立体的に掘り下げていった。


平井氏は1995年からプレイステーション事業の立ち上げと拡大を担い、2012年にソニー全体の社長兼CEOに就任。当時赤字だったソニーを立て直すことが、自身に課されたミッションだったと振り返る。
就任してまず取り組むべきだと考えたのが、会社の存在意義=パーパスを定義し、グローバルかつ多様な事業を抱える組織全体に共通認識として浸透させることだった。そこで、「感動(KANDO)」をパーパスの中核に据えた。
単なるスローガンにとどめず、社員同士の会話の中で自然に「感動」という言葉が出てくるレベルまで文化として根づかせることを目指した結果、会議では「この商品の感動ポイントは何か」「このゲームは何に感動してもらうのか」といった問いが当たり前のように飛び交うようになった。3年目頃から業績指標も改善し、社員の表情や目つきも明らかに変わっていったという。
リーダーの役割について平井氏は、「戦略はみんなで決めればいい。しかし、現場に出て社員とコミュニケーションするのはリーダーにしかできない仕事だ」と強調する。一般的に「戦略はトップが考え、現場とのコミュニケーションは現場任せ」となりがちな構図を逆転させ、「現場に足を運び、感動というパーパスを自分たちのミッション・ビジョン・バリューに落とし込んでもらうことこそ、リーダーに求められる姿勢だ」と語った。
そしてAI時代のリーダーに必要な要素として挙げたのが、「EQ(Emotional Intelligence=感情知能)の高さ」、すなわち心の知能指数である。相手の立場に立って対話し、公平に判断し、相談に乗り、感情に振り回されずに向き合うといった人間力は、AIには代替できない。「伸びるリーダーは、人間として尊敬されている人だ。肩書きは、その人が尊敬されているからこそ活きる」と平井氏は語り、AIが意思決定や分析を支援する時代だからこそ、人間としての信頼とEQを伴ったリーダーシップが一層重要になると強調した。
判断基準を再利用可能にする「Qast Clone」
プログラムの最後には、any株式会社 代表取締役CEOの吉田和史氏が登壇し、新サービス「Qast Clone」を発表した。

Qast Cloneは、社内に蓄積されたナレッジをAIで「クローン化」し、自社の判断基準を再利用可能にすることを目指すサービスだ。過去の会議データや資料を構造化し、クローン化したい本人へのインタビューも組み合わせることで、チャット相談や資料レビューに応答できるAIエージェントを生成する。これにより、特定の個人に依存していた判断基準を組織の資産として残し、競争優位の源泉へと高めていくことを目指している。
AIが業務を担う時代だからこそ、競争力を左右するのは、人が持つ判断力や対話力、そして組織知をどう蓄積・継承するかという点であることを、各講演は共通して示していた。「知識創造DAY 2026」は、AIエージェント時代に、強い組織であり続けるために自分たちの現場で何を変えるべきかを考える一日となった。
(取材・文=福永太郎)











