国産木材がジェット燃料に…出光興産「純国産SAF」が拓く日本の新エネルギー戦略

●この記事のポイント
出光興産が森空バイオリファイナリーと連携し、国産木材由来の第二世代バイオエタノール(E2G)をATJ技術でSAFに転換する純国産サプライチェーンの構築を進める。2030年の国内SAF義務化10%(約171万KL)を見据え、廃食油依存からの脱却と林業再生・エネルギー安全保障の同時実現を目指す戦略的取り組みを解説する。
2030年の「SAF義務化10%」まで、残り4年を切った。廃食油を巡る世界的な争奪戦が激化する中、出光興産が打った手は、日本の国土の3分の2を覆う森林資源の活用だった。石油元売りがグリーンリファイナリーへと脱皮を図るこの取り組みは、一企業の生存戦略であるのと同時に、化石燃料依存からの脱却という国家的課題に応える構想でもある。
●目次
廃食油の限界――なぜ「木材」なのか
日本政府は2030年に国内ジェット燃料使用量の10%、約171万キロリットルをSAF(持続可能な航空燃料)に置き換えるという目標を掲げている。この数字を裏付けるよう、エネルギー供給構造高度化法の改正によって石油元売り大手へのSAF供給義務付けも進む見通しだ。
現在、商業化段階にある主流技術はHEFA(廃食油等を水素化処理する手法)だが、廃食油は世界的な需要増大により供給量が不足し、価格が高騰している。さらに深刻なのは調達先の問題だ。「UCOの争奪は、かつての石油産出国への依存構造と本質的に同じ問題を内包している。欧州や中国が廃食油を輸出規制の方向に動いた場合、日本の原料調達は一夜にして危機的状況に陥り得る」とは業界関係者の共通認識でもある。
こうした構造的な脆弱性を回避する手段として浮上したのが、日本が豊かに有する木質バイオマスを原料とする第二世代バイオエタノール(E2G)の活用だ。
「森のチカラを空飛ぶチカラに」――出光×森空BRの連携
出光興産と森空バイオリファイナリー合同会社(森空BR)は2025年、国産木材由来のバイオエタノールを起点とした純国産ATJ(Alcohol to Jet)-SAFのサプライチェーン構築に向け覚書を締結した。
ATJ技術とは、エタノールを脱水・重合してジェット燃料と同等の炭化水素を生成するプロセスだ。木質・森林残渣・農業残渣などの非可食植物から製造した第2世代バイオエタノールを活用できる点が、食料と競合する第1世代のトウモロコシ由来エタノールとの決定的な違いである。
森空BRは日本製紙・住友商事・Global Earth Instituteの3社が2025年7月に出資して設立。JAL(日本航空)や住友林業も参画し、2023年発足の「森空プロジェクト®」を軸にSAF向け原料となるバイオエタノールの生産・普及体制を強化している。
出光興産の製造側では、千葉事業所(日量19万バレル規模)にエタノールを原料とするSAF製造装置を新設し、2026年度から供給を開始する方針だ。世界初となる年産10万キロリットル級ATJ製造商業機の開発に取り組む。この事業はNEDOグリーンイノベーション基金に採択されており、期間は2022年度から2026年度の5年間、事業予算は457億円に上る。さらに2030年には年間50万キロリットルの国内供給体制の構築を目指し、ATJとHEFAの双方を活用して段階的に増産する計画だ。
エネルギー政策を専門とする研究者は、この取り組みの意義をこう語る。
「木材由来E2Gの最大の優位性は、食料安全保障と競合しない点にある。日本の林業から生じる間伐材や製紙残渣は、これまでほとんどが未利用のまま廃棄されてきた。それをSAF原料として経済的価値に転換できれば、林業・紙パルプ産業の再編と収益改善に直結し、山村の過疎化問題にも間接的に作用する可能性がある」(エネルギー政策研究家・佐伯俊也氏)
世界の競争地図と日本の立ち位置
グローバルにはすでに法規制が市場を牽引している。EUは「ReFuelEU Aviation」政策により2030年に航空燃料の6%をSAFへ置き換えることを義務化。米国では「SAF Grand Challenge」によって2030年までに年間30億ガロンの生産目標を設定し、政策が市場を強く牽引している。インフレ抑制法(IRA)による巨額の税制優遇は、世界のバイオ燃料投資を米国へと吸引する磁力ともなっている。
一方、現状、商業化段階にあるSAF製造技術はHEFAとATJであるが、上記2つの製造方法には従来の石油系航空燃料に比べてコストが約2〜16倍も高いことと、原料不足という2つの大きな課題がある。
こうした状況について、SAFの動向に詳しい航空経営コンサルタントの中村哲也氏は「ATJやe-SAFなど次世代燃料の製造技術は世界でもまだ成熟しておらず、2030年代以降に日本が存在感を発揮できる可能性は十分ある」と話す。
日本の「勝ち筋」:3つの戦略軸
課題は残るが、先手を打てる領域も存在する。
(1)アジアへの技術・サプライチェーンのパッケージ輸出
インドネシアやマレーシアには農業残渣(空果房など)が大量に存在する。日本が確立したE2G/ATJの技術基盤と組み合わせれば、東南アジアを「第2の原料供給圏」として整備しつつ、技術ライセンスによる収益化も視野に入る。日本をアジアのSAF技術ハブとする道筋は、現実的な選択肢の一つだ。
(2)異業種連合の垂直統合モデル
JAL、住友林業、日本製紙、住友商事が森空プロジェクトに参画し、林業から製造・利用まで一体的なサプライチェーンを組もうとしている動きは、この方向性に合致する。エネルギー(出光)、原料(林業・製紙)、需要家(航空会社)、政策支援(NEDO等)が連動するオールジャパン型の「取りはぐれのない」構造を固めることが、競争力の源泉になる。
(3)国際標準化(ルールメイキング)での主導権
ICAOや気候変動対策スキームCORSIAの枠組みにおいて、木材由来SAFのCO2削減率の算定基準を日本に有利な形で定めることは、市場参入の前提条件となる。技術開発と並行したルール形成への関与が不可欠だ。
「欧米が先行する義務化・補助金競争に追随するだけでは、後手に回る。日本が取り組むべきは、廃食油に次ぐ第2の原料としての木質バイオマスの国際的な評価基準作りで主導権を持つこと。そのためには、信頼性の高いLCA(ライフサイクルアセスメント)データの蓄積と、ICAOでの丁寧なロビー活動が欠かせない」(同)
「油田」としての森林、その可能性と現実
もちろん、課題は山積している。SAFの生産コストは1リットルあたり200〜1600円とジェット燃料の2〜16倍であり、普及のハードルは依然として高い。間伐材の安定調達には林道整備や森林組合との連携が不可欠であり、スケールアップに必要なコスト低減は長期戦になる。
それでも、出光興産が仕掛けた一手が示す方向性は、石油産業の「静かな変容」を映している。既存の製油所インフラをグリーンリファイナリーとして活用し、石油元売りが原料の川上から製品供給まで関与する垂直統合モデルへの移行は、資本集約型産業としての強みを活かしたトランジション戦略でもある。
2030年の10%義務化は、ゴールではなく起点にすぎない。木材からジェット燃料が生まれ、航空機が空を飛び、森が再生されるという循環が定着したとき、「エネルギー輸入大国」という日本の自画像は、ゆっくりと書き換わり始めるだろう。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=佐伯俊也/エネルギー政策研究家)











