電気代0.01円の昼、100倍高騰の夕方…「ダックカーブ」が変える電力の常識

●この記事のポイント
太陽光普及でJEPXスポット価格は昼間0.01円/kWhまで下落する一方、17〜19時は急騰する「ダックカーブ」現象が発生。2026年夏は東京電力エリアの予備率が0.9%まで低下する見通しの中、蓄電池アービトラージやVPP、家庭の”昼シフト”が新たな経済圏を生んでいる実態をデータで解説。
連日の猛暑が報じられるたび、「これだけ暑いのだから冷房需要が多くなるはず。電気は足りているのだろうか」と不安になる人は多いだろう。しかし電力市場のデータを見ると、実態は多くの人の直感とずれている。太陽光発電が最も活発に働く日中の時間帯、電力は「足りない」どころか「余りすぎている」局面すら生まれているからだ。
経済産業省は2025年10月末、2026年度夏季の電力需給見通しを公表し、東京電力エリアの予備率が8月に0.9%まで落ち込むという、極めて厳しい数字を示した。安定供給の目安とされる3%を大きく下回る水準で、大型火力発電所の補修・休止による供給力減少と、猛暑による需要増加が重なった結果だという。
問題は「一日中足りない」わけではないという点だ。太陽光発電の急拡大により、日中の電力は市場価格が1kWhあたり0.01円という、ほぼタダ同然の水準まで値崩れする一方、日没とともに太陽光の出力が消えていく夕方の時間帯には、価格が数十倍から数百倍に跳ね上がる。本当の綱渡りは、炎天下の昼ではなく、日が傾き始める17時前後に訪れているのである。
この記事では、電力市場に生じている「昼はタダ同然、夕方は高騰」という構造的な歪みの実態と、それを商機に変える企業の動き、そして家庭でもできる新しい節約術を、公開データに基づいて整理する。
●目次
- データで見る電力市場の歪み——「ダックカーブ」の衝撃
- 新ビジネスの激変——「時間をずらして稼ぐ」企業たち
- 意外な真実——家庭も「昼間シフト」で電気代が安くなる時代へ
- 「エネルギーの時間軸」を意識した者が勝つ
データで見る電力市場の歪み——「ダックカーブ」の衝撃
日本卸電力取引所(JEPX)のスポット市場では、太陽光発電の普及が進んだ地域を中心に、晴天の日中に供給が需要を上回り、約定価格が0.01円/kWhに張り付く「0円コマ」が恒常的に発生するようになっている。固定価格買取制度(FIT)の対象となる太陽光の売電分は、発電コストが実質ゼロに近いため、0.01円でも売った方が合理的という入札行動が背景にある。ある試算では、太陽光比率が30〜34%に達する10〜14時台の平均価格が1kWhあたり9.8〜11.0円まで下がる一方、九州や四国など太陽光導入量の多いエリアでは、晴天の休日に0.01円のコマが頻発することも報告されている。
この現象を象徴するのが「ダックカーブ」と呼ばれる需給曲線だ。総需要から太陽光・風力の発電量を差し引いた「ネット需要」を24時間分プロットすると、日中に大きく落ち込み、夕方に太陽光が急速に失われるタイミングで跳ね上がる形が、アヒルの背中と首のように見えることからこの名がついた。実際に9エリア合計のデータでは、日の出とともに太陽光出力が急増してネット需要が沈み込み、17時から19時にかけて太陽光が消えると同時に火力発電への切り替えが急激に必要になる様子が確認できる。
2026年に入ってからは、この構造的な変動に加えて別の要因も重なった。東京電力エナジーパートナーとJERAの長期契約が2026年3月末で終了してスポット市場への入札が増加したこと、東北・東京間の連系線の運用容量が工事で抑制されていること、火力発電機の計画外停止や定期点検により供給力が前年より約300万kW弱減少していることなどが、市場の変動幅をさらに押し広げている。
なぜ送配電網はこの変動を吸収できないのか。理由は電気という財の性質にある。発電した瞬間に消費されなければならず、大規模に安く貯めておく手段が限られているため、「発電できるタイミング」と「使いたいタイミング」がずれるほど、価格差は開かざるを得ない。この「時間のミスマッチ」こそが、今の電力市場の歪みの根源である。
新ビジネスの激変——「時間をずらして稼ぐ」企業たち
この歪みを収益源に変える動きが、蓄電池ビジネスの急拡大だ。昼間の安い電力を蓄電池に充電し、価格が跳ね上がる夕方に放電して差益(サヤ)を得る、いわゆる「アービトラージ」が経済合理性を持ち始めている。系統に直接つながる大型の系統用蓄電池だけでなく、企業や家庭の分散型設備を束ねて一つの発電所のように機能させる「VPP(バーチャルパワープラント)」への参入企業は100社を超える可能性があるとの指摘もある。
制度面の変化も追い風になっている。2026年度は「低圧VPP元年」と位置づけられ、これまで大規模需要家中心だった需給調整市場に、家庭用蓄電池やEVが参入できる仕組みが整いつつある。VPP・DR事業者のシェア調査では、自然電力グループのShizen Connectが法人契約数で約25%のシェアを持つトップ事業者とされ、対応する蓄電池メーカーは9社、出荷台数ベースのカバー率は約80%に達するという報告もある。
ただし収益環境は常に一定ではない。調整力市場では、一次調整力・二次調整力①などの上限価格を2026年9月納入分から1kWあたり15円から10円へ引き下げる案が議論されており、高値での約定に依存していた事業者は収益モデルの見直しを迫られている。
「かつての節電は”我慢”が前提だった。しかし今は、AIとセンサーで夕方のピークを自動的に予測し、蓄電池やEVの充放電、空調の稼働をあらかじめ制御することで、我慢せずにコストを削減できる時代に入っている。特にオフィスビルや工場など、17時以降も稼働が続く事業所ほど、この仕組みの恩恵は大きい」(エネルギー政策研究家・佐伯俊也氏)
単なる節電から、時間差を利用した「自動制御による利益化」へと発想の転換が進んでいる。
意外な真実——家庭も「昼間シフト」で電気代が安くなる時代へ
「電気代を抑えるなら深夜」という常識も、書き換えが進んでいる。従来はオール電化住宅を中心に、夜間の電力量料金を割安にするプランが主流だった。しかし太陽光の普及が進んだ今、電力各社は昼間の時間帯を割安にする料金メニューの拡充に動いている。東京電力エナジーパートナーは、太陽光発電設備や「おひさまエコキュート」を持つ家庭向けに、日中に発電した電気を自家消費しながら、不足分は割安に補える料金プランを提供している。
生活者にとっての実践的な意味は明快だ。旧来の常識は「電気代が高いから昼間の家電使用を控える」だったが、新しい常識は「電気が余っている昼間の10時から15時ごろに、洗濯乾燥機や食洗機を回し、電気自動車を充電する」というものになる。特にEVや家庭用蓄電池を持つ世帯では、昼間に充電し、価格が上がる夕方から夜にかけて自家消費に切り替えることで、実質的な電気代を圧縮できる余地が生まれている。
見逃せないのは、この個人の行動変化が単なる家計防衛にとどまらない点だ。多くの世帯が夕方の電力使用を昼間にずらせば、需給が最も逼迫する17時台の負荷そのものが下がり、社会全体の需給ひっ迫リスクを和らげることにつながる。節約と、電力インフラの安定という公共的な利益が、同じ行動によって同時に達成される構造になっている。
「エコキュートやEVなど”時間をずらせる”設備を持つ家庭ほど、今後の料金メニューの恩恵を受けやすい。一方で設備がない家庭でも、洗濯や食洗機のタイマー設定を昼間にずらすだけで、契約プラン次第では十分に効果が出る」
設備投資の有無にかかわらず、行動をシフトするだけで得られるメリットがある点は、幅広い読者にとって参考になるはずだ。
「エネルギーの時間軸」を意識した者が勝つ
これまで電力コストの議論は、「どれだけ使うか」という総量の発想が中心だった。しかし太陽光の大量導入が進んだ今の市場では、「いつ使うか」という時間軸の発想が、コスト構造を大きく左右するようになっている。日中は限りなく安く、夕方は跳ね上がるという価格差そのものが、行動を変えるインセンティブになっているのである。
この構造変化は単なるコスト削減の機会にとどまらない。夏季の需給ひっ迫が繰り返し警戒される中、電力調達の時間軸を見直すことは、事業継続計画(BCP)の一部として位置づけられる課題になりつつある。同時に、蓄電池やVPP、デマンドレスポンスといった新しい技術領域は、エネルギー業界に限らず、不動産、製造、小売など幅広い業種にとって新たな事業機会にもなり得る。
真夏の本当のピークは、炎天下の昼ではなく、太陽が沈み始める17時に訪れる——この事実を正しく理解し、時間軸を意識した行動に切り替えられるかどうかが、これからの電力コストとの付き合い方を大きく左右していくだろう。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=佐伯俊也/エネルギー政策研究家)











