東京「空き家予備軍100万戸」の衝撃…都がマッチングに本腰、動き出す新市場

●この記事のポイント
東京都内の住宅の約1割・90万戸が空き家、さらに65歳以上のみの持ち家100万戸が「空き家予備軍」に。都は取引促進モデル事業や解体費補助を開始。木密地域の防災リスクと相続登記義務化を背景に、PropTechや実家片付けサービスなど新市場が動き出している。
東京都が、空き家になる前の住宅の取引を後押しする新たなモデル事業に乗り出した。老朽化した住宅の解体費用に対する区市町村への財政支援も強化する。背景にあるのは「空き家予備軍」と呼ばれる住宅群の存在だ。
東京都住宅政策本部の資料によると、65歳以上の世帯員のみが住む持ち家は都内に約100万戸あり、都はこれを将来空き家化するおそれのある「空き家予備軍」と位置づけている。すでに顕在化している空き家(約90万戸)と合わせれば、都内の住宅ストックの2割近くが、空洞化の入り口に立っている計算になる。総務省の統計では東京都の総住宅数は820万戸(2023年)に上り、単純計算でもその1割強がすでに空き家、さらに1割強が予備軍という規模感になる。「地方の実家の話」ではなく、東京に住む現役世代自身の問題になりつつある。
人口が流入し続け、地価も上がり続けているように見える東京で、なぜ行政が税金を投じてまで空き家の芽を摘みにかかっているのか。その背景を読み解くと、東京特有の住宅事情と、防災・財政の両面での「待ったなし」の事情が浮かび上がってくる。
●目次
なぜ人口流入が続く東京で空き家が増えるのか
総務省の令和5年(2023年)住宅・土地統計調査によると、東京都の空き家数は89万6500戸(空き家率10.9%)で、2018年の約81万戸から過去最多を更新した。空き家数そのものは全国最多だが、空き家率は44位と低く、この「率は低いが実数は突出して多い」ねじれが東京の特徴だ。日本経済新聞の報道によれば、全国の空き家率が過去30年間一貫して上昇してきたのに対し、都内は1998年以降ほぼ横ばいで推移してきた。それでも都が今、危機感を強めているのには理由がある。
第一に、高齢世帯主の増加と相続の集中だ。団塊世代が後期高齢者となり、介護施設への入所や死去に伴って実家が空き家化する動きが増えている。三井住友信託銀行の調査月報(2024年10月号)は、東京圏(1都3県)の中で空き家率が上昇しているのは東京都のみだと指摘し、人口流入が続くにもかかわらず賃貸用住宅の供給過剰が空き家増加の主因になっていると分析している。
第二に、相続人と実家の生活実態のミスマッチだ。すでに都心や郊外に自らの住まいを持つ団塊ジュニア世代が、多摩地域などの築古一戸建てを相続しても住み替える動機に乏しく、活用されないまま放置されるケースが多い。総務省の確報値では、東京都の「その他空き家」(長期不在・取り壊し予定など、管理不全リスクが高い区分)は約21万4000戸に上り、全国平均では7割が一戸建てであるのに対し、東京都では約6割強を共同住宅(マンション等)が占めるという特殊な内訳になっている。マンションの空き住戸は外観から把握しづらく、区分所有者間の合意形成も難航しやすいため、一戸建て以上に対応が遅れがちだという指摘もある。
第三に、賃貸市場側の供給過剰という構造要因も見逃せない。三井住友信託銀行の分析によると、東京都は住宅着工に占める貸家(賃貸住宅)の比率が5割超と全国で突出して高く、埼玉・千葉・神奈川の3割台と比べても際立つ。相続やサラリーマン大家層による賃貸経営への参入が活発な一方、地価・建築費の高騰で賃料が上がりきらず、入居者がつかないまま空室化する物件も増えている。実際、東京都の空き家のうち賃貸用は62万9000戸と全体の約7割を占め、都内の空き家増加の主因は「相続放置による戸建ての死蔵」だけでなく「賃貸住宅の供給過多」という、地方とは異なる複合的な構造にあることが分かる。
都が「取引促進」に本腰を入れる理由
東京都が自ら流通支援に乗り出す最大の動機は、防災上の緊急性にあるとみられる。都内にはJR山手線外周部を中心に木造住宅密集地域(木密地域)が広がる。2010年時点で約1万6000ヘクタールあった木密地域は、都と区の不燃化事業により2025年3月時点で約7100ヘクタールまで縮小したが、なお解消には至っていない。重点的に対策を進める「整備地域」の不燃領域率(燃え広がりにくさを示す指標)は2023年度末時点で66.4%まで改善したものの、都が2030年度までに目指す70%には届いていない。地域によって進捗の差も大きく、たとえば大田区の一部地域では57.7%にとどまるなど、対策の道半ばであることが自治体担当者からも語られている。放置された空き家は倒壊や延焼のリスクを高めるため、首都直下地震への備えを進める行政としては悠長に構えていられない事情がある。
インフラ維持と財政面のジレンマも都を動かす一因だ。空き家が街の中に虫食い状に増えれば、周辺の資産価値や住環境の魅力が損なわれ、固定資産税収など中長期的な税基盤にも影響しかねない。2023年に改正された空き家対策特別措置法では、管理が行き届かない「管理不全空家」に対する勧告制度が新設され、勧告を受けると住宅用地の固定資産税の軽減特例が外れる仕組みが導入された。行政側の指導・是正の権限が強化されたことで、所有者に早期の対応を促す圧力は着実に強まっている。
もう一つの追い風は、2024年4月に施行された相続登記の義務化だ。相続人は不動産取得を知った日から3年以内に登記申請を行う義務を負い、怠れば10万円以下の過料の対象となる。所有者不明化に一定の歯止めがかかることで、これまで「誰のものか分からず動かせなかった」物件が市場に出やすくなる素地が整いつつある。都が令和8年度の「先駆的空き家対策東京モデル支援事業」などを通じて区市町村の取り組みを後押ししているのも、この機を捉えて市場の目詰まりを一気に解消する狙いがあるといえる。
不動産アナリストの伊藤健吾氏は次のように語る。
「東京の空き家問題は、地方のような『需要がないから空く』構造ではなく、『情報と手続きのハードルが高いから動かない』構造に近い。マッチングの仕組みと解体・改修への公的支援さえ整えば、潜在需要は決して小さくない」
「負動産」を「富動産」に変えるビジネスの芽
この流動化のプロセスは、複数の事業領域に商機をもたらす可能性がある。
一つはPropTech(不動産テック)分野だ。複雑な権利関係や、所有者自身も気づいていない物件のポテンシャルを可視化し、買い手・借り手とマッチングするプラットフォームは、都のモデル事業でも主要な担い手として想定されている。二つ目は、遺品整理や不用品回収など「実家の片付け」という泥臭い工程を起点に、リユース市場と連携させてワンストップ化するサービスだ。相続後に物件が動かない最初のボトルネックは、しばしばこの片付け作業にある。三つ目は用途変更(コンバージョン)だ。買い手のつかない築古の戸建てを、シェアキッチンやサテライトオフィス、簡易宿泊施設などへ再生し、不動産クラウドファンディングで資金を募る手法も広がりつつある。
もっとも、こうした市場が期待通りに立ち上がるかは、木密地域特有の権利調整の難しさや、物価高による解体・改修コストの上昇といった課題にも左右される。江戸川区の担当者は高齢住民の相続・資金面の悩みを指摘しており、支援策の実効性を継続的に検証していく必要があるだろう。
個人として、ビジネスとしての注目ポイント
個人にとっての教訓はシンプルだ。「東京の実家だからいつか高く売れる」という前提は、東京都自身が発表するデータによってすでに揺らいでいる。親が健在なうちに、都の相談窓口やモデル事業などの公的支援を活用しながら、資産の整理・活用について早めに話し合っておくことが、将来の管理不全化を防ぐ最も現実的な選択肢になる。
ビジネスの視点で見れば、東京の「空き家予備軍100万戸」は、社会課題であると同時に、情報の非対称性と手続きの煩雑さという「目詰まり」を解消することで価値を生み出せる市場でもある。行政・民間・所有者それぞれの利害が一致しつつあるこの局面を、どの事業者が的確に捉えるか。今後の東京の住宅市場を占ううえで、注目すべきポイントの一つになりそうだ。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=伊藤健吾/不動産アナリスト)











