CO₂から都市ガス生成、世界最大の実証運転…INPEXと大阪ガスが挑む脱炭素の死角

●この記事のポイント
INPEXと大阪ガスが新潟県長岡市で世界最大級のCO₂メタネーション設備(400Nm³-CO₂/h)の実証運転を開始。水素とCO₂から製造する合成メタン(e-methane)は、全国26万km・3,075万件の既存ガスインフラをそのまま活用できる「ドロップイン燃料」として、2030年の都市ガス1%義務化に向けた日本の脱炭素戦略の核心に位置づけられる。
脱炭素といえば「電化」や「再エネ」――そう刷り込まれてきたビジネスパーソンに、一石を投じる実証実験が新潟県長岡市で静かに動き出している。
2月24日、INPEXと大阪ガスは共同で、世界最大級のCO₂メタネーション試験設備における実証運転の開始を発表した。同設備の処理能力はCO₂換算で400Nm³/h。年間の合成メタン製造能力は、一般家庭約1万戸分のガス消費量に相当する。製造した合成メタン(e-methane)は、同月20日にINPEX JAPANの天然ガスパイプラインへの注入も果たした。単なる実験炉ではない。実際のインフラに接続された、「社会実装の第一歩」である。
●目次
- なぜ「すべてを電気にする」だけでは届かないのか
- e-methaneの本質的な強みは「インフラの互換性」
- 政策の本気度:「努力目標」から「義務」へ
- 普及への3つの壁:コスト・変換効率・国際ルール
- 水素・アンモニアとの「適材適所」:ポートフォリオの発想
なぜ「すべてを電気にする」だけでは届かないのか
再生可能エネルギーの急拡大に伴い、「電化(エレクトリフィケーション)」は脱炭素の王道として語られることが多い。しかし、エネルギー政策の現場ではこの処方箋を額面通りに受け取らない専門家が少なくない。
エネルギー政策研究家の佐伯俊也氏はこう語る。
「鉄鋼や化学など1,000℃以上の高温が必要な産業プロセスを電気で代替するには、現在の技術では莫大なコストと送電網の再設計が伴います。また、極寒期の暖房需要が集中する時間帯に、電力網だけで需要を支えきれるかという問題もある。ガスは単なる『古いエネルギー』ではなく、熱エネルギーとレジリエンスの観点から、電気と役割を補完し合うべき存在です」
実際、日本の都市ガスネットワークは現在、全国約3,075万件の需要家に接続し、導管総延長は26万kmに及ぶ(日本ガス協会)。電力系統とは別系統のインフラが全国に張り巡らされているという事実は、エネルギー安全保障上、極めて重要な意味を持つ。
e-methaneの本質的な強みは「インフラの互換性」
メタネーションとは、CO₂と水素を触媒反応(サバティエ反応)によってメタン(CH₄)と水に変換する技術だ。都市ガスの主成分はメタンであるため、こうして作られたe-methaneは、既存のガスパイプラインや家庭のガス器具をそのまま使用できる「ドロップイン燃料」として機能する。
これは、他の代替エネルギーには真似できない強みだ。水素をそのまま都市ガス網に流すには、金属水素脆化を防ぐための配管材料の大規模な改修が必要になる。アンモニアは毒性があるため、都市部への一般配管は現実的ではない。
一方でe-methaneは違う。今回の実証でも、製造されたe-methaneは天然ガスパイプラインへの直接注入を実現している。試験設備の試運転では技術開発目標であるメタン濃度96%の合成メタン製造を達成した。
この「既存インフラとの完全な互換性」こそが、e-methaneを経済合理性の観点から有力な選択肢に押し上げる最大の理由だ。仮に、日本全国のガスインフラを水素専用に置き換えようとすれば、試算によっては100兆円規模を超える投資が必要とされる。e-methaneはこの「スイッチングコスト」を限りなくゼロに近づけられる。
政策の本気度:「努力目標」から「義務」へ
単なる企業の自主取り組みではない、という点も重要だ。政府の政策姿勢は近年、大きく踏み込んだ。
2025年7月、資源エネルギー庁はエネルギー供給構造高度化法の判断基準として、e-methaneの導入目標を正式に位置付けた。これによりガス事業者は、2030年度に供給量の1%相当の合成メタンまたはバイオガスを導管に注入する義務を負い、天然ガスとのコスト差については託送料金原価に含める仕組みが構築されることになった。
さらに今回の実証設備は、日本ガス協会が関与する「クリーンガス証書制度」におけるクリーンガス製造設備認定を2026年1月27日付けで取得している。製造された合成メタンの環境価値が「証書」として流通・取引できる仕組みが整いつつある。これは、e-methaneを単なるインフラ代替ではなく、「環境価値を持つ商品」として市場化する礎となる。
政府が描くロードマップは野心的だ。2030年に都市ガスの1%をカーボンニュートラル化、2050年には90%以上の置き換えを目指す。ただし、産業の実態を踏まえた客観的な評価は慎重に行う必要がある。
普及への3つの壁:コスト・変換効率・国際ルール
課題は構造的なものも含め、複数存在する。
第一の壁はコストだ。 業界の目標値として、2030年時点でのサバティエ方式による製造コストはCIF価格換算で約120円/Nm³が掲げられており、現在の輸入天然ガスの数倍以上に当たる。鍵を握るのはグリーン水素の価格低減だ。合成メタンの製造コストの大部分は水素調達コストが占めており、太陽光や風力が豊富な豪州や中東など海外での大規模製造・輸入モデルとの組み合わせが、コスト競争力を持たせる上で現実的なアプローチとなる。
第二の壁は変換効率だ。 「再エネ電力→電解水素→メタネーション→燃焼」というサプライチェーンをたどると、エネルギー変換ロスが積み重なる。効率は段階に応じて異なり、トータルでは20〜30%前後の効率になるという試算もある。再エネ電力を直接利用するケースと比較すると効率面では劣るが、貯蔵性・輸送性・既存インフラとの整合性という観点から、システム全体の最適化の問題として評価する必要がある。
第三の壁が、最も複雑な「国際ルール」の問題だ。 海外でCO₂を回収してe-methaneを製造し、日本で消費した場合、そのCO₂削減価値はどの国に帰属するのか。現在の国際的なGHG(温室効果ガス)会計ルールの枠組みでは、この「越境カーボンフロー」の扱いが明確に定まっていない。日本が国内制度として構築しつつある「クリーンガス証書」を、いかに国際標準と接続・整合させるかという「ルールメイキング」の課題は、技術課題と同等かそれ以上に重要な経営・政策課題だ。
「技術があっても、国際的なカーボン会計で認められなければビジネスにならない。欧州はすでに再エネガス証書(REGO)の仕組みを持っている。日本が主体的にルール形成に関わらなければ、日本発のe-methaneは国際市場で評価されない可能性があります」(同)
水素・アンモニアとの「適材適所」:ポートフォリオの発想
e-methaneが万能解というわけではない。脱炭素のエネルギー像は、複数の技術の「モザイク画」として理解する必要がある。
水素は大規模発電所や鉄鋼コンビナート、長距離輸送の大型トラックなど「局所的・大容量」の脱炭素に適性がある。アンモニアは既存石炭火力での混焼用途が有望視されている。一方、e-methaneは一般家庭や中小工場など、既存の都市ガスネットワークに接続された「分散型の熱需要」の脱炭素化において、他の選択肢が及ばない優位性を持つ。
どれか一択ではなく、用途・規模・地域特性に応じたポートフォリオの設計が、今後のGX(グリーントランスフォーメーション)戦略の核心となる。
新潟の実証が問うもの
長岡市の越路原プラントで燃え始めた合成メタンの炎は、規模としては小さい。しかしその意義は大きい。
2026年度末まで続く今回の実証期間で蓄積される運転データと触媒の耐久性データは、将来的に海外の再生可能エネルギーが豊富な地域に大規模プラントを建設し、安価なe-methaneを日本に輸入するためのエンジニアリング的・経済的な基盤となる。INPEXは本事業全体を取りまとめつつ反応システムのスケールアップを担い、大阪ガスは省エネルギーで合成メタンを製造する触媒技術とプロセス設計を深化させる役割分担となっている。
日本のエネルギー自給率は長く一桁台に低迷してきた(化石燃料を除くベースでも2023年度時点で約13%)。e-methaneは国内のCO₂排出源と水素製造設備があれば国産化できる理論を持つ。完全な自給自足は遠い先の話だとしても、「技術によってエネルギーの地産地消を拡大する」という方向性が、地政学的な調達リスクの分散という観点から持つ意味は小さくない。
「脱炭素」という文脈の裏側には、エネルギー調達の多元化と技術的な主権の回復という、より本質的な問いが潜んでいる。INPEXと大阪ガスの挑戦は、その問いへの一つの具体的な答えを、新潟の地で積み上げようとしている。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=佐伯俊也/エネルギー政策研究家)











