格安ジムはなぜ潰れるのか…前年比160%増、過去最多倒産の裏に過当価格競争

●この記事のポイント
東京商工リサーチと帝国データバンクの調査で、2026年1〜8月のフィットネスクラブ倒産が26件と過去最多を記録、前年同期比160%増に達した。背景には光熱費高騰や円安による輸入機器コスト増、会員の”タイパ離れ”、そして倒産後に広がる居抜き物件・中古マシンの二次流通市場という構造変化がある。
東京商工リサーチ(TSR)の調査によると、2026年1〜8月の「フィットネスクラブ」倒産件数は26件に達し、過去最多を更新した。前年同期(2025年1〜8月)の10件から160.0%増という急増ぶりである。帝国データバンク(TDB)の集計でも、2026年1〜7月の倒産は23件(前年同期19件)にのぼり、「年間で初めて40件に到達する可能性がある」と指摘されている。コロナ禍以降に相次いだ「格安・無人・24時間ジム」の出店ラッシュから一転、なぜいま淘汰の嵐が吹き荒れているのか。膨張するコストと消費者心理の変容を客観的なデータから紐解き、あわせて業界の足元で動き始めた「倒産後の二次ビジネス」の実態にも迫る。
なお、フィットネスクラブの倒産は今回が初めての急増局面ではない。TSRの集計では2022年度(16件)から2023年度(28件)へと1年で12件増加し、当時すでに「統計開始以来最多」と報じられていた。それからわずか2年半で、8カ月間の集計だけで当時の年間件数(28件)に迫る水準まで達しており、淘汰のペースそのものが加速していることがうかがえる。
●目次
店舗を襲う「3大コスト」の壁
TSR・TDB両社の分析に共通するのは、出店競争の激化による「顧客の奪い合い」に加え、店舗運営を直撃する固定費上昇が収益を圧迫しているという構図だ。倒産理由の内訳を見ると、2026年1〜8月の26件のうち19件(構成比73.0%、前年同期比137.5%増)が「販売不振」によるものだった。会員獲得の鈍化と並行して、以下のようなコスト要因が経営を締め付けている。
電気代・光熱費の上昇:24時間営業・空調の常時稼働・シャワー設備の維持など、フィットネスクラブは業態特性上エネルギー消費量が大きい。TDBのレポートも「エネルギー価格上昇に伴う光熱費の増加」を倒産の背景要因の一つに明記している。特に会員単価を抑えた格安ジムは粗利益率が低く、月々数万円規模の光熱費増が直接的に収益を圧迫しやすい。
為替(円安)と輸入機器の調達・保守コスト:主要なトレーニングマシンには、テクノジムやライフフィットネスに代表されるような海外メーカー製品が広く採用されており、業界全体として輸入依存度が高い。2026年9月時点でも円相場は歴史的な円安水準からの脱却が見通せない状態が続いており、日本銀行の金融政策会合の行方が為替市場の焦点となっている。TDBも「輸入機器コストの負担増」を明確に倒産要因として挙げており、新規導入だけでなく老朽化した設備のリプレイスや部品交換のコストも膨らんでいるとみられる。
テナント賃料と人件費の上昇:駅近・好立地を巡る出店競争が賃料水準を押し上げる一方、無人運営を掲げる店舗であっても、清掃・防犯・定期メンテナンスにかかる人件費は避けられない。TDB・TSRいずれのレポートも「人材不足による人件費上昇」を共通の課題として指摘しており、最低賃金の引き上げ傾向も固定費の重荷となっている。
「格安・無人型ジムは、会員単価を極限まで下げることで急拡大してきたビジネスモデルです。そのぶん収益構造に余力が少なく、光熱費や賃料といった外的コストの上昇局面には非常に弱い。とりわけ設立10年未満の新興事業者は資本体力に乏しく、コスト増と会員伸び悩みが同時に来ると資金繰りが一気に悪化します」(経営コンサルタント・田辺晃成氏)
実際、TDBの分析でも設立「10年未満」の事業者が全体の6割超を占め、パーソナルジム業態だけで6件の倒産が発生するなど、体力の乏しい新興プレーヤーへのしわ寄せが顕著になっている。
「行かないサブスク」の見直しとタイパ志向
フィットネス業界の収益を長らく支えてきたのは、契約はしているが実際にはあまり通わない、いわゆる「幽霊会員」の存在だった。しかし物価上昇が家計を圧迫するなかで、このモデルは以前ほど成立しにくくなっている。
家計防衛意識の高まりとサブスク見直し:物価高が続くなかで消費者の固定費削減意識は着実に高まっており、「月額数千円だから」と契約したまま放置されていたジム会員権が、家計の見直しの対象として解約されるケースが増えているとみられる。低価格帯のジムほど、入会金無料や特別割引といった販促キャンペーンで会員を獲得する一方、正規料金への移行後に離脱率が高まりやすい構造的な弱点を抱えている点は、TSR・TDB双方のレポートが指摘するところだ。
「タイパ」志向の定着:着替え・移動・トレーニングを含めた総所要時間へのハードルは年々意識されるようになっており、自宅で完結するスマート機器やトレーニングアプリ、オンラインレッスン、屋外ランニングなど、店舗に通わない代替手段への分散も進んでいる。
格安ジムの”体験価値”の陳腐化:「マシンが置いてあるだけ」の省人型店舗では、利用マナーの乱れや器具の順番待ちが発生しやすく、指導者やコミュニティが存在しないぶん顧客満足度が上がりにくい。この結果、解約率(チャーンレート)が高止まりしやすい構造も指摘されている。
市場全体としては「chocoZAP」に代表される超低価格・コンビニ感覚のジムが新規利用者層を開拓し、フィットネス市場そのものを拡大させてきた側面もある。市場規模は拡大していても、その恩恵が均等に行き渡っているわけではなく、体力に乏しい中小・新興事業者ほど価格競争の巻き添えを受けやすい、という「拡大の陰での淘汰」がいまの業界の実像に近い。
「短期集中型のパーソナルジムは、2〜3カ月でダイエットという目的を達成すると、そこで契約が終わってしまいやすい業態です。参入障壁が低いぶん競合も増えやすく、次の会員を継続的に獲得し続けられるかどうかが生死を分けます」(同)
倒産後の世界——「負債の跡地」で動く周辺ビジネス
店舗閉鎖の裏側では、それに付随する周辺ビジネスにも一定の需要が生まれていると考えられる。ここは統計で裏付けられた確定情報というより、不動産・中古設備市場の一般的な商慣行や業界関係者の見立てに基づく考察であることを断ったうえで紹介したい。
居抜き物件の流動化:防音設備や強化床、シャワー配管などフィットネス店舗特有の内装・設備は解体・原状回復に相応のコストがかかるため、貸主・借主双方にとって、設備を活かしたまま次のテナントに引き継ぐ「居抜き」での契約は合理的な選択肢になりやすい。同種の運動施設(コインランドリー、インドアゴルフ練習場、ヨガ・ピラティススタジオなど)への転用が想定されるほか、居抜き専門の仲介プラットフォームを通じた物件流通も一般化しつつある。
中古トレーニングマシンの再流通:フィットネス機器の中古買取・販売を専門に扱う業者はすでに複数存在しており、閉店・移転にともなうマシンの引き取りや、地方の個人経営ジムへの再販、法人向けの業務用中古市場が形成されている。海外への輸出については確たる統計は見当たらないものの、日本国内で相対的に状態の良い中古機器が流通しやすいことを踏まえれば、一定の需要が存在すると考えるのは自然だろう。
原状回復・撤去工事の需要:大型マシンの解体・搬出や防音床の撤去には専門的なノウハウが必要であり、フィットネス施設特有の工事に慣れた業者への発注が増えている可能性はある。ただしこれも個別の受注動向として公表されている統計は乏しく、あくまで倒産件数の増加から論理的に推測される派生需要として捉えるべきだろう。
「閉店した店舗の造作をそのまま引き継げる居抜き物件は、初期投資を抑えたい次の出店者にとって魅力的です。ただし、前のテナントがなぜ退店したのかという収益構造上の問題まで引き継いでしまうと、同じ轍を踏みかねません。立地や設備だけでなく、なぜ撤退に至ったのかを分析した上で出店を判断することが重要です」(同)
筋トレブームの終焉ではなく構造転換
一連の倒産増加は、単純な「筋トレブームの終わり」ではない。コロナ禍を機に急拡大した「低価格・省人化」モデルが、円安による輸入コスト増、エネルギー価格の高止まり、人件費上昇という外的要因と、消費者の可処分所得縮小・タイパ志向という内的要因の両面から同時に締め付けられた結果と見るのが実態に近い。
TDBが年間40件到達の可能性に言及するように、当面この淘汰の流れが急速に収まる材料は見当たらない。今後は、圧倒的な店舗数と会員基盤を武器にコストを吸収できる大手チェーンのスケールメリットと、パーソナルトレーニングや専門コンセプトなど明確な付加価値を打ち出せる特化型事業者への二極化が一段と進むとみられる。逆に言えば、価格の安さだけを訴求し、体験価値や継続動機を提供できない「中間層」の無特徴な店舗から淘汰されていく構図は、今後も業界再編の基本パターンとして続く可能性が高い。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=田辺晃成/経営コンサルタント)
【主な参照データ・出典】
東京商工リサーチ「『フィットネスクラブ』の倒産が過去最多を更新へ 1-8月は26件、市場拡大もレッドオーシャンの兆し」(2026年9月7日)
東京商工リサーチ「フィットネスクラブの倒産が急増、過去最多を更新中」(2024年3月7日)
帝国データバンク「『フィットネスクラブ』の倒産動向(2026年1-7月)」(2026年8月13日)










