ビジネスジャーナル > 企業ニュース > アスエネ135億円調達の本当の狙い…ブラックロック系が賭けた「AI×脱炭素」の勝算

アスエネ135億円調達の本当の狙い…ブラックロック系が賭けた「AI×脱炭素」の勝算

2026.07.25 05:55 2026.07.24 20:20 企業
取材・文=昼間たかし
アスエネ135億円調達の本当の狙い…ブラックロック系が賭けた「AI×脱炭素」の勝算の画像1
アスエネ・西和田浩平CEO

●この記事のポイント
アスエネがシリーズDで135億円を調達し、累計調達額は250億円に到達。ブラックロックとテマセク系ファンドによる日本の未上場企業への初出資や、英国Secaroの最大60億円買収を通じてAI・M&A戦略を加速する。一方、EUのサステナビリティ開示規制見直しなど市場環境の変化を踏まえ、「規制頼み」からデータ資産と収益性を軸にした成長モデルへの転換が成功するかを検証する。

 国内クライメートテック最大手のアスエネ株式会社が、シリーズDラウンドで135億円を調達したと発表した。累計調達額は250億円に達し、リード投資家にはブラックロックとシンガポール政府系投資会社テマセクが共同運営する脱炭素特化ファンド「Decarbonization Partners」が入った。同ファンドが日本の未上場企業に出資するのは今回が初めてとなる。同時に、英国のサプライチェーンCO2可視化企業Secaroの運営会社を最大60億円で買収したことも明らかにした。

 だがこの発表を、単なる「勢いのある成長ストーリー」として読むのは早計だ。世界の気候テック市場では今、資金が一部の大型案件に集中する一方、成長の前提だった開示規制そのものが欧州で後退し始めている。アスエネが「AIサステナビリティ統合カンパニー」への転換を掲げたタイミングは、この二つの潮流のちょうど交差点に位置している。

 同社は2026年7月23日、虎ノ門ヒルズフォーラムで開催中の「ASUENE SUSTAINABILITY SUMMIT 2026」の会場内で囲み取材を実施した。本稿では会見での発言と記者との質疑、そして国際的な市場動向を突き合わせ、この発表の意味を検証する。

●目次

シリーズDで135億円、累計250億円に

 西和田浩平CEOはまず、シリーズDラウンドで135億円を調達したと発表した。過去の累計と合わせると調達総額は250億円に達する。

「今回のリード投資家は、世界最大の資産運用会社であるブラックロックの脱炭素ファンド、ディカーボナイゼーション・パートナーズです。彼らとしては日本で初めての投資になります」

 Decarbonization Partnersは、ブラックロックとテマセクが共同設立した脱炭素特化ファンドで、これまでに世界30以上の機関投資家から14億ドルを集めている。

 135億円の内訳は、第三者割当増資(プライマリー)が68億円、既存株主・従業員を対象としたセカンダリー取引が37億円、残る約30億円は三井住友銀行からの借入(デットファイナンス)だった。セカンダリーには従業員のストックオプション行使に伴う保有株式の買い取りも含まれており、海外投資家を交えた形での実施は未上場スタートアップとして国内初だという。

 プレスリリースに寄せた西和田氏のコメントでは、交渉の過程がより率直に語られている。

「約10カ月に及ぶ交渉は、多くの投資家・関係者が関わる複雑かつ難易度の高いディールであり、生成AIをはじめとする外部環境の急速な変化のなか、数々の困難とハードシングスに直面する道のりでした」

「生成AIをはじめとする外部環境の急速な変化」という表現は、質疑応答で語られた2月にアンソロピックが発表した生成AIの急速な性能向上を受け、SaaS企業の将来性への懸念が広がり関連株が下落した、いわゆる「アンソロピック・ショック」によるバリュエーション交渉の一幕を指しているとみられる。10カ月という期間は、シリーズDとしては決して短くない交渉期間だ。

 プライマリーの引受先は8社。新規投資家としてDecarbonization Partnersのほか、マレーシア国営エネルギー企業ペトロナスが100%出資するCVC「Twin Towers Ventures」、そして個人投資家としてボストン コンサルティング グループ元日本代表の杉田浩章氏が参加した。既存投資家からはSPARX(スパークス・アセット・マネジメント)、Incubate Fund、環境エネルギー投資、ダイキン工業、RICOH Innovation Fund、GLIN Impact Capitalが追加出資した。ダイキンとリコーという事業会社2社が名を連ねている点は、CVC的な事業シナジー(空調・設備領域や複合機販売網とのデータ連携)を見込んだ布陣とも読める。

 この2年間(2024年6月〜2026年7月)の実績について、アスエネはARR(年間経常収益)成長率390%、企業価値182%上昇、従業員数250名から530名への倍増、グローバル拠点数4カ国から6カ国への拡大、M&A件数0件から8件への積み上げをKPIとして公表した。導入企業数は6万4000社、東証プライム上場企業のうち600社超が利用しCO2見える化サービスでシェア40%・国内No.1になるという。

 DPが日本のスタートアップへの初出資先としてアスエネを選んだ理由について、プレスリリースでは「日本とアジアNo.1の市場ポジション」「独自性とシナジーの高いマルチプロダクトのテクノロジープラットフォーム」「経営陣の戦略指揮とメンバーの高度なオペレーション能力」「プライム上場企業の約40%のシェアを獲得してサプライチェーンを抑えている導入実績」の4点が挙げられている。

英国Secaroを最大60億円で買収、8件目のM&A

 2つ目の発表は、英国のサプライチェーンCO2可視化プラットフォーム「Secaro」運営会社の100%株式取得だ。6月末に買収を実行済みだという。

「アップフロントの買収額は非開示ですが、事業が一定の成長目標を達成すれば追加で支払うアーンアウト条項を含めて、最大60億円を支払う可能性があります」

 Secaroの運営会社は英オックスフォードに本社を置く2degrees Ltd(CEO:Toby Newman氏)。2008年設立で、世界初の協調型サステナブルビジネスコミュニティ「2degrees」の運営から始まり、2018年にサプライチェーンCO2可視化プラットフォーム「Manufacture 2030」を提供開始、2022年に世界経済フォーラム(WEF)のTechnology Pioneerに選出され、2025年に現行の「Secaro」へリブランドしている。自動車・製薬・消費財分野を中心に、トヨタ、ホンダ、GM、トヨタ紡織、フォード、アストラゼネカ、ジョンソン・エンド・ジョンソン、ユニリーバなど世界有数の企業とのネットワークを持ち、90カ国以上・8000社超の製造業サプライチェーンネットワークを築いている。売上の半分以上は米国、残りは英国を含む欧州が占める。従業員数は約50名で、記者からの質問に対し西和田氏は「売上高自体は開示していない」と答えた。

 買収の狙いとして、製造業サプライチェーンの頂点にいる大手バイヤー企業を顧客に持つことでのネットワーク効果と、欧州・英国での現地マネジメント人材の獲得の2点を挙げた。アスエネの欧州事業会社ASUENE EUROPEとSecaroは、2026年12月末までに統合・合併する予定だという。

 これでアスエネのM&Aは創業以来累計8件目。直近2年の実行分は日本国内5件、海外3件(米国2件・英国1件)で、米国では2025年5月にNZero、同年10月にIconic Airを買収している。

「連続買収企業」への転換と、単月黒字化という防御線

 西和田氏は会見の後半、今後の方向性として「AIサステナビリティ統合カンパニー」と「連続買収企業(シリアルアクワイアラー)」の2つを掲げた。

「脱炭素やサステナビリティ、エネルギーの分野であれば、アスエネに頼めば何でもできるという世界観を作ることが重要だと思っています」

 もともと営業力・オペレーション力を強みとするオーガニックグロース型の会社だったとした上で、そこにM&Aによる非連続成長を組み合わせ、日本・米国・欧州を中心に買収を継続する方針を示した。米国は日本の10倍以上の市場規模、欧州はドイツやイタリアなど製造業需要の高い国を重点的に狙うという。

 資金使途については、新規調達135億円のうちセカンダリー分を除いた実質98億円の8割以上をM&Aに充てる方針だと説明した。

「実は単月でキャッシュフローがポジティブになっているので、オーガニックに事業を伸ばすだけなら資金は必要ありません。基本的にはM&Aと、AIの開発、一部マーケティングに使っていきます」

 単月黒字化という発言は、資金調達を重ねてきた同社の財務体質を示す材料として持ち出されたものだが、通期の損益や具体的な利益水準についての言及はなかった。

投資家が評価したのは成長率ではなく「利益」だった

 ブラックロック系・ペトロナス系という海外投資家が、アスエネのどこを評価しているのかについて、西和田氏は3点を挙げている。

 1つ目は顧客獲得の実績とそこから生まれるデータだ。「AIの時代に何が競合優位になるかというと、結局データです。お客様の大事なクローズドデータをどれだけ持っているかが、AIを活用する上での大きな競合優位になる」とし、製造業のサプライチェーン領域では国内2番手の競合に対して7〜8倍のシェアを持つと説明した。

 2つ目はオペレーション・営業の実行力、3つ目は「経営陣がケチ」であることだという。

「今の投資家は、事業が伸びているだけでは評価しません。伸ばした上で利益を出せるかを見ている。直近ではARR300億円ぐらいの企業の発表もありましたが、事業の成長自体はすごくいい。でも評価されていないのは、そのフェーズになっても利益が出ていないという点です」

 具体名は挙げていないが、文脈からSaaS企業一般との対比として語られたと見られる。成長と収益性の両立を重視する投資家の姿勢を、「デューデリジェンスを通じて相当議論してきたポイント」だと説明した。

海外M&Aの成功要因と、AIネイティブ化を巡る質疑

 さらに西和田氏は、過去7件のM&A先の売上成長率が前年比70〜80%程度で推移していることを実績に挙げた。

 ここで西和田氏は、自身が三井物産時代にブラジルでM&A・PMI(統合)を経験していることに触れ、「M&Aされた会社がどういう気持ちになるか、相手の創業者や経営陣とどれだけ信頼関係を築けるかが一番のポイント」と述べた。CEOの西和田氏、CFOの間瀬裕介氏、M&A・戦略提携責任者の小林真之氏がいずれも国内外でのM&A・PMI経験を持つことが、アスエネの差別化要因だという。

 同じ記者から、「AIネイティブカンパニー」という打ち出し方について、生成AIの急速な進化によるSaaS企業への懸念(「生成AIが従来型SaaSを代替するのではないかという見方」や「アンソロピック・ショック」)が語られる中でのタイミングを問う質問も出た。西和田氏は、今回の調達過程で「どうAIネイティブ化するか」が最大の論点だったと明かし、2月のアンソロピック・ショックでSaaS株価が下落した際にはバリュエーションの引き下げ交渉も一部であったが、最終的には当初合意した水準で決着したと述べた。

「我々のビジネスモデルは、企業からすると準機密情報であり、有価証券報告書に載せる情報になる。間違えられないので正確性が求められ、承認プロセスや第三者保証・監査も外部規範から求められる。オープンデータのプラットフォーマーは入りにくい領域です」

 クローズドデータを長期間蓄積できるかどうかが、AI時代における競争優位の源泉になるという説明だった。

ガバナンス強化とIPOを「あえて遅らせる」理由

 また、今後、アスエネの取締役会は従来の4名体制から5名体制に拡大する。従来の体制は、代表取締役CEO兼COOの西和田浩平氏、取締役CFOの間瀬裕介氏、社外取締役の本間真彦氏(インキュベイトファンド代表パートナー)、同じく社外取締役の河村修一郎氏(環境エネルギー投資代表取締役社長)の4名だった。

「もちろん、長期的には大きなIPOを想定しています。プライム上場レベルのガバナンスもしっかり強化していく」

 一方で西和田氏は、上場のタイミングについては急がない考えも示した。東京証券取引所によるスモールIPOへの基準厳格化にも触れながら、「IPOのタイミングはむしろ遅くして、大型の上場をしっかり狙っていこうというのが大きな方針です」と述べた。今回のセカンダリー取引による従業員へのストックオプション売却は、上場を急がない方針のもとで、これまで会社にコミットしてきた社員に経済的インセンティブを与える狙いがあると説明されている。

世界の潮流の中で見るアスエネの調達

 この発表を国際的な文脈に置くと、いくつかの符合が見えてくる。

 まず金額の規模だ。累計250億円という調達額は、米国の同業と比べても遜色ない水準にある。監査対応レベルの炭素会計プラットフォームを提供する米Persefoniは、2020年の創業以来1億7900万ドルを調達し、2026年後半の黒字化を経営目標に掲げている。仏発のSweep、英米に展開するWatershedやNormativeも、いずれも欧米の大企業向けに同種のサービスを提供する強豪だ。アスエネが会見で「単月キャッシュフロー黒字化」を強調したのは、これら海外勢が軒並み黒字化を目標に掲げる中、投資家に対して同じ土俵で戦えることを示す狙いがあったとみられる。

 次に、資金の流れ方だ。米シリコンバレー銀行(SVB)の年次調査によれば、2025年の米国気候テックVC投資額は290億ドルと過去3番目の高水準に達したが、上位10件の大型案件が投資額全体の3割近くを占め、資金は少数の大型ラウンドに集中する傾向が強まっている。気候関連投資額のうち約3割弱がAI活用型ソリューションに向かっているとの指摘もあり、「気候×AI」への資金集中が鮮明だ。ブラックロック系ファンドが主導する今回のシリーズDは、この「勝ち組への資金集中」という国際的なパターンに沿った案件と位置づけられる。

 一方で、成長の前提となる規制環境は、日本と欧州で明暗が分かれつつある。日本ではSSBJの開示基準策定やGX-ETSの段階的義務化が今後も控えており、規制がサービス需要を下支えする構図が続く見通しだ。対照的にEUは2026年2月、企業のサステナビリティ開示を義務付けるCSRD(企業サステナビリティ報告指令)の適用範囲を大幅に縮小する「オムニバス指令」を発効させた。対象企業の基準は「従業員1000人超・売上高4億5000万ユーロ超」に引き上げられ、これまで対象だった多くの企業が報告義務から外れることになった。開示義務の拡大を前提に成長してきた欧米の炭素会計SaaS業界にとって、これは無視できない逆風だ。アスエネが英国Secaroを買収したタイミングは、この規制後退が確定した直後にあたる。買収の主眼を「規制対応需要の取り込み」ではなく「自動車・製薬大手の顧客基盤とエネルギーコスト削減」に置いていると西和田氏が説明したのは、この規制環境の変化を織り込んだ判断とも読める。

 もう一つ、気候テック業界で信頼性への疑義がくすぶっているのが、カーボンクレジット・オフセット市場(VCM)だ。米マイクロソフトは2026年に入り、新規のカーボン除去クレジットの購入を一時停止したと報じられており、業界では「特定の大口買い手に依存する市場の脆弱性」への懸念が改めて指摘されている。アスエネ自身はクレジット取引の仲介よりも排出量の可視化・検証を主戦場としており、この火種から距離を置く立ち位置にある。ただし同社が掲げる「脱炭素なら何でもできるワンストップ企業」という将来像には、傘下のカーボンクレジット取引所事業の信頼性が、いずれグループ全体の評価に波及するリスクも内包されている。

 135億円という調達額の大きさや「AIサステナビリティ統合カンパニー」という打ち出し方だけを見れば、勢いのある成長ストーリーとして受け取られやすい発表だ。だが会見でのやり取りと国際的な市場動向を重ねると、見えてくるのは単なる「勢い」ではない。規制頼みの成長モデルから、データ資産と収益性を武器にした国際競争へと軸足を移そうとする試みだ。連続買収企業への転換を掲げる同社が、その看板通りにPMIの再現性を積み上げ、規制の後退局面でも顧客基盤を守り抜けるかどうかは、今後のM&A実績と、次の決算での収益開示が語ることになる。

(取材・文=昼間たかし)

昼間たかし

昼間たかし/ルポライター、著作家

 1975年岡山県生まれ。ルポライター、著作家。岡山県立金川高等学校・立正大学文学部史学科卒業。東京大学大学院情報学環教育部修了。知られざる文化や市井の人々の姿を描くため各地を旅しながら取材を続けている。

X:@quadrumviro

公開:2026.07.25 05:55