「衰退産業」がAIで激変…土木業界で始まる「図面照査10倍効率化」の衝撃

●この記事のポイント
土木業界向けAIスタートアップMalmeが、設計図面の照査をAI・OCRで自動化する「CiviLink」により、AIピッチ「INTLOOP AI Frontier Pitch」でグランプリとオーディエンス賞を受賞。数千枚に及ぶ土木図面の作成・照査を最大10倍効率化し、人手不足やインフラ老朽化、技術継承といった課題の解決を目指す。土木特化のAIデータ基盤構想と、日本の技術を海外展開につなげる長期戦略にも迫る。
橋、道路、トンネル。私たちの生活を支える社会インフラを担いながら、土木業界は長らく「最もデジタル化が遅れた産業」と見なされてきた。下請け層の平均年齢は65歳ともいわれ、人手不足・技術継承・インフラ老朽化という三重苦を抱える。紙とエクセル中心のワークフローが、いまなお現場に色濃く残る。
スタートアップが最も参入しにくいと見られてきたこの“レガシー産業”から、AIの最前線を競う舞台の優勝企業が現れた。土木設計図面の照査をAIで支援する株式会社Malmeだ。同社は2026年6月、INTLOOP株式会社が開催したカンファレンス「INTLOOP Ventures MIX 2026」内のAIピッチ「INTLOOP AI Frontier Pitch」でグランプリとオーディエンス賞の2冠を獲得した。
代表取締役の高取佑氏は、元・建設コンサルタント。海外勤務で「日本の存在感が薄れていく」現実を目の当たりにし、2021年2月にあえてこの業界へ飛び込んだ。AIという旬のテーマの裏側で、彼は何を変えようとしているのか。一人の起業家の覚悟と長期ビジョンを聞いた。
●目次
- “最も変わらない業界”から現れた優勝者
- なぜ、あえて「土木×スタートアップ」だったのか
- 数千枚の図面と「効率化10倍」の現実味
- 顧客に「張り付く」という最大の強み
- 業界全体のインフラをつくる―データ基盤という構想
- 消えゆく故郷と、ロストテクノロジーへの危機感
- 社会課題に挑む“奇跡のタイミング”
“最も変わらない業界”から現れた優勝者
まず高取氏に、2冠受賞の手応えと評価のポイントを尋ねた。
「他社のピッチを見られなかったので比較はできないんですが」と前置きしたうえで、最大の評価ポイントは、社会インフラの課題に正面から切り込んだ点にあった、と高取氏は分析する。
「埼玉で道路が陥没したような事故が、これからいろんなところで起こり得る。そう言われているなかで、日頃からそういう情報が頭に入っている方が、ピッチを聞いて自分事として受け止めてくださったのだと思います」
裏を返せば、それは土木業界の課題が「専門家の危機感」と「社会の認識」の間に、大きな時差を抱えていることの証でもある。高取氏によれば、専門家が国に対して老朽化への警鐘を鳴らす“最後通告”のような文書を出したのは、すでに10年前のことだという。
「物流の人手不足は、もう5、6年みんなが言い続けているから、なんとなく『やばい』が定着しつつある。でも道路は、まだ全然です」
その時差を埋める手段として、AIが現れた。これまでのITやDXは、土木の現場を動かせなかった、と高取氏は振り返る。「現場の人に与えるインパクトが限定的で、ちょっとした業務支援にとどまっていた」からだ。だが今回のAIは違う、という手応えがある。深刻な人手不足に「お先真っ暗」だった現場に、ようやく可能性が見えてきた。その期待値の高さを、高取氏は確かに感じている。
なぜ、あえて「土木×スタートアップ」だったのか

高取氏が土木業界の現在地に強い問題意識を持つのは、その原点に海外での原体験があるからだ。
東日本大震災の年に社会人となった高取氏は、九州大学大学院を修了後、建設コンサルタント大手のパシフィックコンサルタンツに入社。ODA(途上国政府の政策立案支援)や日系企業の海外展開支援に携わり、約8年間を海外で過ごした。最初の数年、日本のインフラづくりは現地で絶大な信頼を集めていたという。
「来てくれてありがとう、と言ってもらえることが多かった」
ところが、年を追うごとに風景は変わっていく。中国製・韓国製の製品が台頭し、インフラ事業もヨーロッパや中国の企業が安価に受注するようになった。日本人のプレゼンスは、目に見えて低下していった。
その要因として高取氏が挙げるのが、現地で耳にした日本企業へのある“あだ名”だ。
「アジアの人たちは『NATO』と言うんです。北大西洋条約機構のNATOではなくて、ノー・アクション・トーク・オンリー。会議や打ち合わせには来るけれど、ゴルフして帰るだけ。話すけど行動はしないよね、という意味です」
支援が「形だけ」になってきた──現地でそう言われる悔しさが、高取氏の起業の原動力となった。帰国後はドローンベンチャーのテラドローンで技術統括として3次元技術全般に携わり、2021年2月に自らMalmeを立ち上げる。少人数でも現場に本当の効果をもたらす日本企業が、もっと出てこなければならないーー。その思いが、「土木業界をアップデートする」「ドボクをもっとおもしろく」というMalmeのミッションに込められている。
数千枚の図面と「効率化10倍」の現実味
では、Malmeは具体的に何を解決するのか。主力プロダクト「CiviLink」が挑むのは、土木設計に特有の、気の遠くなるような“紙のプロセス”だ。
高取氏が例に挙げたのは、一つの橋の設計である。橋を一つ設計するために作成する図面は、数千枚に及ぶ。技術者が計算を重ねて一枚を仕上げ、上司がチェックし、発注者に提出し、レビューを受け、修正する。それを延々と繰り返し、数千枚を積み上げていく。
「物づくりの現場では、3DCADや自動の工作機械が当たり前になっている。それなのに僕らはなぜか、まだ紙の作成・修正というアナログなプロセスを続けている」
CiviLinkは、AI・OCRで図面情報を読み解き、この照査・品質管理を自動・半自動化する。単純作業を減らし、技術者を「本来向き合うべき能動的な仕事」に集中させる。それが高取氏の描く効率化の思想だ。
掲げる目標は「効率化10倍以上」。一見、誇張にも聞こえるこの数字には、二つの裏付けがあると高取氏は言う。一つは、破壊的なプロダクトには現状比10倍のインパクトが必要だという、スタートアップの世界で語られる定石。そしてもう一つは、より具体的な実績だ。
「顧客に費用対効果を提示するんですが、実際に10倍が出せるんです。今まで人件費をかけてやっていた単純作業が、10分の1のコストになる。あるいは10倍早く終わる。ツールを提供している僕らですら利益を確保できるくらいのインパクトが、AIを絡ませることで実現できている」
人手不足が深刻化する土木の現場にとって、単純作業の省力化が持つ意味は大きい。地方に行けば事情はより切実だ。外国人労働者でなんとか賄える都市部と違い、地方では入札業者そのものが数えるほどしかない。70歳を超えても図面を引き、現場に出るベテランが、地域のインフラをかろうじて支えている。
そうした高齢の熟練者こそ、AIの恩恵を受けられると高取氏は見る。これまでのITツールを「毛嫌い」してきた世代でも、本当に楽になるなら使ってもらえる、と。
顧客に「張り付く」という最大の強み
CiviLinkが現場に受け入れられる背景には、Malmeという会社の成り立ちそのものに関わる強みがある。顧客対応の最前線に立つのが、ITエンジニアでも営業担当でもなく、元・土木業界の経営者や技術者だという点だ。
「業界の中にいた人間が、お客さんの目の前でシステムの要件を固めていく。ここが一つの特徴です」
しかも、その関わり方は徹底している。定期的なミーティングで進める従来型の開発とは違い、Malmeは顧客に物理的に「張り付く」。
「いま一番張り付かせてもらっている名古屋のゼネコンさんでは、近くに宿を借りて、いつ呼ばれてもいいように待機しています。先方の社内に僕らのブースまで作ってもらった。お客さん以上に、お客さんの欲しいものを理解して作る。そこをテーマにしています」
この“現場主義”は、実は意図して仕込んだものではなかった。AIブームが来る5年前から、Malmeは土木技術者を中心に据えて創業していた。ベンダーと現場のミスコミュニケーションこそが、従来のITや建設DXが失敗してきた原因だ──その反省から生まれた設計思想が、AIの波と偶然かみ合った。高取氏自身、それを「結果論」と笑う。
こうした地力は、外部からの評価にもつながっている。Malmeは2024年3月、ジェネシア・ベンチャーズとDEEPCOREを引受先に、シードラウンドで総額1.7億円を調達。さらにJR東日本スタートアップとの資本業務提携をはじめ、大手との共創を広げてきた。その理由を、高取氏は自社の強みに引きつけて見ている。突出したAIエンジニアや圧倒的な業績があるわけではない。現場を深く理解しているという一点こそが、評価されているのだ、と。
業界全体のインフラをつくる―データ基盤という構想
足元ではAIツールを提供するMalmeだが、高取氏の視線はその先の構想に向かっている。鍵となるのが、土木業界に特化した「コンテキストデータ」の蓄積だ。
汎用的な基盤モデルでは到達できない、土木ならではの背景知識。Malmeは顧客から預かった図面を一枚ずつ読み解き、「この図面はどういう背景があってこう表現されているのか」を解釈し、自社のデータとして蓄積している。この地道な作業の積み重ねが、ChatGPTやClaudeといった汎用AIには出せない、土木特化のアウトプットを可能にする。
高取氏が理想として描くのは、この蓄積を業界の共有財にすることだ。AIを使いたい企業がMalmeのもとに集まり、蓄積されたコンテキストを使ってそれぞれがツールやアウトプットを生み出す。いわば、業界のAI活用を下支えするデータ基盤である。
ただ、高取氏はこの構想を慎重に語る。「自分たちだけが勝ちたいわけではない」と繰り返した。
「業界の中のプレイヤーはみんな忙しいし、人手不足で手が回らない。競争関係でもある。だからこそ、第三者であるスタートアップがこの役割を担うのは自然なことだと思っています」
AI業界でAnthropicやOpenAIが基盤モデルの“土台”をつくろうとしているように、土木業界にも誰かがその土台をつくる必要がある──。それを担うのにスタートアップという立場は理にかなっている、というのが高取氏の見立てだ。業界団体の寄付金では成し得ない以上、ビジネスとして向き合うしかない、とも言い添えた。
消えゆく故郷と、ロストテクノロジーへの危機感
高取氏が「業界のインフラ」にこだわる背景には、もう一つ、切実な危機感がある。かつて世界に誇った日本の土木・建設技術が、いまや外貨を獲得する手段になっていない、という悔しさだ。
インフラの老朽化は、日本やアメリカが世界に先駆けて直面している課題でもある。高取氏は、ここに勝機を見る。日本が先に課題を解き、そのナレッジを海外へ「輸出」できれば、強い武器になる。瀬戸大橋のような難工事のデータ、災害復旧のノウハウ──それらを蓄積し、言葉を変換するだけで各国に応用できるようにする。
「日本の土木技術は当時、本当に素晴らしかった。それが今、日本の強みになっていない。どこにも先駆けて僕らがこの領域をつくれれば、次の時代に技術者のノウハウを蓄え、外貨を稼ぐ手段になるんじゃないか」
技術が記録されないまま失われる怖さも、高取氏は肌で感じている。能登半島地震の復旧では、Malmeのプラットフォームが現地の技術者とゼネコンの連絡・図面共有の手段として一時的に活用された。半島の先端まで一本道しかなく、その道が断たれれば物資すら船で運ぶしかない。あれほど復旧の難しい現場はそうない、と高取氏は語る。だからこそ、その過程で得られるノウハウは、どこでも活かせる財産になる。
そして、この「日本の田舎を守りたい」という思いの源には、高取氏自身の故郷がある。佐賀県の島で育った高取氏。かつて200人ほどが暮らした島は、いまや住民70人ほどにまで減り、自治体としての存続も危ぶまれている。
「土木はインフラを作るだけじゃない。人が減って自治体機能を維持するのが合理的でなくなった限界集落を、それでも住み続けたいというお年寄りの思いを汲みながら、正しく“畳んでいく”。それも土木の大事な役割なんです」
故郷の風景と、自らの事業を重ね合わせる。高取氏の長期ビジョンは、そこに根を張っている。
社会課題に挑む“奇跡のタイミング”

最後に、レガシー産業や社会課題の領域で挑戦しようとする起業家へのメッセージを求めた。高取氏は、いまを「社会課題に向き合うのに、すごくいいタイミング」だと表現する。
AIが人間のタスクを代行していく中で、人に残される仕事は「社会課題を解く」「社会のためになる」方向へ寄っていく──そう高取氏は考えている。20年前のインターネット黎明期との違いも、そこにあるという。当時盛り上がったのはコンシューマー向けのサービスが中心だった。だが今回AIが本領を発揮するのは、むしろ社会や産業の領域だ。
「社会貢献したいという人にとって、本当に頼れる道具がいま手元にある。しかも小さく始められる。このタイミングでスタートアップを立ち上げられるのは、奇跡みたいなものだと思う。それをぜひ楽しんでほしい」
「衰退産業」と呼ばれてきた土木に、あえて飛び込んだ起業家の言葉には、悲壮感がない。むしろ、最も変わらないとされた業界にこそ、AIで切り拓ける未来があると信じる者の高揚がある。日本のインフラと、消えゆく地方の風景を次世代へつなぐ。高取氏とMalmeの挑戦は、まだ始まったばかりだ。
(取材・文=昼間たかし)











